私の幸せ、彼の幸せ
「ごく普通の町娘に、生まれたかったな・・・・・・」
どうして、こんな事になってしまったのでしょうか?
私が一体、何をしたと言うのでしょうか?
考えてみたところで、今の私にはもうどうにもできないこなのが、悔しい限りでございます。
罪を犯した王族が幽閉されるという、この陽の光も決して届くことのない地下牢に一人でいる私。
父は私を王子の花嫁へとつき出して政権を握り、その後に王位の座を奪い取ろうと目論んでいたという罪で、兄や母と共に処刑されてしまいました。
なのになぜ私だけが、殺されていないのか? と申しますと・・・・・・。
それは、この一ヶ月後に王子と結婚をすることとなった男爵家の娘、ナナコ様の一言で決まったことなのであります。
「この女の惨めなさまを、じ~っくりと観察したいんです。ゲーム内でいつもこの女が邪魔をするから、私はいつもバッドエンドばかり! 本当に憎かったわ!」
と、まるで親の敵でも見るかのように、恨みのこもった強い眼差しで私を見ながら、彼女はそうおっしゃいました。
“げえむ”とは、一体何のことなのでしょうね?
彼女の言っていることは、全く理解できません。
そしてこの国の第一王子は、この女性に夢中でした。
なので彼女の言うことは、なんでも聞き入れてしまうのです。
5歳のとこから婚約を交わし、外交など苦手となさっている場で彼を陰ながらにフォローしている私を、ないがしろにして・・・・・・。
ナナコ様という女性は、元々は城下町の鍛冶屋の娘であったらしいのですが、その見た目の儚げな可愛らしさとしたたかな性格で、ルッペリン男爵の目にとまり、彼の養女となった女性でございます。
彼女が社交界に華々しくデビューをしたその日から、私の人生は狂いっぱなしでありました。
まず初めて出会った日、私の目の前で派手に転んだ彼女は、
「イザベル様に、足をすくわれましたの」
と大声で喚き散らし、勝手に自分から周りの失笑を買い、恥ずかしくなったのか逃走されました。
つまり“自爆”です。
目撃者が多数いる中で、私に罪をきせるのは難しいと思うのですが・・・・・・。
しかし、その後も彼女の挑戦は続きました。
その後も私と鉢合わせをするたびに、自分のドレスに紅茶をぶっかけてみたり、わざとドレスの裾を破いてみたり。
その度に、
「イザベル様が・・・・・・」
と、どうしても私のせいにされるのです。
一体何をしたかったのかと不思議に思っていたのだけれど、まさかこんな幼稚臭いことで、私が彼女をいじめているということになるなんて。
気がつけば周りのものが、私への彼女の接近を許さない状況になっていました。
取り巻きの方々も、ナナコ様の姿が目に入ったとたん、険しい顔つきへと変わってしまうくらいにです。
でもそんな周りからの評価も、彼女にとってはどうでもいいことであったらしいのです。
なにせ時期王となる、第一王子の寵愛を一身に受けていたのですから。
この度協力を得ることの出来た、隣国で大国でもあるルッペルド帝国の王族やその側近の方々と話の合う私が、彼は疎ましくて仕方なかったらしいのです。
いつの間にか彼は、自分が評価されないのは私のせいだと思い込み、私を憎むようになっておりました。
彼は、どこに行っても優秀だと褒めたたえられる私が、自分の婚約者であることが苦痛で仕方が無かったらしいのです。
でしたらあなた様も、努力をなさればよかったのに。
私は第一王子の婚約者として恥ずかしくないようにと、婚約が決まったあの日から、血の滲むような努力をしてまいりましたのに。
第一王子が恥をかかないようにとただそれだけを思い、目立たないようにフォローしておりましたのに。
それさえも、うっとうしかっただなんて。
「余計なことをするな!」
「目障りだ!」
第一王子はいつも、私のすることなすことに文句ばかり。
そんな第一王子の様子を見ては、いつも深い溜息を疲れているご両親のお気持ちを、全く察しておいでではありませんでしたよね?
あなたを馬鹿呼ばわりしていたのは、いつもご自分のご両親でしたのに。
我が一族は全員が誠心誠意、第一王子を陰ながら支えることだけを、全力で行なっていただけなのに。
将来人生を共にする予定の相手に、こんなに憎しみのこもった眼差しを向けられる自分の身の上を、私はたいそう呪いました。
でも仕方のないことです。
愛するこの国のため、私は自分の明るく楽しい未来をドブにすっぱりと捨てました。
そんな私に、
「君の美しい顔に、そんな憂いた表情は似合わないよ?」
「あんなどうしようもない馬鹿、キミからふっちゃえばいいのに!」
「いつでも、僕のもとにおいで。ずっと待っているから」
もし私が、第一王子の婚約者でなかったら。
もし私が、普通の娘であったのなら。
大好きな人と、素敵な恋の物語を作っていけたのかしら?
そんな思いが何度も頭の中をよぎり、私を苦しめました。
でも、私は選んだのです。
こんな素敵な言葉を私にくださる殿方の誘惑にも負けず、この国のために身を捧げることを。
それなのに・・・・・・。
この仕打ちは、余りにもひど過ぎると思います。
私はもちろんのこと、両親や兄も浮かばれませんわ!
なぜこんなことに、なってしまったのか?
それは王様御夫妻が敵対しているユーリシア王国へ、ルッペルド帝国という戦では負け知らずという強国を味方に、和平交渉へと赴いている時でした。
突然、謀反の疑いをかけられ、我が一族は捉えられました。
そして、すぐさま私以外の家族が処刑されました。
周りは反対してくださいました。
当然です!
我が一族にやましいことなど、何一つございませんもの!
でも第一王子の一言には、誰も逆らえず・・・・・・。
王様御夫妻が不在である中、いつのまにか王子の婚約者に成り代わった男爵令嬢にでさえ、誰にも意見できない状況となってしまったのです。
結局今現在は、このような有様となりました。
家族を失い、飲まず食わずでここに幽閉されて、早一ヶ月。
もう何もする気も起こらずに、硬い石床の上に横たわっている私をとても嬉しそうに眺める、現第一王子の婚約者様。
「本当に愉快で仕方がないわ! まさかあなたのこんな姿を目の前で、じっくりと見る事ができるなんて!」
可愛い顔を愉快そうに歪めながら、とても満足でいらっしゃるご様子。
キャッキャとはしゃぎまくっておいでです。
そして、カツカツと高々に響き渡るヒールの音が、遠ざかっていきました。
私の意識も、段々と薄れていきます。
まさか、こんな惨めな最期を迎えるなんて。
思いもしませんでした。
そんな時、
「だから、僕が何度も誘ったのに。君は本当に頑固だね?」
と、聞き覚えのある声が、耳に入ってきました。
幻聴が、聞こえるようになったのでしょうか?
ますます、怪しい事態におちいっている様子です。
「本当に、そうですわね」
思わずおかしくなってしまいました。
私の人生、本当になんだったのかと・・・・・・。
そんな時でありました。
小さい頃に読んだ、おとぎ話を思い出したのです。
村娘が国の王子とも知らずに恋に落ち、そして王妃となって一緒に国を豊かにしていくストーリーを。
私のあの村娘のように、普通に好きな人と恋をして結婚して、幸せを築いてみたかったな・・・・・・と。
だから、
「君はこれからどうしたいの?」
という言葉に対し、
「私はなんの身分のない普通の人間になって、好きな人と恋に落ちて、幸せな人生を歩んでみたかったな・・・・・・」
と、意識の薄れていく中で、それだけを伝えることが出来ました。
どうせ死ぬのなら、本当のことを言ってもかも構わないだろうと思いましたので・・・・・・。
彼にだけは、私の本心を知ってておいてもらいたかったので・・・・・・。
「うん、わかった・・・・・・」
彼のその一言を最後に、私は暗闇の中へと身を落としていったのでございます。
・・・・・・それからどのくらいの時間が、経過したのでございましょうか?
目を覚ませば、とても豪華な天蓋付きのフカフカベッドの上で、眠っていたようでございます。
そのせいなのか、何やら体がまるで羽の生えたかのように、軽いような気が・・・・・・。
とてもすがすがしい、そんな気分なのでございます。
なのですんなりと、上半身を起こすことが出来ました。
その状態で部屋の中を見渡す限りでは、豪華絢爛な作りとしか言いようがございません。
どこか高貴な方の、お部屋なのでしょうか?
とても趣味のよろしい、落ち着いた装飾が施されております。
そんな時、部屋のドアが音を立てて開きました。
「え?」
部屋の中に入ってきたのは、私が最後に聞いた声の持ち主でした。
「やっとお目覚めかい? 回復魔法をかけてあるから、体は大丈夫なはずだよ?」
と、私にニッコリと微笑みかけながらも、そうおっしゃいました。
これは夢?
まさか、私の願望が見せた幻?
だって私、あの時死んだと思ったのですが・・・・・・。
「どうしたの? 大丈夫?」
呆けている私の額に優しく自分の額をくっつけて、様子をうかがっている彼。
「君は無実の罪で幽閉され、ご家族は処刑されたことは覚えている?」
という彼の言葉に、夢でなかったことを悟りました。
ああ、今までのことはすべて夢であればよかったのに・・・・・・。
「でも、君の望みは叶えられた。だから君はここにいる」
次には、理解できないことをおっしゃったのです。
「どういうことなのでしょうか?」
すると彼は、私を優しく抱きしめました。
「君の国は、交渉決裂によって滅びたんだ。元婚約者もろとも、この世には存在しなくなった。そして君の家族も。だから君はもう、なんのしがらみも持たない、普通の女性なんだよ」
と、思ってもみなかったことをおっしゃったのです。
話によれば、私が意識をなくしてからすぐに、交渉決裂したユーリシア王国と急に手のひらを返したルッペルド帝国の手によって、我が祖国は跡形もなく滅んだというのです。
王族や主要貴族たちはあっという間に捕らえられて、処刑されたのだとか。
「あんなバカ王子のわがままでしかない行為を、止めることができないなんて。あの国は、無能の集まりでしかないよ? 僕は使えない連中は、大嫌いなんだ」
と、おっしゃいました。
確かに・・・・・・。
ナナコ様に関しては、
「なんで私は、ハッピーエンドにたどり着けないの? 私の何がいけないって言うの?」
と、またもやわけの分からないことを喚き散らしなから、首をはねられたのだといいます。
処刑されたそのほかのものたちは皆、たいそう第一王子を恨みながらこの世を去ったのだとか。
その第一王子は最後まで、
「あんなヤツと、婚約なんかしなければ! 僕は本当は、デキる男なんだよ!」
と、最後まで勘違いしたままだったそうでございます。
死ぬまでかわいそうな脳みそをした、顔だけ男でしたわね?
そう。
顔だけは良かったんですの、あの第一王子は!
それにしても。
自分が眠っているたった2週間の間に、そんなに世界が変わってしまっているなんて。
もうびっくりです。
すると彼は、名残惜しそうに私の体を引き剥がすと、まっすぐに私を見つめてきました。
「!」
その真摯な姿に、私は思わず心がときめいてしまったのです。
そして彼は、
「さあ、これで君は普通の娘だ。ボクと恋をして、幸せな人生を歩んでみませんか?」
そう言うと、私の左手の甲に軽く口付けをされるのでした。
「はい、喜んで!」
こうして私は、歴代最も優秀な策略家として有名であったルッペルド帝国の皇帝、ルシフェル様と恋に落ち、その後もお互いに協力し合って幸せな人生を歩むことができました。
ただ一つ、彼の思いを最後まで知らないままで・・・・・・。
彼は私にプロポーズをしたとき、聞き取れない小さな声で、こんなことをおっしゃっていたのです。
「君を縛り付けるものは全て、僕が排除してやったよ。だから君を幸せに出来るのは、この世に僕だけなんだよ!」
と・・・・・・。