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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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リスタート



 紆余曲折を経て、私は東京の叔母のところへ行くことになった。


「鏡藤風花です。よろしくお願いします」


 この頃の私は心身ともに疲れ果てていた。

 逃げ出したと言っても、簡単に逃げられるほど甘い環境じゃないのは分かっていたつもりだったが、ここにたどり着くまでにどれだけかかっただろう。

 時間にすれば夏休みを丸々使い果たした程度だったけれど、私の精神は完全に疲弊し、すり減って、ノックアウト寸前の状態まで追い詰められていた。


 目も虚ろな状態で転校先である初瀬田に登校して、そのまま教室中をぼんやりと見やりながら挨拶をする。


(でも、もういいんだ。これで、もう争わないで済む・・・)


 これからは静かに、自分のペースで生きて行こう。

 もう無理をすることもない。少しだけ休んで、また受験勉強が始まる頃までに元気を取り戻せばいい。


 私はそんな、これからの未来像を描いていた。


 しかし―――


「一目惚れですっ。付き合ってください!!」


 ―――その予定は、大きく狂うことになる


「え、あの。私・・・?」


 何せ驚いた。

 転校初日に告白してきた相手が、女の子だったから。


「はいっ!」

「わ、わかってると思いますけど・・・女の子同士で・・・」

「はいっ・・・」


 相手の子は一切目を逸らさず、じっと私の瞳の奥を見つめながらそれを肯定する。

 顔は真っ赤、潤んだ瞳には水の膜のようなものが張っているように見えた。


 ―――それでも、彼女はただ私の目を一点に見据えていた


(こんな視線合わせてくる子、居るんだ・・・)


 初めてだった。

 こんなに熱い視線をがんがんに送られてきたのは。

 情熱的・・・そんな言葉がしっくりくる。


 思えば、弱り切った私にはすがるべき何かが必要だったのかもしれない。

 強い何かにすがりたかった。

 そして彼女の意志の強さと言うものは、私の考えるそれに、恐らく合致していたのだろう。


「分かりました。お付き合い、しましょう―――」



 そう、答えてはみたものの。

 転校初日で相手のこともよく分からないまま、付き合うというのは一体何をしたらいいのか。

 そもそも誰かと交際すること自体が初めてだったのもあって、何をしたらいいのか分からなかった。


 ―――友達、とは違うんだよね


 そんな当たり前のことを考えてしまう。


「鏡藤さん、おはよう」


 翌日、朝、学校に付くと、誰よりも早く彼女に話しかけられた。


「おはようございます、響希ちゃん」


 彼女の名前は七本(ななもと)響希(ひびき)

 名前を教えてもらったのが告白の後って・・・大概、順序がおかしいとは思うけれど。


「・・・あのね」

「なに? 鏡藤さん?」

「私、あまり自分の苗字が好きじゃなくて」


 こんなこと言ったら、変な風に思われるかな。

 でも、本当のことだし。


「・・・だから、名前で呼んでくれると、嬉しい」

「分かった!」


 しかし、響希ちゃんは何も聞かずに。


「じゃあ今日から風花ちゃんだね」


 そう言って、にっこり笑いかけてくれた。


「―――」


 このときの彼女の笑顔が、忘れられない。

 疲れ切った私には、ただそれだけで十分だった。


 『無償の愛』

 それこそが、私の追い求めてきたもの―――そのものだったからだろうか。


「響希ちゃん、帰りましょう」


 気づくと、私は1日で彼女とずいぶん打ち解けられるようになっていた。

 自分でもこんなに間合いを詰められる相手がいるなんて、思いもしなかった。


「あ、ごめんねー」


 しかし。


「あたし、部活入ってるから放課後はそんなに早く帰れないんだー」

「そう、なんだ・・・」


 そうだよね。普通、部活くらい入ってるよね。


「それで、何部なの・・・?」


 私は何故か恐る恐る、その疑問を口にする。


「テニス部! しかもね、あたし部長なんだー」


 ずきん。

 心臓に突き刺さった棘が、再び食い込むような嫌な感覚がした。


 部活、テニス部、部長―――

 自分の中にあるトラウマが、奥底から沸々と湧き上がってくる。


「風花ちゃん?」


 私のただならぬ様子を心配してくれた響希ちゃんが、顔を覗き込んでいる。


「ごめんね、あたし、何か風花ちゃんの気に障るようなこと・・・」

「ううん。違うの。ちょっと立ちくらみがしただけだから」


 嘘だ。

 立ちくらみにしては、様子がおかしすぎる。


「そう・・・なんだ」


 それは響希ちゃんの言葉から、明らかに腑に落ちていないことが聞き取れたくらいに、明らか。

 それでも。


「ちょっと遅くなっちゃうかもだから、風花ちゃんは先に帰ってて」


 彼女はそれ以上、何も聞いて来なかった。


「ごめんね。あたしから告白したのに・・・」


 それどころか、自分に負い目を感じて、彼女は少しだけその表情を曇らせていた。


(違う、違うの)


 貴女は悪くない。

 だから、そんな顔しないで。私のせいで、貴女が嫌な思いをするなんて、絶対にイヤだ。


 だからだろうか―――


「・・・部活、見学して行っていい?」


 私はそんな事を口にしていた。





「じゃあ次、きーちゃん行くよー!」


 私は、また1つ驚いた。


 ―――響希ちゃんの放ったサーブが、大きく逸れていく


「もう、部長! こんなんじゃレシーブの練習になんないよー」

「響希先輩のへたっぴ~」


 そう。

 響希ちゃんのテニスの腕は、お世辞にも上手いとは言えない。

 それどころか、部内でも下手というレベルのものだったのだ。


(どうして、部長やってるんだろう―――)


 あの性格や人当たりのよさだろうか。


「ごめんごめん。あたし、へたくそだからさ・・・。でも、次はちゃんと打つからね!」


 苦笑いしながらボールを拾ってサーブを打ちなおす。


 ―――実力が足りなくても、性格や人間性で部長に選ばれることは決して珍しくはない


(響希ちゃんの性格なら、それも頷ける)


 だけど、なんだろう。

 この変な違和感のようなものは。


「気分を悪くしたらごめんなさい」


 私は、そう前置きした上で。


「どうして、テニス部の部長を・・・?」


 ある日の練習後。

 私はそう、響希ちゃんに率直な疑問をぶつけてみた。


「うん、あのね」


 響希ちゃんは何か含んだようにそう言うと。


「テニスが、好きだから―――」


 既に暗くなっている夕空を見上げながら、響希ちゃんは笑う。


「大好きだから、部長、やってみたいなーって」

「それだけ・・・?」

「むー、風花ちゃん! それだけじゃないよ」


 彼女は少しだけ、眉を吊り上げると。


「これ以上の理由なんて、いらないもん!」


 私の目をはっきり見て、力いっぱいそう言い切った。


(テニスが好き、か―――)


 やっぱり、そうなんだ。

 たったそれだけの理由だと思われるかもしれない。

 でも、それ以上に大きな理由なんて、そうそう無いだろう。


 ―――私だって


 始まりはそうだった。

 ただ、テニスが好きで、楽しくて。それで始めたはずだった。

 だけど、段々上手になったり、大会で優勝したり、スクールで1番になったりするにつれて。

 いろいろな事が絡み始めて、純粋にテニスをする以外の目的の方が、大きくなってしまった。


(でも、今なら―――)


 この学校なら。

 響希ちゃんと一緒なら。


 そういうものとは別のことで、テニスを楽しめるかもしれない。


 この、初瀬田の女子テニス部には、私にそう感じさせる雰囲気が確かにあった。

 怖いのは勿論、怖い。

 でも。


「風花ちゃんの身体ふっかふかー」


 私を抱きしめてくれる、この優しさ、柔らかさの中でなら。

 またもう一度、テニスをやり直せるかもしれない―――


「響希ちゃん」


 そう思って、私はもう一度。


「私、テニス部に入部したい―――」


 この時点では確かに。

 止まっていた歩みを、再び進めることが出来ていたのだ。



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