万理眼
今度は相手のサービス。
しっかりとした構え、そしてしなやかなインパクト。ちゃんとしたサーブだ。
わたしは目でそれを追い、まわりこんで打球を叩く。
「!?」
青山さんがそれを打ち返したものの、ボールはあらぬ方向へ力なく飛んでいった。
「30-0」
「よしっ!」
思わず出るガッツポーズ。
そして、まわってきたサービスで。
「ええいっ!」
思い切り腕を振り。
「40-0」
サービスエースを取っていく。
「藍原さんだっけ、あの子・・・」
「すごいね態度が大きいだけだと思ってたけど」
「スカウト組の子相手に1ポイントも与えずに」
いいよー。もっと褒めてもっと褒めて。
わたし褒められて伸びるタイプだよー。女の子にわーきゃー言われると気持ちよくなっちゃう。
「アウト。40-15」
「あー!!」
強く叩きすぎた。
(どうもレシーブのコントロールって苦手なんだよね・・・)
あと、褒められてちょっと調子に乗りました。
(だから、このサービスで確実に決める!)
その瞬間、また手元が狂う。
ボールは大きく浮き、大きくコートの向こう側へ。
「フォルト」
「あー!!」
この辺りから、ざわつきが違ったものになっていく。
「もしかして・・・ノーコン?」
「今のはちょっと、ね」
ギャラリーの雰囲気が変わってきたところで。
「・・・ふう」
一つ、屈伸をして息を吐く。
(ここで点を入れられたら流れが変わる・・・、負ける・・・)
目を見開いて相手の方を見る。
青山さんはそれに気付いたようで、表情を引き締めた。
(わたしは・・・負けたくない!)
右手でトスを上げ、それを確実に。
―――その瞬間だけ、まわりの全ての声が遮断されたかに思えた。
叩き込む!
―――サーブが決まった、その瞬間だけ。
「ゲーム藍原!」
監督の声が聞こえた瞬間。
右手を天に向かって突き上げた。
コートの外の部員達から歓声が聞こえる。驚きと、そして確かに歓喜の入った声。
「どうですか監督! これで1人抜きですよ1人抜き! 1軍昇格に近づきましたか!?」
「次、伊藤。コートに入れ」
・・・聞いてない、と。
ちょっとだけふくれっ面になって、唇を尖らせる。
そしてこれは意外だったんだけど、全く休憩させてもらえないのね。
まさに相手だけ入れ替わってそのまま2ゲーム目みたいな感じ。
「上~等~」
体力になら自信あるし、いけるいける。
今日は調子が良いんだ。それに1セットマッチならまだまだ1-0・・・序盤も序盤なのだから。
まだ汗が出てきてないおでこをひと拭いして、わたしは2ゲーム目に向かった。
◆
「うーむ。あれはクイックサーブの一種ッスかねえ。なんか変わった打ち方ッスけど」
テイクバックをした直後に低いトスをして、その勢いでクイックサーブを打つというなかなかの離れ業。
一朝一夕で身に付く技術ではない。難しいサーブなのは姉御のコントロールの悪さを見ていれば想像に難くないのだ。
(サウスポーであの変則フォーム。それでもサーブが曲がらずにまっすぐ飛ぶインパクトの強さ・・・。この間見た時も思ったッスけど・・・)
また姉御がサービスエースを決める。
(普通に打てばコントロールもつくはずなんスよねえ)
あの変則フォームを得る代わりにしては、コントロールを捨てるのは愚作過ぎる。
サーブ自体は特筆して速くもないし、まっすぐ飛んでるから変化してるわけでもない。それに・・・これが最大のネックなのだが。
(ストロークの時も変なフォームしてるし)
あの妙なテイクバックのせいで、フォームが定まっていない。
(しっかりしたフォームを教わらないまま、変な手癖がついたと考えるべきか・・・)
そもそもフォームが固まっていないから正確なコントロールがつかない。
正しいフォームと正しい打ち方をすれば、ちゃんとボールはいう事をきくようになっているのだから。
(でも素人にしては)
姉御の打球が、相手プレイヤーの脇を抜けていく。
(打球の強さや球足の速さが凄過ぎるんスよねえ)
「すごい6人抜き!」
「1セットマッチならこれでゲームセットだよ」
声援に応えるように手を振る姉御。
ふと、目が合った。
「姉御ー。その調子ッスよ! ウチの番になるまで王座をキープしといてくださいね!」
「OK万理! 任せといてよ!」
なんて言ってガッツポーズをする姉御。
いやあ、なんていうか乗せやすいというか・・・。
(良い意味でバカッスね)
あれくらい能天気で自己主張できるのは良いバカだ。もちろん褒め言葉。
「・・・アンタ、あいつと仲良いの?」
そこで、例の彼女に話しかけられる。
さっき姉御と試合をして、勝ち逃げしていった彼女だ。
あらあら、近くで見ると美人なことで。
「まあ昨日知り合ったばっかッスけど、一応。あ。"あいつと仲良いからハブってやる"的なのは勘弁してほしいッス」
「誰もそんなことしないわ、みっともない」
そっぽを向いて苛立ちを口にする。
「随分と馴れ馴れしいから同じ学校出身かと思ったわ」
「んや。ウチは埼玉出身ッスからそれはないッス。姉御はもっと田舎から来たらしいッスよ」
「・・・田舎?」
「詳しくは聞いてないッスけど、超弩級の田舎だとか。たぶん地方出身なんじゃないッスかね」
ウチの予想ッスけどね。
「変な打ち方するわね、あいつ」
「ええ、随分と癖のあるフォームッスね。それもサウスポーときた」
なかなか対戦できるタイプの選手じゃない・・・と言おうとしたとき。
「正直、初めてだわ。あんな打ちづらい選手」
「・・・え?」
この子・・・水鳥文香の台詞とは思えない言葉だった。
「どういう事ッスか?」
「なんでアンタに教えないといけないのよ」
「いや、ほら。一緒に対策考えましょうよ。ウチだってただ負けるのは嫌ッス」
「・・・敵の敵は味方ってわけ?」
ウチはぶんぶんと首を縦に振った。
姉御と違い、言葉の意図が伝わりやすい相手で助かる。
「やっぱやめとくわ」
「ええ、そんな~!」
「なんかアンタ、あいつと同じ匂いがしてムカつくし。それに・・・」
水鳥文香は踵を返しながら言う。
「あいつには自分1人の力で勝ちたいの。悪いわね」
なるほど、プライドの高さはさすがだ。噂にたがわないところがある。
・・・でも。
「まあ、なら仕方ないッスね。文香の姐さんとは上手いことやっていけそうな気がしたんスけど」
それが時に邪魔になることもある。
人間関係の結びつきが強い中学の部活動では、特に。
そしてたった今、ウチの誘いを断ってしまったことだって。
「決して得策とは言えないんスよね、これが」