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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
106/385

VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 4 "絶望へのカウントダウン"

 勝ったね。

 今のゲームをブレイクしたのはデカい。


 ここまでずっとキープキープで来て、4-3でふみちゃんのサービスゲームをブレイク。

 これから始まる"あたしのサービスゲーム"を(キープす)れば、試合終了だ。


(完全に勝ちパターンだわ・・・)


 あと1ゲーム。

 あと1ゲームで、この2年半の想いも成就する。


 ふみちゃんを完全に負かして、あたしがふみちゃんに強い絶望を与えるんだ。


(その為の布石は打ってきた)


 ―――右手で大きくトスを上げる


 白桜へ単身、出向いた日。

 あの夕暮れの歩道で、ふみちゃんに宮本葵(あたし)の存在を思い出させたこと。


 前の試合で真壁英莉を倒した時。

 圧倒的な試合内容で都内強豪のエースを破り、更に必殺サーブを披露したことで、宮本葵(あたし)が特段に成長したことと、宮本葵(あたし)に対する脅威を植え付けたこと。


 そして、この試合に入ってから。

 ふみちゃんを煽るような言葉を浴びせ続けてきたこと。


 ―――その全ては


(あたしに負けた時の絶望を、大きくするため!!)


 ジャンプ一番、ボールを叩き落す感覚でサーブを打ち込む。


 生真面目なふみちゃんの事だ。

 自分に相当の責任とプレッシャーをかけているに違いない。

 彼女の精神は、爆発する寸前、パンパンに膨れ上がった風船のようなものだ。


 そこまで溜めこんでいるのなら、あたしが針1本を、突き刺してやるだけでいい。

 もしくは、空気入れに最後の一押しを加えてやるだけでいいんだ。


 どちらにしろ、ふみちゃんは耐え切れなくなって爆発する。


 ―――強く打ち込まれたレシーブを、更に強く返した


 ダメだよ、ふみちゃん。


「こんなレシーブであたしをヤろうなんてさあ!!」


 レシーブの威力が、弱くなってきてる。

 もしかして、もう息切れし始めてるんじゃないの?


 それと同時に、あたしは前陣に向かって駆け上がった。

 ここで一気に攻め落とす。

 位置を上げて、近いところからボレーを叩き込んでやる。

 この作戦に気付いたのか、或いは最初からこう来ると読んでいたのか。


 ふみちゃんは、あたしより先に前陣へ上がってきていた。


 彼女の右腕から放たれるボレー。

 狙いは全力でダッシュしてきている、あたしの足元。

 決して悪い狙いじゃない。それどころか相当効果的な戦術だ。


 ―――だけどさあ


「んなの対策済みに決まってんじゃん!」


 足元を狙われたショットに、ラケットを下から掬い上げるようにして返す。

 上から下を狙われたなら、下から上へ跳ね返してやればいい。


 左手一本のバックハンドで、それを(はた)くように思い切り上へ切り返す。


「「バックハンドボレー!?」」


 場外から、そんな驚嘆の声が確かに聞こえてきた。


 当然、下からボールが浮いてきたような感覚のふみちゃんは右手を目いっぱい伸ばして、今度はそれを更に上から叩きつけようとする。


(ここだ!!)


 最高のタイミングで、最高の位置取りが出来た。

 あたしは一気にネット前に近寄り、ふみちゃんの視界の真正面にまわりこむ。


 ―――その瞬間


「ッ!」


 ―――見逃さない

 ―――見逃すわけがない


 ―――ほんの一瞬だったが、ふみちゃんの表情が苦悶に歪んだのを


 かん、と。

 乾いた音がした。

 ボールがガットではなく、フレームに当たった音だ。


 ボールは力なく、ふみちゃんの後方へと飛んでいく。


「15-0」


「あ~、ここに来てフレームショットっ!」

「あんな綺麗に片手バックハンドを打てる宮本のパワーってやっぱすごいよ」

「さすがの水鳥さんも一瞬判断迷ったかー」


 観客からは分かりやすいくらい「ああ~」という、落胆の声が聞こえてくる。

 いいね。いいよいいよ悪くない。もっと落ち込んで。もっと静まり返ってよ。

 それがふみちゃんの絶望に繋がるなら、何でもいい。利用できるものは全て利用してやる。


(ふ、ふふ・・・)


 今、少しゾクッとしちゃった。

 まだ勝ってないのにダメだよね。早過ぎるよね。


 そうだよ。ふみちゃんのあの表情を見るために、あたしはここまで来たんだ。

 あの綺麗で可愛くて、何よりも尊いあの顔がぐしゃぐしゃになるところが見たくて、ここまで。

 一瞬でもそれが見られたんだ。ちょっとイキかけたけど、しょうがないよね。


(そりゃあそうだよねえ)


 ―――怖くないわけがない


 ふみちゃん、それがふみちゃんのあたしに対する"最大の弱点"だよ。

 あたしがネット前に立って、ふみちゃんもネット前に立てば、イヤでも思い出すよね。

 『あの時』の事を。


 練習中の不運な事故。そう処理された、あたしがふみちゃんの額に思い切りボレーを叩き込んだ時のことをさあ。

 "あれ"を思い出して欲しくて。

 あの夕暮れの歩道で、ふみちゃんに向かってボール打ったんだからね


 ―――あの時はクソ生意気なクソ邪魔が入ったけど


 今は誰もあたし達を邪魔しない!


 シングルスのコートに立てるのは、常にたった2人だけ!

 ふたりぼっちの空間、絶対に誰にも邪魔されない領域。それがコート上なんだ。


 この舞台に立つことを許された、選ばれたあたしとふみちゃんだけなんだよ!


(さっきの表情で、ふみちゃんがまだ"あの時"のことを忘れきれてないのも確認できた!)


 存分にあの時の痛みと恐怖を思い出して。

 いくら事故だって受け流しても、心の奥底にある恐怖心や、身体にしみ込んだ反射的恐怖が消えることは無い。


 ふみちゃんが前衛でプレーしようとしても、その"恐怖"がプレーを縛る。

 後衛でプレーし続ければ、パワーで勝るあたしに対してジリ貧だ。


 ・・・勝機、無いよね? もう。


(あたしの・・・勝ちだ!!)


 あたしの勝ちなんだよ、ふみちゃん!





 ―――今、脳裏に痛みが走った


 本当に軽い頭痛が一瞬だけしたような、電気が流れたような不思議な感覚。

 しかし、その瞬間に。

 身体が委縮してしまって、プレーが一瞬止まってしまったのが自分でもわかった。


 頭に流れてきたのは。


(練習中の事故・・・)


 小4の時、葵のミスで起きた事故のことだ。

 もうあんな事、忘れたと思っていた。実際、葵のことを思い出すまで、ほとんど忘れていたような事故だったのだ。


 ―――それでも、覚えていた


(葵、貴女まさか、今のも意図的に・・・)


 いやいや、そんなわけがない。

 それにあの事故は葵にとってもショッキングな出来事だったはずだ。

 私だけにマイナスに作用するわけがないじゃないか。


 葵にも、多少の動揺はあるはず。


 ―――しかし


 次の瞬間に飛んできたのは、弱まるどころか威力が増したようにも思える強力なジャンピングサーブだった。


「くぅっ!!」


 それをレシーブしたが、ダメだと直感した。

 サーブの力に、私のレシーブが負け始めている。


 違う。

 そうじゃないんだ。

 葵のサーブの力が、明らかに試合開始直後からドンドン強くなってきている。

 そしてこのゲームに入ってから、葵は完全に『ゾーン』に入った。


 ―――スポーツ選手には試合中、絶好調時に相当する、もしくは普段の練習では絶対に出ないような力が出てくるようになる時間帯が発生する場合がある

 ―――それを俗に『ゾーン』と呼称するのだが


(どうしてここに来て葵が!?)


 そこに至ったのか。


 勝利(ゴール)が目前にやってきたからか。

 ジャンピングサーブの調子の良さがプレー全体に波及したからなのか。


 この際、理由はどうでもいい。

 問題は。


(ゾーンに入った葵に、勝たなきゃならない!!)


 その一点のみだった。


 力強いショットが飛んできて、それを何とか返す。

 もう前陣に上がる戦法は無しだ。あれはリスクが大きすぎる。

 それなら私本来のプレースタイルで粘るしかない。このまま出来るだけ後ろに下がって、葵のネット際から繰り出される強いショットを打ち返せば、まだ―――


 刹那。

 葵の放ったショットが、ネット上端に引っかかって。

 ぽとり・・・と、力なく私の方のコートに転げ落ちた。


「30-0」


「あれー。あはは、ラッキー♪」


 ―――このタイミングで、コードボール


「わー、運が無い」

「まずいよ水鳥さん・・・」

「ここに来て・・・」


 ―――とうとう、運にも見放されたか

 そんな考えが頭を掠める。


「テニスの女神様も、あたしに味方してくれてるみたいだねえ」


 向こうのコートに居る葵は、嬉しそうにステップを踏んでいた。

 心底楽しそうに、そして嬉しそうに。

 今の彼女は。


(もう、止めようが)


 膝に手を付く。

 今まで、どうにか付かないようにしてたのに。

 肩で息をしても、何とか歩みだけは止めないようにしてたのに。


(無い―――)


 もうダメ―――



「ふみかあああああ!!」


 ビクン。

 あまりに大きな声に、反射的に身体が震えた。

 この無神経にも思える元気の良さと、うるささを伴った声。


 ―――その、声がした方に顔を向ける


「諦めるなあああ! こんなのぜんっっっぜん!!」


 そこに、居たのは。


「文香らしくないよ!!」


 苦楽を共にしてきた親友(ライバル)だった―――

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