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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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黒永 vs 初瀬田 シングルス3 綾野 対 鏡藤 1 "争い"

 思った以上に、出来()る。

 鏡藤風花の実力はまったく衰えていないどころか、去年より格段に強くなっていた。


 まさか最初の1ゲームを先取されるとは思わなかったよ。

 名門から逃げるように転校した割には、初瀬田でしっかりとした練習とモチベーションを維持してたみたいで、それは純粋に驚いた。


 ・・・"この"鏡藤風花なら。


(倒し甲斐があるね・・・!)


 ぞぞっと全身に電気が走った感覚がした。

 突き抜けたそれが、まだ半分眠っていた頭と目を、起こしてくれたような。

 そんな不思議な感覚。


「それで、どうだったのかしら。鏡藤さんは?」


 ピリピリとした感覚に打ちひしがれながら、私は1人の女性の前に立っていた。


 黒永(ウチ)の創設者一族の娘にして、黒永学院女子テニス部総監督、黒中(くろなか)ゆかり―――


 深紅の長髪は私たち中学生と比べても遜色ないほど美しい。

 常に落ち着き払い、大人の色香を漂わせて、滅多に大声を出したりしない・・・半ばけだるさすら感じるほどの冷静さをその身に纏った彼女は、いつものように自らの指先、特に爪の辺りを目線の先に携え、その延長線上で私の方を見遣っていた。

 半目で切れ長の瞳。監督のそれは、透き通るように綺麗な髪の毛とは真逆で、いつも濁っている。

 まるで目の前の光景など、大して興味がないのではないかと錯覚するほどに、彼女の瞳からは感情の色が伺えない。


「名門から抜け、ロクな練習が出来なくなって腕が鈍ってるかと思いきや、まったくそんなことはありませんでした。確実に去年より強くなってる」


 私は自分が1ゲーム戦って感じたことを、そのまま言葉にした。


「そうですか」


 監督はいつものように軽く返事をすると。


「それで、どうやって勝つつもりなのかしら、綾野さん?」


 核心ズバリ、全く包み隠さない質問をぶつけてくる。


「"鏡"を割ってしまう方法と、反射をかわす方法があると思うのだけれど」


 さすが、監督。

 既にもう攻略法が彼女の頭には出来上がっているのだろう。


 ―――あとはそれを私が実行するだけだ


「もちろん、叩き割ります。そっちの方が面白そうだし☆」


 そうじゃなきゃ、意味が無い。

 監督が私をわざわざシングルス3にしたのは、そういう事だ。


 圧倒的な勝利を、恐怖を、白桜と緑ヶ原に見せつけろと監督は言っている。

 だったら、かわす方法なんかを選ぶのは愚の骨頂以外の何物でもない。


「ダブルスは2組とも接戦になりそうとのことよ。ダブルス2は1ゲーム目を落としたとか。もし、ダブルスを2つ落とすようなことがあったら、貴女に負けは許されないわ」


 監督は淡々と、あの遠くを見るような目で私に事実だけを告げ。


「それを踏まえて、"黒永のエース"として、さっきの回答と意見は変わらないかしら?」


 そしてそのけだるそうな瞳で、私の目の奥をじとっと覗き込む。


「変わりません」


 即答。

 変わるわけがない。

 "面白そう"というのは、勝つ上の戦術で面白そうだという意味だ。

 相手に精神的ダメージを与えて面白いだとか、そっちの方がやりがいがあるだとかいう幼稚じみた理由なんかでは決してない。


 私が優先するのは、常に勝利―――

 敵が強者ならばその理論は更に加速することになる。


 勝てないなら意味など無く、価値もない。


 そして私のこの考えを。


「それならいいわ。綾野さん、見せつけてやりなさい。本当のエースの力を」

「はい☆」


 相当深く理解してくれている人物の1人が、黒中監督だった。

 強いプレイヤーと戦って、勝つ。

 それが私の唯一の望みであり、黒永に入学した理由だ。


 監督は、黒永は、その舞台と相手を安定供給してくれる。

 この風花ちゃんなど、その最たるものだ。

 だから監督は、私をわざわざシングルス3で起用してくれた。私の望みと、チームの利益。2つを同時に満たす方法がこれだと、理解しているから。


「さあ。あなたの中に『永遠』はあるかな、風花ちゃん―――」





「本当に自慢の娘で」


 それが両親の口癖だった。


 鏡藤家は九州のとある地方の名家だ。

 私はその家に生まれ、幼い頃から名家の何たるかを叩き込まれてきた。

 中でも舞踊や社交ダンスは徹底的に教え込まれ、勉学も含めて『どこに出しても恥ずかしくない娘』を育て上げることに、両親が躍起になっていたことを、やたら明瞭に覚えている。


 鏡藤家には本家と分家があり、激しい跡取り争いが繰り広げられていた―――

 21世紀のこの時代に、こんな事を言ったら笑われるだろうか。

 だけど、実際そうだった。親戚に会うたび、すごいと感心されると同時に、どこか不穏な視線をぶつけられていることを、私は子供ながらに気が付いていた。


 そんな時、出会ったのがテニスだ。

 テレビで特集されていたのを見て、それでテニスの真似事を始め・・・最初はそんなものだった。


「テニス? いいじゃない、本格的にやってみなさい」


 母に話をすると、彼女は嬉しそうに笑った。

 今まで自分のお人形でしかなかった娘が、初めて何かを要望したのが楽しかったのだろう。


 やがて、私は舞踊で獲得したリズム感覚とテニスを照らし合わせるやり方を編み出した。

 きっと、これはテニスの基礎からは外れることなのだろう。

 それでも、自分なりのやり方でどんどんテニスが上達するのが嬉しかった。テニススクールの先生にも褒められ、私はそこで1番を取るまでになっていた。


 私は中学生になり、地元の名門私立である鴻巣(こうのす)へと進学した。

 ここは勉強の他にスポーツにも積極的に取り組んでおり、テニス部も九州で指折りの強さを誇るお嬢様学校だった。


 その頃だろうか。


「あんな分家の子にうちの風花が負けてるものですか」

「鏡藤の跡取りは風花しかいない。親戚のあの子は勉強は出来てもそれ以外はてんでダメでしょう?」


 家の争いが、目に見えて熾烈になってきたのは。


「鏡藤さん鏡藤さん、来年は鏡藤さんがキャプテンになるんでしょ?」

「私たち、鏡藤さんの味方だからね」


 そしてテニス部の方でも。

 私と、あともう1人。互いに2年生レギュラーだった2人が、次期キャプテン候補とやり玉に挙げられるようになった。

 彼女とは特別仲が良くも悪くもなかったけれど、その頃から何かあると私と彼女は比較されるようになっていった。


(イヤだな・・・)


 部内は私と彼女とで派閥が二分化し、真っ二つに割れた。

 どうして、みんなで仲良く出来ないんだろう。

 どうして、1つの目標に向かって1つになれないんだろう。


 どうして、誰かを蹴落とさなきゃならないんだろう。


 気づくと私は、そんな事ばかりを考えるようになっていた。


 そんなある日。


「テニスは2年生までです」


 母に、唐突にそんなことを言われた。


「受験生になったらそんな事をやっている余裕などなくなるはずでしょう。風花、あなたは自分の立場をよく考えなさい」


 ―――もう


「鏡藤家の跡取りとして相応しい女になりなさいと、普段から言ってあるでしょう」


 ―――もう、たくさんだ


 他人を蹴落として争うのなんて。

 私には根本的に向いてないんだ、そんなの。

 もっとみんなと仲良くしたいのに、どうしてみんなは私と誰かを分けて戦わせようとするの。

 私はただ、楽しく静かに過ごしたいだけなのに―――


 他人を蹴落とすことも、その為に打算的に動くことも出来なければ、家や部という縛りに反抗するほどの勇気もない。

 私は鏡藤家や鴻巣から逃げたかった。



 ―――そして、本当に逃げ出した



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