VS 水鳥文香
先輩と一緒に練習を切り上げ、寮の中へと戻る。
水を飲みながら時間を確認すると、ちょうど朝食の時間がもうすぐというところまで来ていた。
「お腹空いたー。朝ごはんは和かな?洋かな?」
どっちでもいいや。どうせ美味しいだろうし。
ちょっと早いけど食堂へ行こう。食前の運動・・・にしてはかなりハードだったけど、結果オーライだ。
「おはようございます! 1年の藍原です!!」
誰か居るかもしれないので、食堂に入りながら元気にあいさつ。ペコーっと頭を下げる。
しかしドアを開けると、そこはがらんとしていて誰も居なかった。
(ふふ、これはあれですか。1番乗りという奴ですかっ)
昨日座った席に腰を掛けると、そんな事を思って笑いがこみ上げてくる。
「あら、早いね1年生」
誰かが来たようだ。後ろから声が聞こえてくる。
「あ、寮母さん」
振り返るとそこには優しそうなエプロン姿のお姉さんが。
「汗かいてるね。眠れなかったの?」
「いえ! ひとっ走りしてきましたので!」
「・・・朝食前に?」
「その方がご飯も美味しいでしょうから」
少し驚いているお姉さんに、にっこりと笑いかけた。
「はえ~。君みたいな子は珍しいわねぇ。1年生で入学初日から自主練なんて」
「自主練っていうか、走っただけですよ。全然眠れなかったんで」
そこまで話したところで、他の生徒たちが食堂に入ってくる。
先輩たちにあいさつをしたけれど、みんな一様にわたしが既にここに居ることに驚いていた。
調理場から朝食が持ち込まれ、美味しいにおいで食堂がいっぱいになる。
(これは・・・和か!)
まさに日本の朝って感じの香り。ご飯の炊けた匂いに味噌汁・・・焼き魚もあるかな。
それらを自分でよそって、トレイに乗せて持ってくる。
「うはあ。姉御、朝からそんな食うんスか」
眠そうに目をこすっている万理に引かれているが。
「お腹空いてるからね!」
食べないと力つかないよ、なんておどける。
そして合掌のあいさつと共に、朝食の時間が始まった。
「いただきます!」
自分でもわかる。今日は調子が良い。ものすごいスピードでトレイに乗せられた朝の定食が空になった。
「美味しかったー」
「もっと食べていいんだよ」
「ほんとですか!?」
隣で寝ぼけながら箸を動かしている瑞稀先輩の向こうで、咲来先輩が優しく微笑む。
「うちはおかわり自由だから」
「それじゃあ遠慮なく!」
わたしはトレイを持ち、がたっと席を立った。
その音に驚いた瑞稀先輩が目を覚ましてしまい、あとでムチャクチャに悪態をつかれたんだけど。
◆
入学式が終わると、それ以降は部活の練習時間になった。
入部希望の部へ行って、入部届を提出する。もっとも、入学前からその部の寮に入寮する白桜では入部届は形だけみたいなものだけど。
1年生は全員、練習場の1番端にあるコートへ集合することが朝食後に発表されている。
「・・・やっぱり先に来てたのね、アンタ」
2番目にコートへやってきたのは文香。
「一歩遅かったね! 先陣こそ武人の誉れ・・・わたしは一歩先を行く女だから!」
「・・・アンタみたいなのを単細胞って言うんでしょうね」
急にものすごいストレートの悪口が飛んでくる。
「む・・・。文香って性格悪いって言われないの?」
だからわたしもムキになって反抗してしまった。
「言われるわ。でもね、そんなのどうだって良いの。私はそれで構わないと思ってる。だって」
そこで文香は少し笑みを浮かべながら。
「重要なのはテニスが強いかどうかでしょう?」
あの自信のありそうな笑い方、かわいくない。
自分が1番だと信じてやまない人の驕り・・・みたいなものが垣間見える。どうしてかそんな事を感じてしまうからだ。
「アンタ、少し目立ってるようだけど、それもここまで。コートに入れば実力が全てになるの。部長もおっしゃっていたでしょう」
「・・・わたしが弱いって言いたいの?」
「私に比べれば、ね」
わたしと文香との間で、ばちばちと火花が散る。
想像のエフェクトではなく、明確にこんなものが見えたのは初めてだ。敵意が肌に突き刺さってくるよう。
「文香なんかにわたし、負けない。絶対に!」
「へえ。そんなに自信があるなら1ゲームやってみない?」
「えっ?」
意外な誘いに言葉が詰まる。
「ここに呼ばれたのは1年生だけ。先輩たちは来ない。それなら定刻までの間、練習しても何ら問題はないはずでしょう?」
「でも、勝手にコート使って良いの・・・?」
「私はコートを使用してはいけないなんて注意を受けなかったけれど。それとも、怖いの? 私に負けるのが」
・・・明らかな挑発。
そんなに自信があるのなら。
「その自信、へし折ってやる」
乗るしかないじゃない。
昨日だって入部前に先輩と試合したけど怒られなかった。コート使ったくらいで怒られるような学校じゃないだろう。
「ふふ、実力の違いを見せてあげるわ」
「普通入学とスカウト組の?」
「いいえ。血統書と雑種の違いよ」
いちいち腹の立つ言い回しをするっ。
お互いがコートに入った。
3番目にコートに来た1年の子に審判を頼み、お互い定位置に着く。
「サーブ権はあげるわ。それくらいじゃハンデにもならないでしょうけど」
「・・・ありがたく貰うよ」
いろいろ思うところはあるけれど、それを心の奥底へと押し込める。
この子の威圧的な態度を崩すにはテニスで勝つしかない。
先輩への態度を見ていると、自分より強い相手にはすごく従順な対応をしていた。それならば・・・
わたしは右手でボールをトスし、身体を逸らせる。
―――スカウト組がそんなに強いなら。
「それを・・・見せてみろ!!」
ボールをインパクトして、サーブを打ち込む。
ギリギリ入ったそのボールを、文香はレシーブしてきた。
「こんのぉ!」
そのボールを思い切り返す。しかし、それを彼女は軽く返してきた。
(強い打球でもきちんと反応してる)
どうやら大口を叩いていただけの実力はあるようだった。
しかし、次のショットが浮く。チャンスボールだ。
(食らえ、これがわたしの・・・!)
軽くジャンプをして、落ちてきた力の無い球を叩く。
「1番得意な技!!」
スマッシュ―――
決まったと思った。
事実、文香のラケットがそれを捉えられなかったのだ。
「アウト!」
「ええええっ!?」
ガッツポーズをしようとした瞬間、あまりに驚いて大声を出してしまった。
「い、今決まったじゃん完全に!」
「完全に、コートの外だったよ」
「嘘だあ~~~」
でも、審判の彼女が言うんだから間違いないのだろう。
そう。確かにスマッシュは得意。得意というか、好きなんだ。力任せにやってる感じが良い。
でも。
サーブもそうだけど、わたしのスマッシュはコントロールが効かない。正確に言うと、強くボールを叩くと細かいコントロールが出来ないんだ。
なんて事を考えていた、その時。
「・・・やめたわ」
まさかの、文香から終了宣言が行われた。
「はあ!? ちょっと文香、勝ち逃げする気ぃ!?」
「時間5分前よ。思ったより時間がかかりそうだから、ここで終わりにする」
「―――っ」
その時こちらを一瞥した文香の目が真剣なものだったので、わたしは引き下がらざるを得なくなってしまったのだ。