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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 6 "孤立"

 両者が1ゲームずつブレイクすると、試合はまた落ち着きを取り戻した。

 いや、落ち着きという言葉は間違っているかもしれない。

 互いが自らのサービスゲームを死守し始めたのだ。


 その結果。


「ゲーム、水鳥」


 ―――自然とシャッターにかけていた指に力が入った


「6-6!」


 水鳥文香も、宮本葵も、一歩たりとも譲らず。

 試合はタイブレークに突入する。


「ふぃ~、こりゃ見てるこっちが痺れるくらいの好ゲームだ」


 2人がベンチに引き揚げていくのを見送ると、自然と息が漏れた。


(カメラマン冥利に尽きるなぁ)


 都大会で、なかなかこのレベルの試合は拝めない。

 双方の実力差がほとんどなく、高いレベルで安定している。

 これほどのマッチアップは全国大会でもお目にかかれないと言っても過言じゃない。


 ―――この試合を、一瞬も余すことなく最後まで見ていたい


 ゲームを重ねるごとに、そんな願望が湧きでてくるほどだった。


「まだシングルス3やってるの?」

「あ、先輩」


 ぱたぱたと団扇を仰ぎながら、私の隣に立ったのは編集部の上司。


「すげー試合ですよ。そっちはどうだったんですか?」

「緑ヶ原の圧勝。全試合1ゲームも落とさない完勝よ」

「ま、でしょうね・・・」


 聞くまでもなかった。

 この試合と違って、緑ヶ原の対戦校はそれほどレベルの高い相手ではない。

 あのチームがここに来て躓くようなミスをおかすとも思えないし。


「こっちはどう? 今大会でも屈指の天才1年生対決でしょ?」

「いやあ、まさに拮抗って言葉がこれほどしっくりくる試合もないですよ。1ゲームずつブレイクしただけで、あと全部キープキープでタイブレークです」

「疲れる試合やってるわね」

「それは間違いないです・・・」


 このクソ暑い中、雲もほとんどかからず日光を浴び続け、試合時間も1時間以上を経過している。


(こっからのタイブレークはもうほとんど気力のぶつかり合いだろうね・・・)


 JCにこれはキツイ。

 しかし、水鳥文香にも宮本葵にも疲れや諦めの表情は一切見えないし、そんな雰囲気すら感じない。

 双方、試合を終わらせる気があるのかというくらい、まだ闘志に燃えているのだ。


(どっちが先に勝因を掴むかな)


 どちらに行こうか迷っている勝利の女神を振り向かせるような"何か"。

 この試合の女神は相当きまぐれだが、果たして―――





「ちっ、くそがっ!!」


 宮本さんはそう吐き捨てながら、タオルをベンチに投げ捨てた。


「・・・」


 話しかけられない。話しかけられるはずがない。

 この試合、唯一宮本さんがブレイクを許したあのゲーム以来、彼女は今までの余裕がウソのように気を荒くして、ベンチに帰ってくればあんな風に何かしらにあたり散らしていた。


 あんな状態の彼女に。

 怖くて怖くて、話しかけることなんて出来るはずがなかったのだ。


「あ、葵さま・・・」


 そんな火中の栗どころか業火の中の栗を。


「落ち着いてくださいっ・・・。その、焦らなければ葵さまが負けることなんて、ありません・・・っ」


 拾おうとした子が居た。

 岩村雪歩さん。普段から1年生の中でも特に宮本さんを慕っていた子だ。

 彼女自身もいつもはシングルス3を務める実力者。この試合ではダブルス1をやってもらったけど・・・。


(よく、話しかけられるわね・・・)


 怖くない・・・?

 ううん、そんなはずがない。

 実際彼女の声は震えていたし、消えてしまいそうなくらい小さく、探り探り言葉を出していた。


 それでも、彼女は宮本さんを少しでも勇気づけようと、激励しようと。

 せいいっぱいがんばって、言葉を投げかけたんだ。


「・・・」


 今まで怒り散らしていた宮本さんも、その瞬間だけは怨嗟を吐き出していた口を閉じる。


(収まった・・・?)


 私も言葉を呑み、恐る恐るその状況を見守った。


「アンタさあ」


 沈黙を破ったのは宮本さんだ。


「よくあたしに顔向けできるよね?」


 重く、鋭い言葉が場を貫く。

 顎を少し上げて、鋭い流し目で斜め後ろを睨むようにしている宮本さん。


「アンタ、負けたでしょ? スコア見たよ。6-0とか・・・」


 半目で岩村さんを睨む彼女の表情からは、完全に他者を見下す意図が見て取れる。


 確かに、彼女たち(ダブルスワン)は負けた。完敗だった。

 あの山雲・河内ペアに勝とうという、私の作戦自体が無謀だったが、それでも手も足も出ず。


「ざけんなよ、ああ!? あたしがこんな必死こいて頑張ってるのに、ストレート負け! 恥ずかしくねーのかよ!?」


 そこから宮本さんは、堰を切ったかのように激昂し始めた。


 ―――しかし、それにしたって。


「ご、ごめんなさいっ、でも・・・」

「でもなんだぁ!? 負けの言い訳なんざ聞きたくねーよ!!」


 優しい言葉をかけてくれた仲間に、この仕打ちはあんまりだ。


「どいつもこいつも使えねえ。こんなチーム、あたしが居なかったら烏合の衆だわ」


 散々怒鳴り散らした後、彼女はもうここに用は無いと言わんばかりにベンチから出て行こうとする。


「葵さま、待っ・・・」


 岩村さんは、それでも彼女に寄り添おうとするが。


「着いてくんじゃねえ!」


 その一言で、びくんと身体を震わせてその場に硬直した。


「あたし、弱い奴が1番嫌いなの。惨めで、哀れで、誰からも相手にされない人間がね」


 宮本さんはそれだけ言うと、一度もこちらを振り向かずにベンチから去って行った。

 さすがに最後の言葉は看過できないと、彼女に何か言うとしたものの。


「っ・・・」


 私の口からは、何も出てこなかった。

 宮本さんの方に手を伸ばしかけたが、とても手が届く距離じゃない。


 岩村さんを慰めようかと思ったが、監督である私がそんな事をしたらますます彼女を惨めにしてしまう。

 そんな考えが(まさ)って、彼女に気の利いた言葉を語り掛けることすら、出来なかった。


 出来なかった。出来なかった。出来なかった。

 私には何も出来なかった。そして今、何かしようとすることもない。

 結局、この鷺山(チーム)にとって私は一体なんだったのだろう。


 ううん、違う。


 このチームにとって"私が居ることに"、何か意味があったのだろうか―――

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