表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
128/385

都大会 準決勝 第2試合 『白桜女子中等部 対 緑ヶ原中学』

「あ、しまったリスバン片方忘れた」


 右手首を見ると、いつもそこにある赤色が無いことに気が付く。


(緊張はしてないけど・・・、逆に緊張感足りないかな)


 試合前に忘れ物とか、藍原(バカ)じゃないんだから。


「ごめんなさい咲来先輩、取ってきます」

「私が取ってこようか?」

「さすがに野木先輩でも小間使いにはできませんよ」


 ありがたい申し出だけど、断る。

 それくらいは自分でやるよ。レギュラーだからって威張っていいなんてわけがないんだ。

 ただ―――


 どくん。

 心臓が嫌な音を立てる。


(咲来先輩と、離れたくない―――)


 たった数分の間でも。

 先輩と離れるなんて、嫌に決まってるし、耐えられない。

 あたしが平然としてられるのは先輩と一緒に居るから、先輩の隣に居るから。


 そうじゃなきゃ―――きっと、10分もしないうちに死んじゃうよ。


 あたしは試合前のウォーミングアップだと思って走ってリストバンドを取り、そのままUターンして一直線に戻ってきた、その時。


「咲来せんぱ・・・」


 早く、先輩の隣に―――


 あたしが見たものは。


(―――!)


 咲来先輩が、誰か知らない女と―――

 抱き合っている光景だった。


「・・・!? み、瑞稀!?」


 先輩はその女と抱き合ったままこちらを振り返ると、すぐにそいつから身体を離した。


 ―――まるで、

 "見られたら困るものを見られてしまったように"、焦りながら。


「じゃあね、咲来ちゃん。ばいばい」


 耐えられなかった。

 咲来先輩の名前を、その女が口にしたことが。

 何よりも。


(ちゃん付け・・・)


 その女は明らかに年下だった。

 背格好からしたら、1年生でも説明がつかないくらい小さい。小学生と言われてもまったく不思議ではない。そんなことはどうでもよくて。


「瑞稀、違うの」

「何が違うんですか」

「あの子ね、私の親戚でっ・・・その、懐かしくなって、ただそれだけの気持ちで、」


 先輩はしどろもどろになって、必死で弁明をしてる。

 でも、でもね。


「言い訳は聞きたくありません!!」


 そんな事はどうでもいいんだ―――


「瑞稀っ、待って話を聞いて・・・」


 コートに入る前、先輩とすれ違う間際に。


「試合、始まりますよ」


 あたしはお腹の中にあるどす黒いものを必死で殺して、そう呟いた。

 先輩の前で足を止めず、そのまま素通りして中央コートの中へと入っていく。


「瑞稀っ」


 咲来先輩は後ろから追いかけてくるけれど。

 あたしの気持ちが落ち着きを取り戻すことは無かった。


 ウソ()き―――


 あたし以外、見えないって言ったのに。

 貴女の目には、しっかり映ってるんじゃない。


(あの女・・・)


 ここが公衆の面前で良かったね。

 校舎裏とか、人通りの無い路地とかだったら。

 どうなってたかな―――


 そんな事ばかりを考えるようになってしまって。

 今のあたしには、試合の事を考える余裕なんて、1ミリも残されていなかった。





 ―――よし


 頭の切り替えは出来ている。


(今は目の前の敵を・・・倒す)


 それだけだ。

 あたしは緑ヶ原の選手、たくさんの部員の中からレギュラーに選ばれ、シングルス3を任された。私怨でみんなの想いを裏切ることは・・・許されない。


「雛」


 そこに居たセンパイは、いつものようにあたしに微笑みかけてくれる。


 ―――すべての未練を断ち切る


「不安になれば、いつでもこっちを見てね。サインを出す準備はいつでも出来ている。ワタシは・・・」


 ―――あたしは


「いつもあなたの事を、見てるからね」

「・・・はい!」


 思い切り頷いて、踵を返す。


 ―――この人の為なら、なんだって出来る


「いくぞおおぉ!!」


 大声で叫んでからコートへ入ろうとした瞬間。

 向こうのベンチからも、同じような大声が聞こえてきたのだ。





「藍原」


 屈伸運動をしてコートに出ようとした時、監督に呼び止められた。


「ここまでの道のり、苦しかったか」


 聞かれたのは、そんな話。

 わたしは昨日の事を唐突に思い出す。

 監督に、どういう選手になりたいかを聞かれたときのことを。


 ―――あの時も、抽象的な質問だった


 そんな事がふと頭を掠めたが。


「関係ありません」


 わたしは、自分の思った事を話すことしか出来ない。

 元々考えるのは苦手なタイプなんだ。

 そんなわたしが、あれこれ考えてもきっと、ロクな答えは出ない。


 だから。


 ―――思った事を、正直に、ハッキリと


「まだ、道半ばなので! 頂上に着いてから考えます!!」


 『わたしに出来ること』って、そういうことだと思うから。


「・・・行って来い」

「はい!!」


 監督は何か納得したように口角を上げると、そう言ってわたしの背中を押してくれた。


 それに、大きく頷いて答える。

 『行って来い』。

 短いその言葉に、すべてが詰まっているような気がした。


「よっしゃあああ!!」


 頭をからっぽにして、景気づけに大きな声を出す。

 思いっきり息を吸って、お腹から出す感覚―――


 ―――シングルスはダブルスと違って、声をかける相手も居ない


 思い出すのは。


 ―――声はお前の大きな武器なんですから、定期的に出すのを忘れんなよ、です


 先輩からもらった、アドバイス。


(見ててください、このみ先輩、燐先輩。見ててよ、文香―――)


 みんなの事を考えながら一歩を踏み出そうとした瞬間。

 コートの向こう側から、大きな声が聞こえてきた。

 すぐにその相手が、対戦相手・・・新倉雛のものだという事に、気が付く。


 そこで、直感したけれど。


「もしかして・・・!」


 雛って。


(わたしと似たタイプ・・・!?)


 燐先輩の妹って言うから、クールな感じを想像してたのに、意外と熱血タイプ?

 姉妹関係うまくいってないみたいな話も、熱血と冷静(クール)の性格のすれ違いから反発しあって・・・みたいな感じなのかな?

 あれ、なんかそれってどこかで聞いたことあるような関係性―――


「姉御ー! 挨拶挨拶、なにボケっと突っ立ってんスか!!」


 はっ。

 気が付くと、雛の方はネット際まで来て、すごい剣幕でこちらを睨んでいた。


「あ、ああっ! しまった!!」


 同時に、はははと観客席から失笑にも似た笑いが聞こえてくる。


(しくった・・・! 試合前からやっちゃったっ!)


 顔がぽっと赤くなるのを感じた。


「緊張?」

「あの子、初めてのシングルスらしいよ」

「かわいいね」


 こんな衆目で恥を・・・、情けない。

 でも。


(ありがと、万理)


 金網フェンスの向こうの万理に向かって、右手の指先を揃え、手を縦にして『助かった』の合図を送る。

 それが伝わったのか、数秒の時間を置いた後。


「いいッスいいッス! 姉御の初陣、これくらいの方が景気が付くッスよ!!」


 そんな大きな返事がくる。

 同時に、コート外からの笑い声も。


(バカ、そんなこと大声で言うな!!)


 咲来先輩と瑞稀先輩よろしく、『言わなくてもわかってる感』を出そうとしたのに!


(なんもわかってないのがバレるでしょっ)


 あの2人の領域がどれほどまでに遠いかを実感しながら。

 わたしは、対戦相手の前に立つ。


「よろしく」

「お願いします」


 2人で言って、握手。

 そして互いに目を見て視線がぶつかった瞬間―――


(こいつ・・・)


 わたしは、感じてしまった。


(なんかキャラ被ってる!!)


 初めて文香と会った時に似たものを。

 自分と雛との間に、同じものを感じ取って―――まるで磁石の同じ極が反発しあうように―――ムカついてしまったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ