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私はエースになりたがっている!  作者: 坂本一輝
第3部 都大会編 1
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"段違い"

 このみ先輩の放った長いストロークが相手ペアの間を抜けていく。


「ゲーム、菊池・藍原ペア。4-0」


 わたしは呆然としていた。

 何だろう、この感じ。この違和感にも似た"気持ち悪さ"は。


 普通なら試合に勝っていて、ゲームを取って、ポイントを取って。

 たまらなく嬉しいはずなのに。


 ―――全然、ドキドキしない


「・・・」


 自分の胸にぎゅっと手を当ててみる。

 ビックリするくらい、平常運転。もちろん運動していることによって鼓動は早くなっているけれど、それだけだ。

 早くなっているだけで全然高鳴らないし、頭の中の景色が開けていく高揚感も無い。


(今まで、どんな相手と戦ってもドキドキしたのに)


 それはどれだけ点差が開こうが、一方的な試合だろうが関係ない。

 本気で向かってくる相手選手の気迫、それを真正面からぶつかって戦う事の怖さと楽しさ。

 そういうものを感じて戦ってきていたのに。


 ―――この相手に限っては、それが一切ない


(なに、これ・・・)


 得体の知れない気持ち悪さに、口の中が少しだけ苦くなった。


「藍原? どうしたんですか」


 先輩が不思議そうに口を半分開きながらこちらを見上げている。


「次、お前のサービスですよ。ここを取って一気にいきましょう」


 ―――どうして、わたしは今、こんなに冷静なんだろう。


 先輩からボールを手渡された。

 わたしはしばらくそれをじっと見つめてしまう。


「本当にどうしたんですか?」


 さすがに、様子がおかしいことが先輩にも気づかれてしまった。


「先輩、変なこと聞きますけど・・・」

「お前はいっつも変なことしか言わな」


『今、練習中じゃないですよね?』


 自分でもどうしてそんな事を言ってしまったのか分からない。

 今、わたしが感じていることをそのまま言葉にしたら、そうなったのだ。


「藍原・・・」

「ごめんなさい。切り替えます。サーブ、1本集中いきましょう!」


 心配そうなこのみ先輩の顔をなるべく見ないようにして、大声を出し無理矢理頭を切り替えた。

 関係ない。ドキドキしなくても、関係ないんだ。

 この試合に勝たなきゃならないって事に、何の変更も無い。


 冷静に考えれば、一方的なリードで迎えたわたしのサービスゲーム。

 今、考えなきゃならないのはサーブをちゃんと入れて、このゲームを取る事だ。


 なのに。


(・・・気持ち悪い!)


 べったりとした何かが、頭の片隅にこびりついて、剥がれなかった。





(なにこの相手・・・!?)


 私のサーブがレシーブされ、とうとうそれを返すことさえ出来なくなった。


(また『あそこ』に!)


 ダブルスの場合、シングルスと違いコートの横幅が片側1.37m、両方併せて3m弱、外に広くなる。

 敵は途中から、広くなった部分(アレー)をレシーブで重点的に狙うようになってきたのだ。


 あそこにレシーブを返されるとキツい。

 僅か1.37mの差だけれど、レシーバーから見て真正面に放たれた、外側にスライスしていくレシーブは、シングルスと同じ感覚でプレーしていたら到底、届かないのだ。


 あそこにレシーブを打たせないためには、前衛(あいつ)が自らの正面に飛んでくるレシーブを返す必要がある。


「もういい! 私に任せ・・・ッ」


 雪歩(あいつ)はそう叫んで無理矢理レシーブを返す。

 しかし、ダメだ。


 ―――それが通らないのは、分かってる


 力のこもったレシーブを無理矢理返したような弱い打球は、敵前衛の格好のエサ。


「ゲーム、山雲・河内ペア。5-0」


 スマッシュのように強いストロークが私たちのバラバラになった陣形を抜けていき。


(何よ、これ・・・)


 ―――勝負にもならない


 敵ペアは何事も無かったようにコートから出て行った。


「チェンジだよ、ひのか」


 そう言って寄ってくる雪歩の顔を見ることも出来ずに。


「・・・分かってるわよッ」


 私は文字通り吐き捨てるように言ってから、歩き出した。


 頭では分かっていた。

 ダブルスはシングルスが強い2人が組めば強いペアが出来るなんて単純なものではない。

 1人で試合を全て組み立てるシングルスとは勝手が違うのだ。

 何より、対戦相手は都内最強のダブルスペア・・・。苦戦は必至だった。それなのに。


(どこかで、どうにかなると思ってた・・・!)


 甘い。甘すぎる考えだった。

 地元では1度も挫折したことがないようなテニス人生を送ってきて、東京へ来ても葵ちゃんという良い友達に出会って、テニス部で1年生にしてレギュラーを獲ったんだ。

 そして今日この試合を迎えるまで、公式戦で1度も負けてなかった。

 これで調子に乗るなと言う方が、無理な話・・・!


 言い訳なんて見苦しいって分かってる。でも。


(この試合は厳しいことになるとか、99%勝てるわけがないとか!)


 誰かが1つでも忠告してくれたなら、私はそれ相応の準備や心づもりでこの試合に臨んでいたはずだ。

 最初から勝てると思ってるから、何もかもが上手くいかなくて今更になってこんなに焦ってる。


 だって、この試合で私たちが負けたら・・・。


(葵ちゃんに、嫌われる―――)


 嫌だ。イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ。

 それだけは絶対に嫌だ。


 頭がムシャクシャして、私はどうすることも出来ずに隣を見る。

 雪歩の事だ。私以上にテンパってるんじゃないだろうか。

 そんな事を思いながら。


「・・・ひのか」


 彼女は天を仰いで、両目を塞ぐように左腕を顔の上に乗せていた。


「私、もうダメだ」


 雪歩の消え入るような、震え声。


「葵さまに会わせる顔がない。このままじゃ、葵さまに見限られる・・・」


 もしかしたら、泣いているから目を見せないようにしているのかもしれない。

 そう思わせるほどの弱弱しく、震えた声。


 その声からは、もう。

 明らかに戦意が喪失していた。


「・・・」


 返せる言葉もなかった。

 一体、この状況で何を言えばいいと言うのか。


 分からない。何も、分からなかった。


「バカ、泣くなよ・・・」


 アンタに泣かれたら。


「だってぇ」


 必死に我慢していた私まで、我慢できなくなってしまう。


 みっともない。

 情けないし、本当にかっこ悪いと思う。


(私たち・・・)


 そうなんだ。結局―――


(葵ちゃんが居なかったら、何もできないんだ)


 今までの試合だってずっと。

 葵ちゃんがシングルス1に居てくれたら、なんとかプレッシャーを感じずに頑張れていただけで。


 葵ちゃんという絶対的な存在が、この鷺山の全てを支えていたんだ。

 葵ちゃんが負けなければチームも負けないという圧倒的な信頼感と、安心感。

 それがあったから私も雪歩も、足りない実力を120%出し切って、強豪校のレギュラー相手でも勝ってこられた。


 葵ちゃん頼み、葵ちゃんしか頼れる人が居ない、そんな部の雰囲気―――


 だから葵ちゃんは、何がどうなろうとシングルス1に居てくれなきゃダメだったんだ。

 彼女がシングルス1から外れた時点で。

 もうこの試合は―――

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