プロローグ 上京
ぴこん。携帯が鳴る。
画面を見ると、またみーちゃんからのラインだ。
"有紀ちゃん、もう東京には着いた?"
"都会って怖いところだから有紀ちゃんに変な虫がつかないか心配だよー"
そんなメッセージが表示されている。
(さっきからずっとこんなやり取りしてるけど・・・)
みーちゃんが心配してくれるのは嬉しい。
何だろう、快感?
("みーちゃん、さっき情熱的なお別れしたばっかりなのに心配しすぎ"・・・と)
そう。人生で一度はやってみたいシチュエーションランキングの上位に確実に入るであろう、"駅のホームで抱き着いてお別れを言った後、彼女が我慢しきれず泣きながら電車追いかけてくるヤツ"を経験しているんだわたしは!
すると、また携帯が鳴る。
"そ、そうだね。ごめんね。私も練習あるからそろそろ終わるね"
というメッセージが最後に届いた。向こうから終わってくれるのは助かる。さすがみーちゃん、言わなくても分かる仲。
「さて・・・」
スマホの別のアプリを起動させる。
「嫁と遊ぼう」
今、わたしが絶賛ご執心中のゲームがあるんだ。
その中の1人の女の子が好きで好きで仕方なくて、ホントはやっちゃダメって言われている課金をしてしまったほど。
『アキさん、おかえりなさい。・・・他の女と話してたんじゃないよね?』
スマホの中の嫁こと小百合ちゃんが少しだけ怒ったように言う。
そう、これだよこれ! この病んでる感じが堪らない。
現実だとなかなかお近づきになれそうにないけど、ゲームの中なら問題なし!
「そんなことないよ。わたしは小百合のこと、大好きだもん」
そう言うと、小百合は笑ってくれる。
ああ、この柔らかく優しい声。最高だね。
(・・・よし。東京への景気づけに、あのイベントシーンを見ておくか)
わたしは小百合の1番好きなイベントログを見る。
『嘘っ! 嘘だよ。アキさんは小百合以外の子とも仲良くしてるもん! どうせアキさんは小百合のこと、友達くらいにしか思ってないんでしょ!?』
『小百合はアキさんのこと、好きだよ・・・。女の子として好きだもん。みんなが変って言っても、小百合はユキさんがいいんだもんっ!』
『ほんと・・・? ほんとに? 友達じゃなくて? ・・・恋人として?』
『うん。大好き。小百合、女の子のアキさんが好きなの。これからも、ずっと一緒だよ』
最高難度のイベントクリアログを見終わる。
(・・・元気出るわー)
今日も1日頑張ろうって思う。
でも、もし。みーちゃんのことが小百合にバレたら、小百合のことがみーちゃんにバレたら・・・。絶対にタダじゃ済まないだろうな。なんてことを考えてしまう。
だけど。
(しばらくみーちゃんには会えそうにないし、小百合とも・・・)
これからは会うのが少なくなるかもしれない。
だって、わたしはこれから東京に・・・ううん、違う。白桜女子に身を置くことになるから。
そこでは新しい生活があって、新しい出会いがある。
そして何より、わたしには明確な目標があるのだ。それを達成して立派な自分になるまでは・・・。
(小百合、大好きだよ)
わたしはそう囁いて、スマホアプリを閉じる。
故郷の現地妻と、画面の中の嫁に別れを告げたんだ。
絶対に目標を達成しなければ、女じゃない。そんなみっともない自分は彼女たちに見せられない。
そう、白桜のエースになる―――
その目標を達成して、立派な自分を見てもらえるようになったら。
彼女たちにわたしを思いっきり自慢して。思う存分、褒めてもらおう。