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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
127/385

シングルスデビュー!

 大会登録メンバー10人が前に集まり、その他の部員たちが後ろに並ぶ。

 そしてそのすべての部員の前で彼女たちと対面するように立っているのが、篠岡監督。


「準決勝のスタメンを発表する。呼ばれた者は返事をするように」


 監督の落ち着いた声に、ドキドキが少しだけ抑えられた気がした。


 ―――勿論、ほんの少しだけ

 うるさいくらいにバクバクいっている心臓を必死で抑えつける事で、わたしは手一杯だった。


「ダブルス2、熊原・仁科ペア」


「はい」

「はいですの!」


 熊原先輩はいつものようにぼそっと、仁科先輩は大きな声でハッキリと返事をする。


(そうか、そうだよね)


 わたしがシングルスだって事は、このみ先輩はスタメンから外れることになるんだ―――


「ダブルス1、山雲・河内ペア」


「「はい」」


 返事の声が完全にシンクロするのも、いつも通り。

 咲来先輩と瑞稀先輩は、大丈夫だ。この2人にはそういう絶対的な安心感がある。


「シングルス3、」


 そして―――


「藍原有紀」


 心臓が大きく高鳴った。

 その鼓動を口から吐き出すように。


「はい!!」


 わたしはお腹から声を出した。

 ドキドキが、鳴りやまない。

 準決勝の大舞台ってだけじゃないんだ。わたしにとって、初めての公式戦シングルス―――


「シングルス2、新倉燐」

「はい」


 燐先輩は、まるで何かを抑えつけるように、小さく。


「シングルス1、久我まりか」

「はい!」


 久我部長は、つとめていつも通りに、はきはきと返事をする。


(わたしの後ろには、この人たちが居るんだ)


 すごく安心すると同時に、何とかこの人たちに繋がなきゃならないというプレッシャーもかかる。

 もし、もしだけど、ダブルスが2つとも負けて、わたしも負けてしまったら・・・。

 そう思うと、この場にじっとしてられないくらいの、何か大きなものに押し潰されそうになる。


(文香は、いつもこの・・・)


 この重圧と戦っていたのか。

 これだけの責任感、負けられないと言う焦燥感。こんなものを当たり前のように―――


(すごいな、文香は)


 ―――負けていられない

 わたしだって、シングルス3を任されたんだ。

 たとえ文香の代わりだろうと、関係ない。ただ目の前の試合に勝たなきゃならないという現実があるだけ。

 チームの為にも、文香に置いて行かれないためにも・・・この試合、絶対に負けられない。


「でも緊張がすごいぃいぃ!!」


 居た堪れなくなって、頭を抱えて悶々としながらじたばたする。

 すると。


「藍原さん」


 と、何やら小さな声で燐先輩が手招きしているのが見えた。


「な、なんですか?」


 今の燐先輩に見られてたのか、少し恥ずかしいな・・・。

 若干顔が赤くなりながらも、燐先輩の下へと寄っていくと。


「久しぶりに『これ』やっとこうと思って」


 そんな少しこそばゆそうな久我部長を中心に、スタメンの先輩たち6人が輪を作っていた。


 ―――あ、これって!


「や、やりましょうやりましょう!」

「ばーか、アンタに決定権なんか無いっての。やるよ」

「瑞稀」


 瑞稀先輩の悪態を、咲来先輩が制す。

 瑞稀先輩はつまらなさそうに唇を尖らせ、ぷいっとわたしから顔を逸らしてしまった。


「相変わらず生意気な1年生ですこと」

「あはは、すみません」

「生意気っていうなら、杏も・・・」

「先輩は黙っててくださいまし」


 同じように後輩の悪態を注意した熊原先輩だったが、返り討ちにあう。


「燐先輩」


 そしてわたしは、不安そうに黙っている先輩に。


「大丈夫です。ファイト、ですよ!」


 両手を握りこぶしにして、ぐっと身体の方に引き締めながら、笑いかける。

 先輩は少しだけ唖然としたけれど、表情を緩めて。


「ありがとう」


 と、言ってくれた。

 今はこれで十分。


「みんな、いい?」


 そして最後に部長が声をかけて。

 みんなが手のひらを輪の中央に突き出して、7人の手のひらを重ね、1つにする。


「絶対に勝つよ。白桜ぉー」


『ファイッ』


「「おおーーー!!」」


 号令と同時に重ねていた手を掲げ、大きく声を出した瞬間。

 身体と気持ちが、軽くなった気がした。

 わたしは1人じゃない。こんなすごい先輩たちが居るんだ。何を不安に思う必要があるだろう、と。


 そんな思いが、お腹の奥から去来してきて。

 なんだかすごく、安心したんだ。





ダブルス2

熊原(3年)、仁科(2年) - 小嶺(こみね)(きり)(3年)、小嶺(はる)(3年)


ダブルス1

山雲(3年)、河内(2年) - 最上(もがみ)(3年)、楠木(くすのき)(1年)


シングルス3

藍原(1年) - 新倉(1年)


シングルス2

新倉(2年) - 神宮寺(2年)


シングルス1

久我(3年) - 梶本(2年)



 試合直前。


「姫が、予想を外した・・・」


 我がチームは騒然としていた。


(まずいな、これは)


 この感じは良くない。


 ショックを受けているのは姫だけじゃない。

 俯いている雛の方も、少なからず動揺しているはずだ。


(雛が何よりもモチベーションとしてきた姉の打倒・・・、それが、この試合では出来ないときた)


 彼女が入学以来、姉を倒すことにどれだけ懸けてきたのかを知っている身としては。

 そして姫がそれを深く理解し、それを実現する為に2人でがんばってきたのを知っている身としては。


 ―――目の前の現実は、受け入れがたかった


 だが。


(このままこの雰囲気で試合を始めるわけにはいかない。ここは・・・)


 ちらっと横目で他の選手たちを見る。

 かじもちゃんはアワアワして震えながら姫と雛の双方を交互に見ることを繰り返しているし、切と榛はこういう時に前面に出て後輩を励ますタイプじゃない。


 ―――何より、


(八重が不安そうに私の方を見上げている・・・)


 自分の傍らに居る小さな女の子が、伏し目がちになりながらも私に救いを求めている。

 この子の不安を取り除いてあげられるのは、私だけ。

 部長の、私だけなんだ。


(見てな、八重)


 君を不安にさせるものは、すべて。


「おいおい、ここはお通夜か? いつまで落ち込んでるんだ、姫も」


 私が、引き受ける―――


「部長・・・」


 最初に反応したのは、意外にも雛本人だった。


「試合開始10分前だ、いい加減切り替えろ」


 私の言葉に、雛は上を向く。


「はいはい、部長の言う通り! このまんま試合やったら負けるよ。今日の対戦相手は白桜なんだ」


 その瞬間に、ぱんぱんと手を叩きながら。


「相手が誰だろうと、自分のプレーが出来ないような選手にレギュラーを名乗る資格なし!」


 本多(ふくぶちょう)が強制的に選手たちに上を向かせる。

 相変わらず・・・上手いな、言葉が。


「雛も姫も、思うところはあるだろうけどそれをコートに持ち込まないでよ」


 彼女はそう、当事者2人に念を押す。


「わかってます。あたしはもう大丈夫ですから」

「本当に、大丈夫?」

「はい」


 雛は、まっすぐに本多の目を見据えて。


「相手は関係ありません・・・! この藍原って1年を全力で倒して、チームに貢献します」


 そう強く、言い切った。

 一切の迷いなく―――


(すごいな、気持ちの面では既に緑ヶ原(ウチ)のエースじゃないか)


 感心する。

 これで1年生か―――

 私の時とは雲泥の差だな。この向上心と精神力は、私には無かった。


「センパイ」


 そして雛は、姫に向かって語り掛ける。

 でも。


「あたしの為にすみませんっ」


 開口一番、頭を下げたのには驚いた。


「でも、もう大丈夫です。あの人を倒す目標は、次の機会に繰り越します。だから」

「・・・」

「顔を上げてください」


 雛はそう言って、姫に向かって手を差し伸ばすのだ。


「・・・雛」

「はい」

「ワタシを、赦してくれる?」

「なに言ってるんですか。水臭いですよ」


 さらに、ここで笑顔。

 こんな反応をされてしまったら、もう。


「ありがとう」


 姫の、負けだ。


「もう、しょうがないセンパイですね」


 差し出された手と手が、繋がれた。


 ―――これでもう、だいじょうぶ


 何も憂うことなく、試合に向かう事が出来る。

 その、全てが揃ったタイミングで。


「よし、行くぞ!」


 私は最後のシメだけを行う。

 私の"部長像"は、これでいい。

 1人で全てを背負う度量も、覚悟も、そんなつもりもない。


 ―――そんな私には


「緑ヶ原のテニスを見せてやろう!」

「「おおぉ!!」


 この学校は、理想的なチームなんだ。

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