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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
第一章 「泉の底にて、黒は識る」
8/10

第二話 「人と魔物と、神と」

2013/8/18、一部修正しました。

 細くて長い脚が八本ある。美脚とは言い難い。

 腕は二本の安心設計で、白く柔らかそうな肌艶をしており、こちらは対照的に美しい。

 この時点で特殊事情生物ではあることは間違いなかった。

 康介たちの顔が引き攣っていく。


 人の顔に女性の胴体、服は着ておらず、すっぽんぽんが目に優しい。

 腰から下は蜘蛛まっしぐら。

 ピンクと黄金の混じった色合いは、趣味がいいとはお世辞にも言えない。

 こちらはチカチカ目に痛い。


 ――派手な色合いの巨大蜘蛛人間だ。


 金髪の、美人ではある。

 だが眼付きは捕食者のソレだ。隙あらば美味しく頂く。

 そんな意志がしないまでもない。

 まさに女王とでも呼ぶべき、王の威厳と風格が滲み出ていた。


「人と合体した蜘蛛神様?」

「それにしては羞恥心が足りないようだけどな。魔物か?」

「うげぇ、人の顔があるね。フフン、おっぱいは私の勝ちね!」

「そうなのか?」

「そうよ。これでも着痩せしてるんだから! 今度見せてやるわ!」

「機会があったらネ。アレは織神アラクネに似てるな」


 蜘蛛女がゆっくり天井から降りてくる。

 重力とお友達でないのは、糸でぶら下がっているからだ。

 蜘蛛特有のパフォーマンスである。

 地上五メートル付近で止まり、険しい視線を向けてきた。


『お前たち、ここに何用だ?』


 まさかのトークタイムスタート。

 熱い口説き文句はないにせよ、理解し合うには会話が重要だ。

 魔物にしか見えない蜘蛛女の弁が、康介たちにはハッキリ理解できた。

 元人間なのだろうか。


「康介君、あの人喋りましたよ! 魔物が喋ったんです!」

『妾は我が神より恩恵を授かっておる。何らおかしなことはあるまい? それに"魔物"などという区別は人間が勝手に付けたモノ。妾は誇り高き織神の子よ。そちらの男は人に珍しく博識のようだのう』

「心当たりがあっただけさ」


 やはり人間の言葉で喋っている。

 この世界の言葉は人や魔物に関係なく、共通なのかもしれない。

 日和が嬉しそうに何度も頷く。


「ふむふむ。これは新しい発見だよ。忘れないようにメモの準備を……メモ帳はなかったんだっけね」

「でもそうすると、神の概念は同じなのか……」


 実は康介は織神に会ったことがある。

 荒れた世界に珍しく、穏やかで奇抜な女性だった。

 織神の名称は、あの赤く錆びれた世界でも同一であったのだ。

 それを今の光景と重ね合わせる。

 世界が違えど、似たような種族構成なのかもしれない。


(だとすると、世界と世界はどこかで繋がっているのかもしれないな)


 日和に次いで康介までもがブツブツ思考の海に囚われる。

 復帰したのは日和が先だった。


「神様ってボケ~ってしてるだけかと思ってたよ」

『愚かなことだ。神とて確立した個。人と同じく愛するココロも野心もある。我ら子孫に愛情を注ぐのは自明の理よな』

「なるほど。神様は気まぐれっと……」


 そこで康介が戻ってくる。

 自分の中で纏まりがついたのだろう。

 彼が目線を上げると、蜘蛛女が見つめていた。

 蜘蛛女は仕切り直して問い質してきた。


『それで人間。このような場所に珍しいな。何故神域にいる?』

「神域……?」

「康ちゃんが知らなきゃ私も知らないよ」

『知らぬのか? ……ふむ。どうやらヤツの手先ではないようだな』


 康介たちが共に戸惑っていると、蜘蛛女が納得したように頷いた。

 神域というのも初耳だが、ヤツというのも康介たちには心当たりがない。


「ヤツって誰のことだ?」

『決まっておる。同族殺しの愚か者よ。我が子らを殺した"蛇ら"とつるんでおる』


 蜘蛛女がキッと睨みつけるように激情した。

 悔やんでいる様子だった。

 康介たちは無関係なので、怒りを収めて頂きたい。


「その蛇たちってのは危険な連中なのか?」

『そうだ。ヤツらは貪欲よ。ここら一帯の種族は、根こそぎヤツらに喰われただろう』

「うわぁ、重いよ。ヘビだけに」


 康介は事の深刻さを思い知る。

 この世界に来てからのこと、襲ってくる魔物が妙に少ないと感じていた。

 最初はそれだけ平和な世界なのかと思いもしたが、ここら一帯の魔物が激減していただけのようだ。

 蜘蛛女には悪いが、ある意味、助かったとも言える。

 ちなみに日和のくだらないダジャレはスルーした。


「……その愚か者――裏切り者は平気なのか? 既に喰われているとか。いや。それ以前にわざわざ危険を犯して何がしたいんだ、ソイツ?」

『妾のやり方が気に食わんのだろう。平穏を望む妾の方針がな』


 この発言で、康介の天秤は目の前の蜘蛛女に傾いた。

 過激思想の魔物などお断りだ。


「いや、だからって、ソイツアホだな。アンタは大丈夫だったのか?」

『ヤツらでは妾に敵わんよ。妾は一族最強のアーネル。最も古き織神の眷属よ。だからこそヤツは逃げておる。よりによって蛇に助けを求めるとは。流石の妾も集団でこられては、ちと苦戦しようぞ』

「そうか。隠れているのは厄介だな」

『ヤツの手引きで我が子らはことごとく蛇の腹の中じゃ。同胞として許すわけにはいかぬわ!』


 蜘蛛女アーネルさんはかなりご立腹のようだ。

 仲間を売られたのだから当然といえよう。


『疑ってスマンかったのう。それから……言い出しづらいんじゃが、迷惑ついでに、一つ、頼まれてくれんか?』

「見かけたら、ってことだよな」

『うむ。この先、お主らも狙われる可能性が高い。機会があったら連れてくるか、もしくはソナタらの手で仕留めてほしい』


 種族間抗争に介入するつもりは微塵もない。

 かといって、身に降りかかる火の粉を笑って見過ごしはしない。

 やられるならヤル。それだけだ。


「どうするんだね、康介君?」

「そうだな。人様のトラブルに付き合う筋はない。が、もし途中で遭ったら対処すると約束しよう」

『それでよい。無理を言っているのは妾にも自覚がある。気を付けて進むといい』


 康介たちはアーネルに別れを告げて、入ってきたのと反対側へと歩いていった。

 大広間を出て、更に先へと想いを向ける。

 道が幾つにも分かれていた。

 風が吹き抜ける方へと進んでいく。




 悪運ここに極まれり。

 康介たちは洞窟内を横断中、見事に群れと遭遇した。

 奥の広間から、問答無用の敵意を感じる。


「日和。どうやらバトルの時間帯に突入らしい」

「それって、さっきの……?」

「そうらしい。お前はここで我慢だ」

「ええーっ、でも足でまとい、っか……」


 随分聞き分けがいい。しかし不機嫌だ。

 それでも本能の成せる技なのか、日和は引き際を心得ているようだった。


 康介は安心して、その先へと向かう。

 念のため、こっそり日和に結界は張っておいた。

 機嫌取りに、あとで早めに魔法を教えておくべきだろう。


『ヘイサン様が何処かへ居なくなったと思ったら、今度は人間か』

『久しぶりの人間か。喰ろうてもよかろうか』

『俺らだけで喰っちまったら、クーアル様に殺されるぞ』

『そうだよなぁ。ヘイサン様がいなくなって、機嫌が悪くなってるからな』

『お前が八つ当たりされろよ』

『イヤだよ。ボクは関係ないだろ』

『なら胴体丸ごと献上して、四肢は俺らで頂いちまおうぜ!』


 見張りだろう羽付き蛇数体が、人間の臭いを感じてはしゃぎ始めた。

 一瞬の会話だったが、それだけで康介は大体の状況を把握する。


(どうやらクーアル様とやらの恐怖政治らしいな。でもって、ヘイサン様とやらが家出中、っと)


 それならやりようがある。

 アチラさんは既に殺る気のようだ。ならば遠慮はいらない。

 ヘイサン様とやらが戻ってくる前に、二大巨頭の一角を撃沈すればいいだけである。

 流石に殲滅は骨が折れるし、密閉された空間での血生臭い戦闘はお断りだ。


 康介も含めて、この場のモノたちの皆が知る由もないことだが、ヘイサンというのは康介がオーバーキルしたあの蛇神もどきのことであった。

 これが蛇にとっての悪夢の邂逅だとは、本人たちは夢にも思わない。


(とすると、お目当ては……おっ、発見!)


 康介は広間全体をざっと見渡した。

 蛇の集団の最奥に、偉そうに鎮座する一際大きな黒大蛇(クロオロチ)がいた。

 牙は大きく、舌も太く長いが、どこか母性も感じさせる。雌だろうか。

 だとしたら、少々罪悪感が湧き上がる。


(アレがボスだとしたら、あの蛇神もどきもボスクラス? もしかして……)


 神と間違えたほどだ。蛇神もどきの特徴は忘れない。

 サイズ、それに身に纏う威圧感に、どこか共通するモノを感じた。

 もしかして蛇神もどきとクーアルはつがいだったのかもしれない。

 あの空飛ぶ蛇こそが、家出中のヘイサン様だったのでは、と思い当たる。


(少し悪いことをしたかな。まあ、今更か。で、アレがボスだよな。クーアル様だな)


 群れを手っ取り早く解体させる方法は、要は頭を叩けばいい。

 康介の腕に、連なるように魔法陣が出来上がっていく。

 多重増幅魔法陣。それがこの技術の名である。

 これも多種混成魔法の一貫だが、多重連鎖圧縮魔法陣のような"威力の融合"ではなく、隣り合う魔法への助長――"威力の加速"を重視した技術だ。

 その腕を、殴りつけるように突き出した。



 ――外魔法『バハムート・ランス<龍王の撃墜槍>』



 龍の王が得意な『破壊の息吹(ブレス)』を真似た一発。

 空気中の可燃物質を集め、引火成分でもある息吹で包み込み、一瞬で照射することで、連鎖的な大爆発を引き起こす。

 あんな数キロにも渡って荒野を吹き飛ばすような芸当など出来はしないものの、康介の魔法も十分な威力を備えていた。


 貫き、爆破する。


 康介の腕から光が迸り、群れの頭上を超え、奥へと到達し、そして、

 ――蛇ボスは粉々に砕け散った。


(よしっ、圧殺完了!)


 周囲に影響を与えないように、結界作用のオマケ付きだ。

 そうしなければ、洞窟が崩れてしまう。


『なっ!? クーアル様!!』


 蛇ボス――クーアルの呆気ない最後に、蛇の群れに動揺が走る。

 恐怖は伝染して散開を始めた。

 康介の狙い通りだ。

 強者としての格を見せつけて、自分たちでは敵わないと認識させる。

 あとはさっさと逃げてくれればいい。


(まっ、独裁政権に烏合の衆じゃ、こんなもんだよな)




 康介の感覚が"あるもの"を捉える。

 蛇に隠れて逃走しようとしていた、斑色の蜘蛛を発見した。

 今回の騒動の元凶だろう。


「おっと、逃げるなよ」


 蛇の影に隠れて康介の死角に回ろうとしているが、無駄な足掻きだ。

 そうはさせない。


 康介が全身で、両手両足で指揮するように交差する。

 大仰な振る舞いだが、大技である以上、両手だけでは事足りない。恥ずかしさは二の次だ。

 魔力が魔法として成立し、現象を伝播させる。

 蜘蛛の真下が輝き出した。天井も光を放ち始める。

 光が視界を埋め尽くし、辺りを"力"が取り巻いた。



 ――外魔法『アルクーネ・パイロン<織神の千断糸>』



 触るな危険。

 容赦なく、敵を内部に閉じ込めて、後は自己責任という、無責任極まりない大技だ。

 中にいる者は出ようとすれば自滅する。

 天と地を結ぶ無数の糸が、敵を囲み巨大な支柱を創り上げていた。

 屋内限定の魔法である。


『ひぃッ、こっ、これはっ、我が神の力! 我らの力の原点を何故人間ごときが!?』


 恐怖で動けないであろう斑蜘蛛が、ありえない光景に我が目を疑う。

 康介が織神の技を使ったのは、そっちの思惑が大きい。

 魔法とはいえ、当たらなければ意味を成さない。特に大技は時間が掛かる。魔法の発動までのタイムラグをどうにか誤魔化す必要があった。

 よって敵から冷静な判断を奪うために、康介のレパートリーの中から蜘蛛の同族の技を選び行使した。

 逃げ出す隙は与えない。


「んな大層なもんじゃない。オタクらの神様に似せた『神の威を借りた(ハリボテ)魔法』だ」

『クソォオオオオオオォォォッ』

「いっちょあがり、だな」


 喚こうが、完成した"陣"からは脱出できない。

 お局様にご報告だ。

 これにて完了である。




「さて、と。日和さんは大人しく待っててくれたかな」


 煩くされるのも嫌なので、愛する日和嬢の下へと走って帰る。

 新婚ホヤホヤのサラリーマンの気分だ。


「日和! 待った、か……?」


 彼女がいない。

 康介の足が止まる。

 湧き出る汗が不快に感じた。


(どこいった? 何があった?)


 不気味な程、静かだ。

 無意識に耳を研ぎ澄ます。

 気配を鋭敏に、より綿密に。


 この空間にそぐわぬ違和感が――


 どこかにある。


「――上っ!?」


 意志の流れが上部へと。

 悪意と恐怖と少しばかりの敵意。


 天井に、白い塊が吊り下がっていた。



「康ちゃ~~~ん!! ヘルプミーーー!!」



 くぐもった声が聞こえる。

 結界に阻まれており聞き取り辛いが、確かに日和の声が届いてきた。

 どうやら結界ごと閉じ込められたようだ。

 おかげでそのまま動けずにいる。

 というより、空気は大丈夫なのか。


(おいッ、早くしないと――っ)


 焦る康介に、見計らったかのように白い帯が飛来した。

 不意を突かれて不覚を取る康介。


「くそっ」


 条件反射で適当な魔法を放つも、近くの岩場を破壊しただけに留まった。

 避けた蜘蛛の糸が絡みつく。


(しまった! 蜘蛛の糸か!! もう一匹裏切り者がいたのか。チッ、動かない!)


 白い塊を見た時点で気付くべきだった。

 視界が不良なために、出遅れた。


『油断したな、人間。このまま喰ってやる!』


 相当慎重に待ち構えていたようだ。

 上を向いていた康介の死角から、素早く糸で捕捉された。グルグル巻きにされる。

 気配の隠蔽も完璧だった。

 雑魚といえども神の眷属。

 油断はそのまま死に繋がる。


(もう一匹、蜘蛛だと? 裏切り者は一匹だけの筈じゃ……)


 情報を過信していたツケが回ってきたのだろう。

 アーネルの本気が嘘を言ってないと康介に信用させたが、そういう問題ではない。

 騙されていたのではなく、アーネルすら把握できていない事態が起こっていた。


(アーネルさんよ、見る目がないぜ。調査不足もいいとこだ)


 新手の蜘蛛――青い蜘蛛は、自暴自棄になっているようにも伺える。

 やらなければやられると思ったのだろう。

 康介としてはそこまで追い立てるつもりはなかった。

 協力者と相棒を失った考えすぎの蜘蛛が、暴走したといったところだろうか。


(手足は動かない。動くのは頭だけ。これじゃ何も……!)


 経験から頭が冴えてくる。

 何かを忘れている。そう、ここの空気だ。

 頬に感じる感覚に、康介はどこか懐かしいものを感じていた。


(ここの空間は何故か澄んでいる。これならもしかして……)


 ここは神域だ。

 なら神を祀るための、"清浄な"空間構成をしているのかもしれない。

 現に温かい"念"が康介の内に流れ込んでいる。

 これならイケる!


「まだやれることがある。甘いよ、青蜘蛛坊ちゃん」


 心を落ち着かせ、

 世界に満ちる意志へと語りかける。



 ――解放しろ。集約しろ。分かち合え。



「―――♪―――#――――――ッ」



 喜びを、慈しみを、優しさを。

 その場にある"正"の感情全てを。

 声に乗せて解き放つ。



 ――天使専用理外魔法『天声術・"咆"』。



 魔法の枠を超えた、種族固有の規格外魔法である。

 本来ならば、康介には使えない。

 しかし、特殊な環境がもたらした人外楽園(?)生活が、ソレを可能としていた。


 響く。

 唄う。

 共鳴する。


『――ぅぐ、ぁ…………』


 蜘蛛が言葉を紡ぐ暇もなく、


「ふぅっ、久しぶりに使ったな」


 人の耳には捉えきれぬ天使の高音が、

 遥かな音色を浸透させて、


「もう敵はいないよな」


 蜘蛛の内部で反響増幅――。

 崩壊させていた。




 数分後。

 日和を包み込む糸を軽く引き裂き、空気を確保した後、炎で燃やして処理をする。

 結界のおかげで日和は無事だ。

 ようやく彼女は解放された。


「おふぅ、やっと外に出られたよ~~~」

「ホントだな。予想外のアクシデントはあったが……」


 反省すべきことはあるが、そこは結果オーライだ。

 次に活かせばいい。

 疲れた顔をした二人は、互いに互いを笑いあった。


「これで本当に終わったな」

「うん。だけど」


 ……ついでに道も塞がっていた。

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