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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
107/385

VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 5 "白桜の水鳥"

「有紀・・・」


 大声援の中でも聞こえてきた、彼女の叫び声。


「文香は独りじゃないッ!」


 有紀は精一杯声を振り絞って。


「この声援が聞こえる!? みんな文香を応援してるんだよ!」


 それでもその声援にかき消されないように。


「白桜女子中等部の、水鳥文香を!!」


 ―――っ


「文香はわたし達、白桜の仲間だよ! みんなみんな、文香のこと応援してるんだ。だから、絶対に独りなんかじゃない!!」


 白桜の、仲間―――


 私は、チームの一員。

 ううん。それ以前に白桜という学校のいち生徒だ。


(そうか・・・)


 学校の代表になるって事は、つまり。

 私は、白桜のみんなに認められたって事なんだ。


 歩みを止めて、聞こえてきたもの。

 大きな声援、みんなの声。

 今さっきまで、うるさいとしか思ってなかったこの声は―――


(私への応援なんだ)


 がんばれ、負けるな、まだまだこれから、いけるよ水鳥さん。

 1つ1つに、応援してくれる人達の想いが詰まっている。

 聞き流してしまえばそれまでかもしれない。だけど、立ち止まって後ろを振り返れば。


 ―――私には、こんなにも大勢の仲間が居る


 一瞬、目を瞑った。


『想定外の強い敵なんぞ、この先いくらでも出てくるぞ』

『1年生からそんないっぱい気にしてると、老けるよ?』

『結局、文香が今どう思うかでしょ? "難しいこと考え過ぎ"』


 ヒントは今までに、いくらでもあった。

 周りは私にそれを教え続けてくれていたのに。


 どこかで私はそれを、受け流していたのかもしれない。

 真面目に考えるだけで―――


 ―――行動に、うつしてこなかった


(もう言葉は要らない)


 私は、一つだけ息を吐き出すと。


(考えるのを・・・やめる!!)


 すべての考えを棄て、じっと葵の方を見遣った。





 殺す・・・!

 あのクソ女、ふみちゃんを負かしたら確実にぶっ殺してやる・・・!


(ぎゃーぎゃーうるせえ声で勝手にあたし達2人の世界に侵入(はい)ってきやがって・・・)


 昔からあの手のうるせえ奴が大嫌いだった。

 あの女は特に嫌いだ。

 まっすぐで、無駄に熱くて、汚いことなんて見たこともありませんみたいなあの目を見てると、虫唾が走って頭がおかしくなりそうになる。


(テニスの腕でも圧倒的に劣ってる三下風情が、ふみちゃんに口きいてんじゃねぇよ)


 あんな奴、あたしは愚かあたしの道具に過ぎない鷺山(ウチ)の1年生にすら勝てないくせに。

 雑魚が調子こいてんじゃねえよ。

 あたしとふみちゃんは、都内でも屈指の実力者。てめえなんかが踏み込んでいい領域じゃねえわけ。


「ふみちゃんごめんねえ。続きヤろっか」


 そこでふと、視線をふみちゃんに戻すと。


「っ!」


 異様なものを感じた。


(雰囲気が・・・変わった!?)


 ふみちゃんのあたしを見る目が、今までのものと違っている。

 直感に過ぎないが、この感覚は間違いないと確信できるのだ。


(なにこの感覚・・・! この、)


 "あたしが知らない"ふみちゃんの様子はなんなんだ。


 その不安をかき消すように、ジャンピングサーブを打ち込んだ。

 雰囲気が変わったからと言って、なんなんだ。

 もう試合終了はすぐそこまで来ている。このまま押し切ってしまえば、問題ない!


 ふみちゃんが叩き返してきたレシーブ―――

 それが、明らかに今までのもとの違っていたのは。


「ぐっ!」


 打ち返したあたし自信が、1番よくわかった。


(前に上がるしかねえ!)


 勝負ごとには『流れ』がある。

 もしここでポイントを取られたら、『流れ』が一気にふみちゃんに傾く。

 そんな脅迫めいた予感が、頭を突き抜けた。


 あたしが上がるより早く、ふみちゃんが前陣に上がってきていた。

 丁度、さっきと同じような位置取り、格好になる。


(―――まだ、『流れ』はあたしの方にあるみたいだねえ!!)


 ふみちゃんのボレーを、全力で打ち返す。

 あたしに今あるパワー全てを乗せて叩きつけたような乱暴なボレー。

 しかし、確実に力がこもったと確信できるような強力なボレー。


 これを、この位置から打ち込めば、ふみちゃんは恐怖心で動くこともできな―――


 ―――気づくと


 ボールはあたしの遥か後ろ、ライン際に静かに落ちると。

 ぽーんという音と共に、大きく跳ねて、コートの後ろへと転がっていった。


「・・・は?」


 何が起きたのか分からなかった。

 ふと、正面を向くと。


 ふみちゃんが右手はグリップを握ったまま、左手でラケットのフレームを掴み、ちょうど顔全体をラケットのガット面でガードするような形で構えていた。


「顔の前にラケットを構えて・・・ボレーを跳ね返した・・・!?」


 今、目の前で起きたことをようやく理解できた。

 そんなバカな。そんな事、出来るわけがない。


 目の前にラケットを構えて打ち返すのではなく文字通り"跳ね返す"なんて真似。

 少しでも恐怖心があったら、出来るわけがない。


 いくらラケットを構えてガードしていたとしても、顔の前で跳ねかえるまで、ボールが顔面に直撃するコースで直進してくるのを、見なければならないのだ。

 しかも、あたしの放った渾身の強力ボレーを、だ。

 あの時の恐怖が、そんな事をさせるわけがない・・・!


「・・・葵。何か勘違いしてるみたいだから一言だけ言っておくわ」


 驚くあたしに対して、ふみちゃんはまっすぐとこちらを見つめて。


「もう、貴女の知ってる水鳥文香(わたし)じゃない」





『迷いを振り切る』

『過去に囚われない』


 これは言葉で言うほど簡単なことじゃない。

 少なくとも私は、最後までこれを実行することが出来なかった。

 多分、これから先も出来ないんじゃないかと思う。


 だから。


 私は一時的に、『全部のことを考えるのをやめた』のだ。


(―――少なくとも、今この瞬間だけは!!)


 目の前のボールを追って、打ち返す。

 そして、点を取る!


 それだけを考えて行動しよう。

 あとの一切は、試合が終わった後に考えればいい。


 無我の境地・・・そんな大層なものでは決してない。

 でも、そう表現するのが1番しっくりは来るのかもしれない。

 すべてのことを考えるのをやめて、ボールを追う事だけに集中する。

 多分、こんな事をするのは、ただ楽しいというだけでテニスをやっていた、幼い頃以来―――


「っぁあ!!」


 だから、何も考えていないから。

 渾身のショットを放った瞬間、私は叫び声を上げていた。


「ゲーム、」


 そのボールが、葵のラケットを空振り、通り抜けて行った瞬間。


「水鳥! 5-4!」


 今まで暗く、狭かった視界が開けていく感覚がした。


 この試合で始めて、私は私のプレーを取り戻せたような気がして。

 すごく、気持ちがよかった。

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