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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第4部 都大会編 2
125/385

黒永 vs 初瀬田 シングルス3 綾野 対 鏡藤 5 "夢"

「やった・・・」


 目の前の光景に、呆然としたのは一瞬。


「勝ったーーー!!」


 次の瞬間には、嬉しさが爆発していた。

 あまりに嬉しくて、思わず我を忘れて大声を出してしまうくらいに、私は勝利に没頭していた。


「やったね、秋ちゃん!」

「うんっ」


 飛びついてきたゆーちゃんを受け止めて、喜びを共有するように何度も頷いた。

 私たちが勝てたなら・・・。


(この試合・・・いける!)


 試合前のミーティングで部長が言ったこと。

 『この試合は絶対に勝てる戦いだ』ということ。


 そして、何より驚いたのが―――


(風花ちゃんが、頭を下げてお願いしたんだ)


 ダブルスの2試合、なんとか勝ってください、と。

 『私が綾野五十鈴を絶対に倒すから』

 彼女は最後にそんな言葉を付け足した。


(あの綾野を絶対に倒すなんて、言える?)


 考えられない事だ。

 それの実現を約束して頭を下げるなんて―――よほどの覚悟がなければ出来ることじゃない。


 風花ちゃんはどこかで、自分は1年前にやってきた外様だという気持ちがあったのかもしれない。

 そんな自分がレギュラーの席を1つ、奪った事を、どこかで後ろめたく思っていた・・・。

 繊細な彼女の性格を考えれば、十分に考えられることだ。

 どこかのお嬢様、もっと言えばどこかのお姫さまのような雰囲気すらある風花ちゃん。だけど、それと同じくらい・・・どこか、儚げで脆いイメージがあった。

 何か、一押ししたら壊れてしまうんじゃないか。そんな事をテニス部のみんなで話すことも、一度や二度じゃなかった。


 でも、でもね―――

 私たちは風花ちゃんの事を嫌に思った事なんて一度もなかったよ。


 だって。


(あのテニス一本だった部長が、彼女が来てから毎日『風花ちゃん風花ちゃん』って)


 貴女は、部長を変えてくれたから。


 部長の実力じゃあ、レギュラーになるのが無理なのはみんな分かってた。

 それでも、あの子は絶対に諦めなかったと思う。風花ちゃんが居なくても遅かれ早かれ、あの子は無理をして病気を発病させてしまっていただろう。


 テニスしかない部長が、テニスを失っていたら―――


 考えるだけで恐ろしい。


(風花ちゃんが居てくれたから、部長はテニスプレイヤーという夢を諦められたんだ)


 他にもっと、大切な夢を見つけることが出来たから―――


 そんな風花ちゃんに感謝こそすれ、恨むことなどあるわけがない。

 風花ちゃんが居てくれたから、私たちは今、都大会の準決勝まで来られている。

 これは間違いなく部長と風花ちゃんのお陰以外の何物でもない。


 あの2人に着いていけば、きっと奇跡だって起こせる。


 そんな気持ちを部員全員が共有できたから。

 そして私たちは今、その奇跡の扉に、手をかけているんだ。


「先輩っ!」


 感傷に浸っていると、偵察の1年生が金網フェンスの向こうで、肩で息をしながら。


「お疲れのところすみません。早く来てくださいっ!」

「おいおい、試合終わって間もな」

「早くしないと試合が終わっちゃいます!」


 そこでようやく、その1年生の子の表情が。


「手遅れになる前に、早く!!」


 血相を欠いていることに、気が付いた。





 試合後の、閑散としたテニスコート場。

 大応援団も、観客も、野次馬も去った後―――祭りの後のような静けさと、寂しさを残したその場に。


 わたし達は、居た。


 中央のコートには、さっきまで行われていた試合のスコアが書いたままになっている。

 それがこの寂しい雰囲気に、拍車をかけていた。


 ダブルス2、6-7で初瀬田。ダブルス1、3-6で初瀬田。

 シングルス3―――


 7-5で、黒永。


 シングルス2、6-1で黒永。シングルス1、6-0で黒永。


「惜しかったなぁ、初瀬田」

「上出来じゃない? ここまで黒永を追い詰めるとは思わなかったよ」

「綾野が負けてたら落としてたわけだし」

「鏡藤さんが逆転した時は試合決まったと思ったけどねー」


 そんな声がどこからか、聞こえてくる。


 確かに、鏡藤さんの追い上げは脅威的なものだった。

 あのまま試合が決まっていても、何の不思議もないほどに。


 勝利に指がかかったそのゲームで―――

 鏡藤さんは、力尽きた。


 見ていても分かるくらいに、ショットから力が無くなっていて、勿論"最終兵器"も使えなくなっていた。

 海老名先輩はあれを"痛そう"と表現していて、このみ先輩や万理が言うには多発が出来ないショットだと言っていたけれど、それがズバリ当たっていたのだろう。


 試合終了後、鏡藤さんは膝から崩れ落ちて右腕を抑えていて。

 初瀬田のベンチに座っていた女の子が、脱兎の如くかけつけて、彼女を抱きしめていた。


(大切な人、だったのかな)


 自分より何より、相手のことが心配。

 そんな雰囲気のする2人だった。

 部長と選手という関係性以上の、関係―――


(それって、)


 なんなんだろう―――


 ふと、そんな事を考えてしまう。


「藍原のくせに何黄昏てんですか」


 その言葉と共に、お尻に軽いキックを食らう。


「このみ先輩」

「敵の敗戦を見て同情ですか?」

「そんなんじゃないですよ」

「そうとしか見えんです」

「あはは・・・先輩には嘘つけませんね」


 先輩はぐいっと私の右腕を自分の方に引き寄せると。


「気持ち切り替えろよ、です。今日はお前のシングルスデビュー戦なんですから」


 静かにそう言って、ぱっと腕を放してくれた。

 そして何を言うでもなく、ひらひらと手を振ってその場から去っていく。


(ホント、わたしの事なんてなんでもお見通しなんだから)


 ・・・よし。


 バチン!

 わたしは両手で自分の頬を思いっきり叩いた。


「いてえっ!!」


 ちょっと、やり過ぎたと思うくらいに、強く。


「・・・うう、でも! 気合入れ直せた!!」


 他校(よそ)他校(よそ)白桜(ウチ)白桜(ウチ)

 今のわたしは白桜の選手なんだ。他を気にしてる余裕なんて無い無い!


「よおおし!」


 さっきまで見ていた光景を思い出す。


 綾野五十鈴―――

 東京の頂点、最高峰。

 あの人が。

 あの人達が、東京で1番強いんだ。


 でも。


「黒永は、白桜(わたしたち)が倒す!!」


 わたし達は―――もっと強い。


 そのことには、絶対の自信があった。

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