表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
103/385

"ふみちゃん"



「貴女、バカにされてるのよ」


 彼女の第一声がそれだったことに、当時のあたしは相当の衝撃を受けた。

 水鳥さんはそれだけ言うと、そのきらきらセミロングの銀髪をすっと手で梳いて、どこか満足げに机の上で腕を組む。


「え、どういうこと・・・?」


 訳も分からず、そしてあまりに強い言葉に、あたしは尻ごみをしてしまう。

 自分から話しかけたのに、おっかなびっくり、ごにょごにょとした語気で、恐る恐る水鳥さんに理由を聞き返した。


「親にも教師にもクラスメイトにも、軽くあしらわれてる。あいつは"完璧"って言って(おだ)てときゃ黙るだろって」


 青天の霹靂。

 こんな事を言われたのは勿論はじめてだし、考えもしなかった答えだった。


「貴女が本当に完璧なら、周りからホイホイ寄ってくるもの。そうじゃないって事は、貴女の方が周りとズレてる」


 あたしはそれを聞いて。


「ぁっ・・・っ」


 絶句に近い形で黙ってしまった。


 そう、だったの?

 みんなあたしの事、バカにしてたの?


「でもね、宮本さん」

「うん・・・」


 その事があまりにショックで、あたしは俯いてしまう。

 たとえそれが嘘だろうが本当だろうが、出会って1日と経ってない転校生に、こうまでバッサリ一刀両断されているあたしの人間関係。

 今まで信じてきていたものが、何も信じられなくなっていく感覚。

 視界が真っ黒な影と混ざって、そのまま黒くなっていき、何も見えなくなっていくようだった。


「貴女は"特別"よ」

「え・・・」


 とくべつ・・・?

 それはどういう意味で、だろうか。


「周りにどう思われていようと、貴女の才能は貴女だけのもの。自分で勝ち取った結果は、貴女が生み出したもの」

「うん・・・?」


 分かるような、分からないような。

 そんなふわふわとした感覚。


「そんなに孤立するのが嫌なら、私がなってあげる」


 しかし。


「貴女の友達に」


 水鳥さんはそこで初めて、笑うとまではいかないまでも、表情を柔らかくした。


 ―――その言葉は大きかった

 ―――宮本葵にとって、それほど大きな言葉は無い


「い、いいの・・・!?」

「私も友達ゼロは嫌だしね。朝の自己紹介で反感買っちゃったっぽいし、今日一日過ごしてみて、貴女しか近寄ってきてくれる子が居なかったんだもの」


 彼女は言って、両掌を上に向けおどける。


「言ったでしょう。貴女は"特別"だって」

「うん」


 あたしは一度頷き。


「うん・・・っ!」


 その感触を確かめるように何度も頷いた。


 嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。嬉しい。

 生きていてこんなに嬉しいことがあるだろうか。

 生きているって、こんなに素晴らしいことだったのだろうか。


 すごい。

 すごいよ、水鳥さん。


 貴女のその一言で、あたしはどこまでも昇っていけそうなほどの、希望を見つけられたんだから。





 放課後になる。

 これからまだまだ水鳥さんと一緒に過ごせる。だってあたしは特別だから。

 他の子と違って、授業の終わりが関係の終わりじゃない。陽が沈むまで、ずっと一緒に居られるんだ。


「水鳥さ・・・」

「ああ、ごめんなさい。私、放課後はすぐ帰らないといけないから」


 その瞬間。

 目の前の世界が反転した。

 嫌な冷たさが、身体中を駆け巡る。


「ど、どうして・・・?」


 "特別"じゃ、なかったの?

 嫌だ。水鳥さんに見捨てられるのだけは、絶対に。


「私ね、テニスのジュニアチームに所属してるの。習い事ってところかしら」

「ジュニアチーム・・・」

「そういうことだから」


 習い事、か。それじゃあ。


「あたしも連れてって!」


 別れる理由には、ならないよね。


「え? 貴女もテニスやってるの?」

「ううん。やったこともない」

「はあ?」


 このときの水鳥さんは、本当に呆れた表情をしていた。

 何をバカなことを、と一蹴されるのだって覚悟であたしは言ったんだ。


「だから、始める。塾の見学・・・、今から行っても問題ないよね?」

「宮本さん、貴女・・・」


 水鳥さんは驚いてはいたけれど。


「良いわ。一緒に着いていらっしゃい。一旦、私の家に行くからね?」


 あたしを否定することはしなかった。

 それどころか、嬉しそうに受け入れてくれたのだ。


(ああ・・・)


 胸がぎゅっとなって、それでも中はじんわりと温かくなっていく感覚。

 こんなの、初めて。

 心の中にある幸せが飛び出てしまうんじゃないかってくらい、胸の中がぎゅーっと締まる。


(水鳥さん、水鳥さん、水鳥さん)


 貴女と一緒に居るだけで。

 貴女の事を考えるだけで。

 こんな幸せな気持ちになれる。


 これって、凄いことだよね。

 だって、こんな事、今まで一度だってなかったんだから。





 テニスはすごく面白かった。

 最初のうちは戸惑ったけど、慣れてしまえば自分がどんどん上達していくのが分かった。

 元々運動は大の得意だったんだ。感覚さえ掴めれば、あとはそこを伸ばしていくだけ。


 それでも。


「3-1。また私の勝ちね」


 ふみちゃんには、1度として勝てなかった。


「ふみちゃんは強いなあ」

「当たり前よ。初めて半年も経たない素人に負けるほど、ヤワな練習はしてないわ」

「あたし、もう素人じゃないよお」

「私に言わせれば素人なのよ」


 言って、どちらかともなく笑う。

 この半年間で、ふみちゃんとも大分仲良くなれた。

 何より、ふみちゃんって言うあだ名で呼ぶ仲になったのだ。


 ふみちゃんは2人きりの時、本当にたまにだけど、あたしの事を「あーちゃん」って呼んでくれるけれど、普段は「葵」と、あたしの事を名前で呼んでくれる。


(良いんだ。そんな表面上のことは、どうだって)


 こうして2人で居るだけで。

 あたしはふみちゃんの事を考えるだけで。


 楽しくて楽しくて、たまらないんだから。


 そんなある日。


「次の秋季大会だけど、文香さん、葵さん」

「はい」


 ジュニアスクールの先生から、意外な言葉を投げかけられた。


「あなた達、ダブルスで出てみない?」

「えっ」

「ダブルス・・・?」


 あたしもふみちゃんも頭に全く無かった選択肢を言われて、聞き返してしまう。


「2人共すごく仲が良いし、息もぴったりだと思うの。それにダブルスってやったことないでしょ? もしかしたら才能あるかもしれないわよ。新しい可能性を広げるつもりで、どう?」


 ちらり、とふみちゃんの方に目を遣る。

 ふみちゃんは悩んでいたようだった。珍しく表情を顰めて、恐らく本気で返事に困っている。


(やってみようよ、ふみちゃん)

(葵・・・?)

(あたし、ふみちゃんとなら上手くやれそうな気がする)


 勿論、根拠なんて何もない。

 それでも、ふみちゃんと一緒に何かを為すなんて、ロマンティックじゃないか。

 二人の共同作業、二人三脚・・・そんな風に考えると、それだけでドキドキして身体が熱くなる。


(・・・分かったわ)


 あたしの自信満々な様子に押されたのか、ふみちゃんはコーチに。


「やります」

「じゃあ今日からしばらくダブルスの練習をしてみよっか。結構シングルスとは勝手が違うから、覚えることいっぱいあると思うけど」

「ふみちゃんとなら、なんでも平気だよ。ねー」


 にっこりと笑いながら、ふみちゃんの顔を覗き込む。


「ふ、ふんっ。葵が私の動きについて来られるかしらっ」


 ふみちゃんはそう言ってぷいっと顔を逸らす。

 あ、恥ずかしがってそっぽを向いちゃった。


(ふみちゃんにはあたしだけを見てて欲しいんだけどな・・・)


 まあ、いいや。

 これからは練習中もずっと一緒だし。

 頑張って2人でダブルス覚えて、大会優勝しよう。


 あたしとふみちゃんになら、出来るよ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ