VS 鷺山 シングルス3 水鳥 対 宮本 2 "私たちの準々決勝"
◆
「ゲーム、小嶺切・榛ペア。3-0」
「「いえーい!」」
ぱん、と切ちゃんとハイタッチをする。
完全に声がシンクロするのはいつものこと。どちらともなくハイタッチするのも、いつものこと。
エンドチェンジで、汗を拭いながら無人のベンチへと引き下がっていく。
「ふぃー、あちぃーね」
「ここまで晴れられると困るよねー。曇りが良い、曇りが!」
「でも曇りだと蒸し暑くない?」
「おお、そっかー。じゃあ薄曇りが1番だね」
「だね!」
お互い水を飲みながら、タオルで汗を拭きながら会話をする。
無駄の一切ない会話。よく、友達からアンタ達がそのゾーンに入ると横から話を挟めなくなるって言われるくらいの息の合い方だ。
「切、榛~」
そこに、このエンドチェンジを見計らってか副部長がコート外から中へと入ってきて、ベンチまで駆けてきた。
「あ、副部長」
そこで私と切ちゃんは、どちらが何かするでもなく。
「「どっちが榛(切)~だ!」」
と言って、自分の顔を両手の人差し指で指す。
「え、ええー・・・」
副部長は困ったように眉毛を八の字にさせると。
「こっちが榛で、こっちが切」
と、私の方を指さして切ちゃんの名前を言う。
「「ぶっぶー!」」
私と切ちゃんは2人で一緒に腕で×印を表した。
「え~、それいっつもやられるけど分かんないよぉ」
「1年以上一緒に居るのにまだ分からんかね」
「私が榛で、こっちが切ちゃん」
「いや、それが分かんないんだって・・・」
ますます困り顔になる副部長。
やめよう。そろそろ終わりが見えなくなってきた。
あと、副部長がかわいそう。この人はあんまりイジり甲斐のあるタイプじゃないんだ。
「で、何なん?」
私から話題をきり出す。
「姫からの伝言だよ。向こうのペアは4ゲーム目、5ゲーム目に戦術を変えてくる事が多いから気を付けろって。それと、榛・・・」
どちらを見て良いのか分からない様子の副部長に、私私と自分を指差す。
「榛は、中盤に注意力が散漫になるからこのエンドチェンジの内に気合を入れ直しておいてって」
「伝言多いな!」
「覚えきれないよねー」
「もう! 守らないと姫に怒られるのは貴女たちなのよっ?」
私たちの聞いてるのか聞いてないのかという態度に、さすがに仏の副部長も、語気が強くなる。
「げっ」
「姫に怒られんのはヤダし」
姫はウチらの見分けが付くかなり珍しいタイプだから・・・。
あのテの子は怒らせると怖いんだ。
「分かったよ。次のゲーム、入り方気を付けんね・・・」
「私も、丁度暑さにやられてたとこだから、もう1回ギア入れ直すわ」
実際、姫のいう事はかなりの確率で当たる。
さすが緑ヶ原のブレーンというか、なんというか。今の伝言だって多分その通りなんだろうし。
私たちは分かりましたよー、とお互いに右手と左手を挙げる。
「試合前にも言われたと思うけど、なるべく早く試合を終わらせてね」
「分かってるよ。明日の白桜戦に備えるため、でしょ?」
「体力残しとけってしつこいくらい言われたもんね」
そう。
姫の目は、もう明日の準決勝に向いている。
決して目の前の試合に怠慢をしているわけじゃない。
この試合から準備しておかなきゃいけないくらい、手強い相手だと言うことだ。白桜は。
(明日の試合、ウチらの相手はここ数か月でダブルスを組んだペア―――)
(私ら双子の完璧なコンビネーションで、かく乱してやる!)
きしし、と2人で笑いながら。
私たちは今現在、3-0で有利に進めている試合へと、頭と身体を切り替えていった。
◆
その表情は、どこか物憂げだった。
「準々決勝まで来ればちょっとはマシなレベルの選手が出てくるかと思ったけど」
準備運動を一時休止して、私と五十鈴はシングルス3の試合を何気なく見ていたのだ。
そして、その試合を見て五十鈴が零した言葉がそれだった。
「所詮は都内の大会。お前が求めている全国レベルの選手は少ないだろうさ」
「・・・ホント、少ないよね」
「五十鈴」
いつもと違うダウナーな雰囲気に、不覚ながら少しドキッとさせられた。
ああ、こんな時に何を考えているんだとすぐに自らを戒めたけれど、それほどまでに五十鈴の表情はいつもと違う。
「全国大会に出ても、"本物"は一握りなんだ」
彼女の目に、他のプレイヤーがどう見えているかは分からない。
ただ。
綾野五十鈴は"世界"をその目で見てきて、そこで戦ってきたプレイヤーだ。
(五十鈴には、五十鈴にしか見えない景色が見えているのかもしれない―――)
たまに、そう思わせられる時がある。今がまさにそうだ。
五十鈴のその表情は、憂いているとか、悲しい表情をしているとか、そういう単純なものじゃない。
まるでここには無い何かを、どこにあるかも分からない何かを、探すように目を凝らしているようで。
―――あんまり、好きじゃないな
私は五十鈴の左手を強く握りしめた。
「ハニー」
瞬間、五十鈴はこちらをちらりと見る。
「私が居る」
そして堪らず私がそうやって、吐き出すように強く言うと。
「・・・そうだね」
その手を握り返してくれた。
五十鈴が何を見ているのかは分からない。
でも、だとしても。
今は私が隣に居る。彼女に心配させるような事は、何もないはずだ。
「ハニーと全てを懸けて勝負できたら良かったのにね」
「・・・?」
「何でもない」
珍しい。
ハッキリと物を言う五十鈴が実態のないような、ふわふわした発言をするのは。
だが、その口ぶりから大体彼女が何を考えているのかは想像できた。
五十鈴がああいうような雰囲気で、ああいうような事を言う時。
それは。
(―――何かに、嫉妬している・・・?)
◆
ようやく。
「ゲーム、水鳥」
ようやく。
「1-1」
1ゲーム、キープした。
苦しいゲームだった。私の方は一方的に攻め続けないと、葵のパワーで押し返されてしまう。
それを私が攻め切った時は点が入る。逆に少しでも隙を見せたら点は奪われる。
そんな事をしていたら何度もデュースを繰り返し、1ゲーム取るのにかなりの時間と体力を割いてしまった。
(それで、ここから)
今度は葵のサービスゲームが始まる。
彼女の表情を見ると、楽しそうにニタリと口元を引き上げると。
「いくよ~」
と、とても楽しそうな声で宣言してからトスを上げ。
あのジャンピングサーブを、最高打点から叩き落してくる。
(このままじゃ、防戦一方だ!)
お互いがキープを繰り返す、我慢比べ。
それならまだ勝機がある。
だけど。
(私のサービスゲームを毎度キープできるとは限らないッ)
それを、さっきの1ゲームで直感した。
葵は私のプレースタイルや戦術を完全に見切っている。攻撃の手を少しでも緩めたらやり返される。
私が細く鋭い剣で葵の鎧の隙間を一点狙いしているのに対して、葵は十以上の武装をフル装備し、それを最大限に活かした豊富な攻撃を繰り出しているのだ。
その時。
「ダメだよふみちゃん」
鋭く、速く、強いストロークが足元を抜けていった。
(しまっ―――)
凡ミス。
普段なら絶対にしないであろう、単純な失敗に。
「・・・」
自分自身、唖然としてしまった。
(また、私は―――)
葵の120%の全力プレーに対して、付いていけていない。
頭の中でこの試合の展望や次の展開を考えてしまって、目の前のプレーに集中できていなかったんだ。
「あたしとシテる時に、他のこと考えてちゃあさ」
「―――ッ」
葵はうっとりとした顔でこちらを見つめて言う。
まずい。後手後手に回りつつある。
このままじゃ―――
ぞわり、という嫌な感覚が頭に突き刺さるように落ちてきた。
通算100話です!!
一つの通過点ということで、特別な話ではなく通常回でお送りしました。
ここまで続けられたのは他でもない読者の皆様のおかげです!
読者様の応援があってこそ、こんなにも長く続けられていると言い切れます。
今後も「私はエースになりたがっている!」をよろしくお願いします!




