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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
129/385

VS 緑ヶ原 ダブルス2 熊原・仁科 対 小嶺切・小嶺榛 1 "生まれ持ったもの"

 準決勝。

 この大一番で、(わたくし)たちは監督にダブルス2を任せられた。

 思い返せばこの試合に向けて特別な練習メニューを組むようになったのは、準々決勝前、監督に呼び出された時にまで遡る。


「お前たちを準決勝のダブルス2で起用しようと思う」

「え・・・」


 言われた瞬間に固まる先輩。

 また出た、この人の良くないところだ。もう、大会登録メンバーに2年生の時から選ばれてる貴女がそんなんじゃ困ります。そういうような小言の一つも言いたくなるような反応。


「緑ヶ原のダブルス2、相手は小嶺姉妹ですわね」


 私が答えると、先輩は面食らったようにまた黙ってしまう。

 表情には出さないけど、相当動揺してるのが手に取るようにわかった。


「そうだ。次の準々決勝、お前たちは試合に出さない。準決勝に向けて、これからダブルス用の練習のみをやってもらう」

「分かりました」


 頷いて返答する声に、先輩の声が続いて来ない。


「熊原先輩?」


 小首を傾げながら彼女の方を見遣ると。


「す、すみません・・・」


 消え入るような音量の声を出しながら、おずおずと右手を挙げていた。


「なんだ、言ってみろ」

「シングルス3は、大丈夫・・・なんでしょうか」


 驚いた。

 この人が、チーム全体のことを気にするなんて。

 少し前では考えられなかったことだ。チームの勝ち負け、もっと言えば自分の勝ち負けにも疎かった先輩が、監督に意見をする光景を見ることになろうとは。


「お前の心配もわかる。もともと白桜(ウチ)のウィークポイントはダブルス2とシングルス3だったからな」


 しかし、監督は晴れ晴れとした表情で、自信満々に。


「だがもう、心配ない。シングルス3は『1年生』を当面の間、起用していくつもりだ」


 1年生?

 どうして監督は今、あえて1年生と言ったのだろう。


(そこは別に水鳥さんと言っても良いのではなくて・・・?)


 確かにあの子はすごい。

 溢れんばかりの才能と、急速に場馴れしていく適応力を感じる。

 でも、仮にも彼女は1年生だ。1人では心もとないから、先輩は自分のような控えシングルス3が必要なのではないかと、そう言っている。


 ―――もしかして


 そこで、ピンときた。


(藍原有紀・・・?)


 彼女をシングルスで起用することを、監督は既に考えてらっしゃるのだろうか―――



(その直感が、当たるだなんて)


 あの時点では信じられなかった。

 藍原は水鳥さんとは違う。天才と呼ばれるほどではないし、今だってダブルスプレイヤーとしては1軍レベルだという事を認めるけれど、正直シングルスで使うなんて"1年早い"と。

 それでも―――


(藍原はシングルス3の座を勝ち取った)


 水鳥さんが前日の疲れでほとんど動けない状態だからという理由はあるにしろ、熊原先輩がダブルスにまわったことで控えが居なかったという事情はあるにしろ。

 あいつは、1年生で名門白桜のシングルスの座を奪い取ったのだ。


(・・・)


 悔しくないと言えば、嘘になる。

 1年前の私なんて、ただコートの外で声を出して応援する事しか出来なかった。

 スタメンは愚か、1軍ですら遠い存在に思えていた。


(ううん)


 首を二度、横にゆっくりと振る。

 やめよう。

 こんな事を考えるのは。


 私が今、しなければならないことは―――


(練習の成果を十二分に発揮し、小嶺姉妹に勝つこと)


 その為の準備はしてきた。

 この1週間、入学してきて1番練習をしたかもしれない。

 今までの練習とは量も、モチベーションも、そして手ごたえも。


 ―――段違いだった


(なぜならば)


 この人が、横に居たから。


 この人のデカさと、リーチの長さと、体格と、身体能力と。

 確かにそれらは今までに見た誰よりも凄く、ちんちくりんの私なんかとは全く違うんだと思い知らされた。

 でも、だがしかし。

 放っておけない。

 だってこの人、身体の大きさに似合わずものすごく小心者で、臆病で、私が見ていてあげないとと心配になってくる。

 だから―――私が、引っ張っていってあげるんだ。


「先輩、行きますわよ! あの双子、ぶっ飛ばしてやりましょう!」

「ぶ、ぶっ飛ばすのはちょっと・・・」


 威勢よく、コート内へと入る。

 観客の数は・・・それなり。注目カードであるところの、ダブルス1やシングルス3に結構人を取られている感じだった。


(ちょうどいい)


 私もそうだし、特に先輩が。

 たくさんの観客や応援団に囲まれると、萎縮してしまいそうだったから。


「ねえねえ、私たちぶっ飛ばされるんだって」

「怖いよねー」

「恐ろしいよねー」


 双子はこそこそと口元を隠しながら小声で言うと。


「「ねぇ~」」


 と、低いテンションで声を合わせた。


(本当に、コート内じゃお互いの名前を呼ばない・・・)


 徹底してるな。

 "誰の差し金か知らないけれど"、まったく対戦相手からしたら嫌になってくる戦法だ。


 ・・・面白い。


(やってやろうじゃありませんの!)


 私たちは白桜の代表として、この場に立つことが許されているんだ。

 気後れしてなるものか。そっちが完璧に作戦を敷いてくるなら、それを本当にぶっ飛ばしてやる。


 ―――今日の私は、

 ―――強気モードのスイッチが入ってますの





「きしし、サービス権取れたし」


 あの大きい人、じゃんけん弱いなあ。

 しかも向こうのちっちゃい後輩に怒られてた。ありゃ後輩の方が主導権持ってるタイプだね。一発で分かったよ。


(気弱な先輩とそれを引っ張る後輩タイプか)


 それにしちゃあ、図体の大きな人だけどね。

 ウチの部長と同じくらいの上背なんじゃないかな。体格の良さもどっこいどっこいってところか。

 なんていうか、凄い潜在能力だとか、生まれ持った恵まれた体格って感じ。


「腹立つなぁ・・・」


 テニスをやる上で判明してくるタイプの才能じゃなくて、"見た目"で一発で分かっちゃう才能。

 それが身長や手足の長さだ。大抵の球技っていうのは、ああいう体格がすごい選手がもてはやされる。そんでもって大概が有利にはたらく。テニスだって御多分に漏れない。


(体格の差なんてさ、それこそどんだけ頑張っても埋めようがないじゃん)


 牛乳飲むとか、焼け石に水っしょ。

 両親の体格で大体わかるじゃん、自分がどれだけ大きくなれるかなんて。


 ―――まあ、"生まれ持った"ってコトなら


 チラッと、前陣で前かがみになっている、私とほぼ全く同じ体格、同じ髪色の選手を見る。

 ここからじゃ顔は見られないけど、これがまたほとんど同じ顔してるんだよね。


双子(わたしたち)だって、そうだけどね!」


 言ってからトスをして、サーブを相手コートに叩き込む。

 私が得意とするのは―――


 あのちっちゃな後輩の方が、強力なフラットサーブに力負けする。


(やっぱり、あの子はパワーが無い!)


 見た目通りだ。

 だったら私が攻めるべきは、後輩の方。


 返ってきた弱いレシーブを、私は更に強いフラットショットで打ち返す。


「交代!」


 言って、私は思いっきり前陣へと走り込んだ。

 同時にもう1人の私が、前向きの体制のままステップを踏むように後ろへと下がっていく。


 ちっちゃい後輩がまた力負けしたショットを返す。

 それを後衛に居るもう1人の私が返して―――


「上がった!」


 案の定、向こうの後輩ちゃんがスライスショットに根負けする。

 分かりやすいチャンスボールが、ふらっと私の頭上へと上がってきた。


(きしし、スマッシュ打ち込んで終わり―――)


 頭上のボールを捉えつつ、相手コートをちらりと見ると。


「ひッ!?」


 あの大きな先輩の方が、阿修羅みたいな怖い顔と獣のような鋭い眼光で、私の方を睨んでいた。

 その体格の大きさと相まってさながらそれは―――


 "熊"のようで―――


 タイミングズレした浮くようなスマッシュが、相手コートに返っていく。


(くそっ、ミスった!)


 芯でとらえられなかったどころか、根元の方でとらえてしまって威力もコントロールも全然ダメ。

 そのミスショットをちっちゃい後輩にクロスで返され。


「0-15」


 最初のポイントを、奪われた。


「もう、何やってんの! なに今の腰砕けスマッシュ!」

「ごめんごめん」


 後頭部をかきながらもう1人の私に謝る。


(威圧されたし・・・)


 恐ろしい表情と眼光、そして体格に気圧された。

 まだノってない序盤も序盤とは言え、あんな単純かつ簡単な、戦術とも呼べないレベルのものに騙されるなんて。


 向こうもこっちに負けないくらい、食わせ者のペアなんじゃないだろうか。

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