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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
110/385

VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 8 "道をたがう"



 初めて自分の目で見た東京は、テレビの中で見るほどキラキラしていなかった。

 そびえ立つコンクリート。多すぎる人。早過ぎる流れ。

 それらに酔って、吐いてしまいそうなくらい。


(上手くやっていけるのかな・・・)


 中学校登校初日。

 私には不安しかなかった。

 街中で立っているだけで押し潰されそうになったのだ。


 これから3年間、もしかすればもっと―――

 こんなところで生活していけるのかと考えると、それだけで気が滅入ってくる。


(テニスをやれば、少しは気もまぎれるかな・・・)


 下を俯きながら歩き、ぼうっと考えを巡らせていると。


 ぼふっと、何かにぶつかった。

 それが人の感触だと気づくのに、一瞬もかからなかった。


(しまっ・・・!)


 頭の中が白く消えていく。

 反射的にのけ反ると、思い切り頭を下げて。


「ご、ごめんなさっ!」


 最後まで言えなかった謝罪をして、何とか許しを請う。


「あはは、いーよいーよ。全然」


 返ってきたのは想像外の言葉。

 相手の人はまったく怒る事も無く、笑い飛ばしてくれた。


 よかった・・・。

 とにかく怒られはしなかったことに安堵して、私は視線を少し上げると。


 切りそろえたおかっぱの前髪の切れ間から。

 その人の、顔が見えた。


「そんなキョドってどうしたん?」


 ―――きらきらと輝くような笑顔と、ふわふわの金髪


 そして、差し伸ばされた手のひら。


「困ってんなら、あたしが助けてあげよっか?」


「―――っ」


 思わず、呑みこまれてしまいそうだった。

 その、きらきらとふわふわに。

 私が思い描いていた東京に、彼女のイメージはあまりに合致していたから。


「・・・、はい」


 恐る恐る、私は手を伸ばす。

 その手のひらに、私なんかの指をかけていいのかと探りながら、ゆっくりと彼女に触れる。


「あたし、宮本葵。あんたは?」


 ―――葵、ちゃん


 ううん、違うな。

 この人は、


 ―――葵さま、だ





「葵さま・・・」


 ごめんなさい。

 あんなに助けてもらったのに。あんなに勇気をもらったのに。

 私じゃ、あなたの役に立つことは出来なかった。


 怒られて当然だと思う。


 ―――それでも


(あなたは、"葵さま"だ)


 私にとっては、何にも代えがたい存在で。

 私がこの東京で見出した、光。


 きらきら眩しくて、ふわふわした感触で、私じゃ手の届かないところに居る人だ。


 ―――だから


(負けて欲しくない)


 あんな言葉を浴びせられても、たとえチームの全員があなたを見放しても。

 頑張れ、負けるな。私だけは、そう思ってる。想い続けて―――


「葵ちゃん、がんばれ!!」


 その時。

 隣から、うるさいくらいの声援が聞こえてきた。


「まだこれからだよ! タイブレークは2点差にならない限り終わらない! チャンスは来る!!」


 鹿取ひのか。

 さっきまでダブルスを組んでいた、同じ1年生の・・・正直、いけ好かない奴だ。

 そのひのかが、精一杯声を振り絞って叫んでいる。


「がんばれ、葵ちゃん!!」


 って。


 ―――ひのかも、一緒だったんだ


 葵さまに救われた、助けられた1人だった。

 あの人が、過去にどうだったとか、そんな事は私たちには分からない。


「宮本さん!」

「がんばれ宮本さん!」

「私たちの」

「自慢の」


 ―――"エース"


 誰かが、そう言った。


 私たち、鷺山の1年生にとって。

 葵さまはチームの中心で、みんなの中心の、すごい人なんだ。


 確かに、手段を選ばなかったり、暴力的な面もあったかもしれない。

 横暴や無茶を通してきたこともあった人だった。

 だけど、それでも。


 私にとってやっぱり葵さまは、葵さまだ。

 そしてみんなにとってもそれは同じだった。


「5-3、水鳥」


 今、こうして一緒に葵さまを応援していて、思った。


 ―――チームって、


「葵さまぁ、がぁんばぁれぇ!!」


 ―――こういうもののことを言うんじゃないかって


 まだ負けてない。

 葵さまは負けないんだ。


 だって、葵さま、今。

 すごく、楽しそう――――


 私たちと一緒に居た時とは違う。

 純粋にテニスを、目の前の相手との勝負を、楽しいと感じてる。

 そういう表情を、今、あの人はしている。


 何も分からなかった、ダメな私たちだったけど。

 この想像だけは、絶対に外してないっていう、自信があった。





「あははっ!」


 気づくと、不思議と。


「楽しいね、ふみちゃんっ!!」


 笑いがこみ上げてきていた。


 ―――さすがにここまでは対策してなかったよ


 僅か1試合で、あたしのプレーを完全に分析して最も有効なショットを返してくるなんてね。

 ううん、違う。

 ふみちゃんはずっと、私のことを忘れてなんかなかったんだ。


 ―――1試合で相手のプレーを完全に見切れるわけがない


 ふみちゃんの中にはずっと、


(あたしにテニスを教えてくれて、一緒に楽しくプレーしたあの半年間の記憶があったんだ―――)


 だからこそ、あたしとふみちゃんは分かり合えなかった。

 あの時間をぶっ壊して、その壊れる一瞬を求めてきたあたしと。

 いつまでもその時間を肯定し、大事にして、それ以降を自分の勘違いだと思ってきたふみちゃん。


 考えていることが真逆だったし、求めてることも全く違うことだったから。


 ―――あたしは、ふみちゃんに切り捨てられたんだ


 だけど。

 この選択が間違いだったとは思わない。


 ―――あたしは

 ―――あたしの信じる道をいくよ


 そのために。


(ふみちゃんを!!)


 芯から外れた、緩い感触がした。

 手首に少し痛みが走る。


 ボールは大きく上へ舞い上がり。


 ―――その瞬間

 ―――会場が息を呑んだ


 ゆっくりと落ちてきた打球を。


 ―――長い長い


 ふみちゃんは、スマッシュであたしのコートへと、叩きつけた。


 ―――あたしとふみちゃんの、2人きりの試合(デート)


 観客の大声援が支配するコート場。

 審判員が遅れて声を張り上げた。


「ゲームアンドマッチ、水鳥文香!!」


 ―――終わりを告げた、瞬間だった

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