わたしでいいんですか!?
―――暴れ足りない
そんなモヤモヤが、まだ頭の中に残っていた。
試合中に感じたことが無いような、あの緊張感の無さというか、高揚しない感じ。
不思議な感覚だった。面白くないとも全然違う、よく分からないざらざら。
それらを総合すると、『暴れ足りない』という言葉に結びついた。
それより。
(試したいことがある・・・)
宮本葵のプレーを見ていて、思ったこと。
"あのワンプレー"。もしかしたら、わたしが探していたピースの、最後の一かけらになるかもしれない。
そう思うと、居てもたってもいられなかった。
夕食までまだ少し時間があるし、少しくらいなら練習が出来そうだ。
この感覚が消えないうちに・・・。
「藍原」
しかし、そんな考えは。
聞こえてきた凛として、そして少し落ち着いたトーンの声にかき消された。
「はっ、なんでありましょうか監督!!」
ビシッと敬礼をして、その後思い切り背筋を伸ばす。
(監督と直接話すの、久しぶり・・・!)
チーム全員に語り掛けるような時では勿論接していたけれど、1対1で話すのは久しぶりだ。
そして、思う。まだ少し慣れないなと。
あの声を聞くとちゃんとしなきゃいけないという命令が全身を駆け巡る。
「お前、どんな選手になりたい?」
「はい?」
しまった。
全く想定していない言葉が来て、条件反射で聞き返してしまう。
「言葉通りの意味だ。今のお前が目標とするテニスは何だ?」
どういうことだろう。
監督がどうして急にこんなことを聞いてきたのかもそうだし、どういう答えを求められているのかも分からない。
うん、分からないのなら。
「わたしは・・・」
ありのままを答えれば良い。
「今、練習してるサーブがあるんです」
変に背伸びをする必要もないし。
「そのサーブを習得出来れば、3種類のサーブを使いこなせる。このみ先輩が、3つのサーブを使いこなせればわたしのサービスゲームは確実に取れるって。だから、まずは3つ目のサーブを覚えて・・・」
しても多分、良いことなんてない。
「うん、でもまだ基本のショットのコントロールも安定してないし、スタミナも文香に比べれば全然・・・。だから、サーブとショットの威力を磨いてラリーになる前に点を稼いで、なるべく早くゲームを終わらせるプレーが今は理想的、なのかなぁ・・・?」
あれ。
言ってて自分で本当にそれでいいのか、よく分かんなくなってきた。
こういう時、このみ先輩が横に居ればどうしたらいいですかー、って聞けるのに。
わたしは頭を横に傾け、少しだけ捻るようにし、更に口元を手で抑えながら考えを巡らせる。
「そうか。よくわかった」
監督はそう言って、一つ息を吐く。
(え! ダメだった!?)
そんな考えが頭を突き抜けた。
今、ため息つかれたよね!? それってつまり、そんなんじゃ全然お話にもならないって呆れられたのでは・・・。
(そりゃあ、文香に比べれば全然かもしれないけど)
ため息が出るほど、ダメだったのか―――
混乱するわたしに、監督は次の瞬間。
「藍原、明日の準決勝、お前をシングルス3として試合に出場させる」
は・・・?
「はい・・・?」
頭を抱えていた手をそのままにして、くるりと監督の方に向き直る。
今、なんとおっしゃいましたか・・・?
「しかるべき準備をしておけ」
何かを考えようとしても、頭に何も浮かんでこない。
「返事はどうした!」
「は、はい!! 精一杯尽力させていただきます!!」
だから、腹の底から声を出して、元気いっぱい返事だけをした。
◆
「え、なになに?」
「なんか面白いことやってるんだってー」
うう・・・。
なんか、野次馬がいっぱい。
「消灯までの2時間で、貴女にシングルスのいろはを叩き込みます」
燐先輩はそう言って、ビシッとわたしにラケットを向ける。
「覚悟してね、藍原さん?」
そして、くすっと微笑みながら首を傾けるのだ。
・・・ゾクッとした。
ううん、M的な意味ではなく。
久しぶりに燐先輩の悪魔の部分が見えてきて、総毛立つほどの悪寒が走ったのだ。
「私も外から見てて、気づいたことをその都度言っていくから」
さっきまで立ち上がることも出来なかった文香が、そう言って肩を叩く。
「あはは、藍原ちゃん顔が固いよ。りらーっくすりらーっくす。深呼吸しようか」
すー、はー。吸って、吐く。それを何度か繰り返して。
「部長!? なんでここに!?」
ツッコむ。
「いんやぁ、君がシングルスデビューって聞いてさ。部長として何かしてあげたいじゃない? 個人レッスンをつけてあげようかと思ったんだけど、先客がこんなにいるとは」
久我部長はそう言ってあはは、と笑う。
(ま、ますます緊張してきた・・・)
燐先輩と部長と話す時は、未だに緊張するのだ。
それは多分、お二人が美人過ぎるから。わたし、きれいなお姉さんタイプに1番弱いんだろうなぁ。
美人とお話すると、緊張するじゃん。
「はー。すげーコーチ陣ッスね姉御! 文香姐さんに新倉先輩、部長! 各世代のエースが姉御の為に集まってくれたんスよ!」
「普段の1軍の練習でも滅多に見られない豪華コーチなのー」
万理と海老名先輩。
やっぱりというか、当然のように居るけれど。
「おい藍原。サーブのアドバイスくれって言うから来ましたが、私のアドバイスなんか必要ないでしょ、この3人を目の前にして」
「このみ先輩はわたし専属のコーチですから、必要です!」
「お、おう・・・」
何故だか少しだけ不機嫌な先輩の肩をがちっと掴んで、瞳の奥を見ながら言う。
「それじゃ、まずは貴女がやりたいと言っていた、サーブ練習からね」
燐先輩の言葉に、ゆっくりと頷く。
「新倉先輩がレシーバーのサーブ練習とか・・・」
「藍原ー。分不相応の豪遊は身を亡ぼすぞー」
そんなヤジがどこからともなく聞こえてくる。
もう、黙っててよ。じっくり練習したかったのに部内の半分くらいの人が見学に来てるし。
「藍原ちゃん」
サーブ位置へと向かおうとしたとき。
部長にそう呼び止められる。
「技術的なことは水鳥ちゃんと燐ちゃんに聞いて。だから、私からは精神論的なことをひとつ」
「精神論・・・?」
エースとは何ぞや、みたいな事なのかな。
そう思って、難しい話を身構えていると。
「試合に勝ったら、ご褒美にキスしてあ・げ・る」
めちゃくちゃ単純で明瞭なことでした!
「え、ええええ!?」
「藍原ちゃん、このみや瑞稀ちゃんと違って私にはグイグイ来てくれないでしょ?」
「いえいえ、それはだって部長ですから!」
グイグイ行くとか来るとか、そういう問題ではなく!
「うん。だから私からグイグイ行くことにしたよ」
「ま、マジですかあー」
「うん。まじまじ」
言って、ぽんと背中を押される。
「頑張ってねー」
なんて部長はひらひら手を振っているけれど。
(どうしよ・・・)
もう。
何が何でも勝つしかなくなったじゃん―――




