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天寿の果てに、世界は戻りて  作者: 七草 折紙
第一章 「泉の底にて、黒は識る」
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第四話 「神と下僕、賢者の位」

「これが大まかな世界地図だ。細かい地形は端折ったけど、まあこんなもんだ」

「へぇ、大陸は四つなんだ」


 洞穴を出るのも大事だが、その後の行き先も重要だ。康介は魔法地図をスクリーン状に展開して、現在位置を確かめることにした。

 中央にドデカイ大陸が広がり、海を越えた北に横長の大陸が、両端に二つの細長い大陸がある。


「で、今いるのはこの辺りだな」


 中央大陸を、南西から北東にかけて分断している巨大な山脈がある。

 その中央寄りの部分に、細かい山々に隔たれた山地が小さく表示されており、その左側に位置する巨大山脈の一角――洞窟があると思われる場所を、康介は指差していた。


「目的地があるわけじゃないけど、人里には行きたいよね」

「そこは洞窟を出た向こう側に、人型生物の集落があったっぽいからな。ひとまずはソコを目指そう」


 日和のテンションも、いつまで続くかは解らない。できれば彼女がホームシックになる前に、地球への帰還方法を見つけ出したい。

 康介はかつての自分の経験から、そう結論を導き出していた。

 当面の目標は、落ち着ける場所の確保だ。そこをしばらくの活動拠点として、近場から探索をしていくのが無難だろう。


 他の転移者がいないのか。

 いたなら彼らはどういう結末を辿ったのか。

 帰ることはできたのか。

 彼らの扱いはどうだったのか。

 そもそもこの世界は安全なのか。

 人の立ち位置は?


 考えることは山ほどある。

 本格的な冒険の前段階として、情報を得るのが先決だ。


『便利なモノよの。ソレは脆弱な代わりに人間(ひと)が得た、人間(ひと)特有の神秘――"魔法"だな。我らの神秘とはまた異質な力』


 魔法地図を見ていた二人の耳に、アーネルの賞賛の溜息が入り込んできた。


「確か幻想力だったか」

『ほう、知っておったか。そうじゃ。種族全体の願いが最も強く反映された"幻想"こそが、神の恩恵によりその身に宿る。大概は神の性質を受け継ぐため、神の劣化版などと言われるがのう。我らの"色威綱(いろいづな)"もその例に漏れん』


 色威綱とは鋼の強度を持つ糸で、蜘蛛種は体質上、その器官を体内に設けている。

 糸は個体ごとに特徴があり、色によって表面化される。赤なら炎耐性、青なら水耐性、白銀なら冷却耐性といった具合だ。

 共通するのは斬れ味抜群という側面ぐらいだろうか。

 アーネルの金糸ともなると、最も強靭で、尚且つ全魔法耐性と物理耐性の両方を合わせ持つ伝説(レジェンド)クラスの素材となっており、王族御用達の一級素材でもあった。


 ちなみに眷属と呼ばれる神の直系種は、世界でもひと握りしか存在しない。

 アーネルの場合は人の頭と胴体を持つ織神種(アラクネ)として生まれたが、ソレ以外の子孫は眷属から誕生した、蜘蛛種に分類される只の巨大蜘蛛である。

 魔物でも縦社会なのは人間と同じだが、偶に今回のような反抗的な個体が生まれることもあった。

 中には眷属が滅ぼされ、無法の集まりとなった種もいるくらいだ。


『ふむ、ぅん? そ、の、魔法は……お主、賢者か?』


 アーネルの脳裏に引っかかるモノがあった。

 世界を映し出すなど、通常の魔法の範疇ではない。であるならば――。


『魔の真髄に辿り着いた者は、己だけでなく、外界をも意のままに操れるという。人間の中でも特殊な個体、それが確か賢者と呼ばれておった。妾も見たのは初めてじゃ』

「賢者? 康ちゃんが? プフっ。賢者って"か・し・こ・い"者って書くんだよ。万年赤点の無気力高校生が、それはないよ~」

「ソコッ! 日和、うるさいぞ! 賢者、か。その呼び名も久しぶりだな。んな大層なモンじゃないけどな。おい、日和、いつまで笑ってる!」

「ゴメンよ。でも……プフ」

『……? 何故笑っておるのか解らぬが、謙遜するでない。人間にとっては名誉な称号と聞いておるぞ』

「頭の悪い連中の中で抜きん出ていたってだけの話さ。それに賢者ったって、所詮は有象無象の底辺の枠組み。神と比べたら無力なもんさ」


 褒められたにも関わらず、康介は自嘲する。

 彼にとって賢者とは『"知"を苦心して小賢しくも醜く生き抜く者』に他ならない。生まれ持った種族の壁――才能の差は、そんな努力ですら軽く嘲笑う。

 その事を、康介は身をもって知っていたからだ。


 だがアーネルは康介の言葉を別の意味で捉え、眉をひそめた。


『フハハハハハハ! 何だお主、神と闘うつもりだったのか! 無謀なヤツじゃのう!』


 剣呑な雰囲気が漂い始める。

 アーネルの険しく看破するような視線を前に、康介は「種も仕掛けもない」とばかりに両手を上げて(おど)け謹んだ。


「そんな気はないさ。それに――見たところ、アンタも相当危険なレベルだな。俺じゃ勝てないだろう」

『ほう、妾の力を見抜くとは、なかなかの慧眼じゃな。その通り。一族最強の名は伊達ではない。妾たち眷属は皆、"民王(ロード)<神の下僕にして種を導く代表者>"と呼ばれておる。神には到底敵わぬが、人如きに遅れは取らぬぞ。それが例え賢者と呼ばれる者であろうとな』


「――へぇ」


 アーネルの挑発に、康介が意味深な笑みを投げかける。


『何やらやりたそうな顔をしておるな。妾と一戦交えるか?』


 アーネルが挑戦的な微笑みを、康介に向けた。

 緩めた口元、それに柔らかな口調とは裏腹に、目元は笑っていない。


「ハハ、言ってるだろ、争う気はないって。慢心は簡単に人を殺すからな」


 軽い調子で降参とばかりに、康介は上げた両手首を数回振った。

 言葉尻を堅くすることで、康介はアーネルに真意を伝えていた。強くなった気でいても、上には上が必ずいる。特に神が実在している世界では、それが顕著だ。近くに"護るべき者"がいる状況で、ソレは悪手だろう。

 先程のやり取りの中に警告の意味も込めていたアーネルは、康介の葛藤を汲み取り、静かに微笑んだ。


『ふぅ、少々揺れておったようだが、ギリギリセーフじゃのう。お主はどこか……二面性のようなモノを感じる。今の自分に戸惑い、振り回されている。そんな不安定さ――危うさが取り巻いておる』


 先程のアーネルの態度は、誘導でもあった。

 康介は試されたのだ。

 ――もし、康介が戦う道を選択していたら、彼女は容赦なく牙を剥いただろう。

 危険因子は早急に取り除くに限る。恩はあれど、種を統べる女王としての、その決断は揺るがない。


(下手をすれば、妾の方がやられておったかものう。人とはこんなにも強い種であったか?)


 アーネルは内心、自分が逆に殺られる覚悟を決めていた。流石の彼女も、康介相手では無傷とはいかない。

 彼女も死線を越えるか越えないかのギリギリのラインで踏み留まり、緊張していた。


「ふぅぅぅ……っ」


 康介は溜まり込んだ気分を一新すべく、深呼吸する。


(今、俺は何をしようとしていた……?)


 康介は我に返って、肝を冷やした。

 命を賭けた駆け引きなど、いつ以来だろうか。背中を流れる汗が止まらない。危うく"スイッチ"が入りかけた自分を、強く反省していた。

 元々、康介の性格上、喧嘩の類は嫌いだった筈なのだが、あの世界の流儀に慣れ親しんだ――毒されたせいで、強者と見ると闘いたくなる癖が根付いていた。

 なにせ「握手の代わりに殴り合い」、「譲り合いの精神ではなくて奪い合いの精神」がモットーの世界だったのだ。

 歳を取るうちに落ち着きを見せ、その時分はとうの昔に通り過ぎたと思っていたが、心が若返ったせいか、自制のネジが緩んでいたらしい。


(感化された部分は抜けきらない、か。若いと好戦的になるって言うけど、これは……いや、人としての根本的な部分――感性や気性までもが、影響された形で"巻き戻っている"のか? 記憶や感覚が消えていないのは幸いだが……)


「そこら辺は自分が一番解ってるさ」

『ならよい。人間は増長する生き物じゃ。妾の下にも過去の失敗を学ばぬ愚者が多くやってきおったが、全て返り討ちよ。無駄な争いは不幸を呼ぶだけじゃぞ』

「……そうだよな。ホント、色々と忠告、感謝するよ」


(もう一人じゃないんだ。刹那主義なんてのは、馬鹿のすることだ)


 康介は息を吐き、己を戒めた。




 先程のやり取りを意味が解らずスルーした日和は、のほほんとした表情で問い掛けた。


「ね~、康ちゃん。そんなに神様って強いの?」

「ん……? ああ、強いなんてもんじゃないな。ありゃバケモンだ。闘うもんじゃない」

「どんなところが?」


 日本に住んでいた限り、神様など物語や宗教でしか縁のない存在だ。

 姿かたちがなく、ただ崇めるだけの雲上の規格外想像生物(?)。それが神様だ。

 そもそも、戦うなどといった行為自体がありえない。

 なので日和にはピンとこない。


「そうだな。『神は不滅で絶対』ってのが常識だ。まず生半可な攻撃じゃ傷一つ付けられないし、付けたとしても直ぐ再生する。あとは意志一つで魔法がゴミに思えるくらいの大虐殺攻撃もしてくるな。最強の盾と矛。目を付けられたら逃げることをオススメする」

「うわぁ、チート」

『そうじゃ。神とは世界の歯車そのもの(・・・・)。闘いを挑むのすら馬鹿馬鹿しい上位の存在じゃ。決して手を出してはならん』


 重々しいアーネルの顔色に、暢気な日和も唾を飲み込んで頷く。

 神の偉大さが少しは理解できたようだ。


「んなわけで日和。喧嘩売ったりするなよ」

「う~ん、お供え物でも用意しとくかな」

「ホント頼むぞ」

「解ってるよ! 子供じゃないんだからさ!」


 偉そうな康介に、日和も頬を膨らませて不満を爆発させた。その仕草が子供っぽくて、どこか康介を和ませる。

 ――とここで、馬鹿にされた感じが癪に障った日和が、予想外の反撃を開始する。


「でも康ちゃん、最初のエンカウントで、あの空飛ぶ大蛇様に喧嘩売ってたよね」

「うっ。でも結局アレは只の魔物だったわけだし、不可避というか、自己防衛? だったわけだしさ」

「説得力ないよね」

「……ゴメンなさい」


 図星を指されて、康介は返す言葉もなく項垂れた。


 最も、アレ(・・)は二度と使うつもりはない。

 あの時、世界に降り立った最初だからこそ、あの危険な"力"を使ったのだ。

 仮に倒せなかったとしても、時間を稼ぐことくらいはできた筈だ。敵が神ならば、準備される前に先手を打たないと、逃亡すら不可能になる。

 あの蛇もどきがもし神だったなら、不意討ちでしか成すすべがなかったのだ。あの選択こそが最善であり、効果テキメンの方法だった。


(おかげで身体中が悲鳴を上げてやがる。無理しすぎたぞ、チクショウ)


 もちろん、日和にそこまでは言わない。

 神などこちらから関わらなければ、一生縁のない代物だ。

 この先、最悪の手法(・・・・・)を、わざわざ使う必要もない。

 "泉の底(・・・)"は深く、康介には不相応な領域。覗くのはこれで最後だ。


「よし、そういうことで!」

「何がそういうことなんだか……反省の色がないよ、チミィ」

「解ッテマスヨ」

「まあ私は付け込むのは嫌いだからね。これ以上は言わないよ。それより、ここからどうやって出るつもりなんだい?」

「そこだよな~」


『それならば、妾が何とかしよう』


 聞き耳を立てていたアーネルが、胸を張って一歩踏み出る。

 蚊帳の外で暇であり、仲間に入れて欲しかったのだろう。


(良く聞いてるよな。もしかしてアーネルは耳年増な……ゲフンゲフン)


 アーネルの殺気を感じて、康介がその仮説を打ち切る。

 声には出していない筈だが、彼女は聡いようだ。


「いや~~~、アーネルさんって頼もしいよな~。お任せするよ。なっ、日和」

「そうだね。ここは年の功――うぷっ――何をするんだね、康ちゃん」


 康介は手で、慌てて日和の口を塞いだ。チラリとアーネルを確認して、ニコリと愛想を振りまく。

 アーネルに浮かび出る血管が、怒りの度合いを示していた。


「ホホホホホホホっ、人にしてみれば妾は少々(・・)年上かものう」


 悪足掻きにも等しいアーネルの言い分に、康介は自分の予想が正しかったことを悟った。

 異種族であろうと、女性に年齢の話は御法度のようだ。




 康介たちは、埋まった行き止まりの道へと引き返してきた。今回はアーネルも一緒だ。行ったり来たりである。

 空調が悪いせいか、この場所には息苦しさを感じる。康介の魔法で最低限の灯りは確保していたが、それでも薄暗い。

 まるで常世への旅路。反対側まで閉ざされてしまったらと考えると、行き場がなくなる恐怖感が募るのだ。


「で、こんなになってしまったんですが、何とかなるんでしょうか?」

『その口調はやめぃ。気持ちが悪いわ。何とかするために来たのであろう?』


 先程の一件から恐縮していた康介に、アーネルが顔をしかめた。今更敬語など気味が悪いだけだ。


「はぁ、ではどうするつもりで?」

『まあ見ておれ』


 アーネルが右手を掲げる。


 ――同時に、空間を上下に分かつが如く光が迸った。

 一本の微細な線が積み重なった岩の中心へと突き立ち――貫く。


「……? なにを――」


『これからじゃ』


 得意満面な顔で、アーネルが掲げた手をクイッと横に回転させる。ピリッとした力の奔流が辺りを照らし出した。

 彼女の指先から繋がった糸が、輝きを放ちながら、再び動き出す。


『――廻れ』


 一言。岩を貫いた糸が、紡績の束縛から解き放たれる。

 まるでスクリューのように、先端の突起を起点に螺旋状に展開、旋回しながら掘削していった。



 ――幻想特化『アルクーネ・スパイラル<織神の螺旋糸>』



 糸とは紡績――()り合わせることにより、太く強靭な性質を確立したモノである。

 蜘蛛としての天然の糸は本来そのような性質を持たないが、繊維の中でも高い頑丈さを誇るため、幾重にも糸を束ねることによって、より凶悪に、より信頼性のある凶器へと変化する。

 今回はその糸の性質を利用した技だ。

 アーネルの金糸一本には数億の糸が凝縮されており、ソレらを解放することにより、強制的かつ爆発的な回転力と推進力が生まれる。


 もたらされるのは圧倒的破壊。


 アーネルを含む蜘蛛種は、紡績と解放、更には粘り気の有無と強弱まで、己の糸の状態を自在にコントロールできる。

 糸こそが、彼女ら蜘蛛種の特徴にして最大の武器なのである。

 彼女だけでトンネル一つは楽々掘れるだろう。


「はぁ、凄いね~」


 目の前を塞いでいた岩が、次々と消えていく。

 一部始終を見届けていた日和が、現実離れした光景を目の当たりにして、呆けた声を思わず出した。


 トンネル工事のようでいて、取り出した土がどこにも見当たらない。

 岩が元素レベルにまで分解されて、空気中に散開していくのだ。

 その矛先が自分たちに向かってきたら、と恐ろしくもある。


 細切れではなく、分解。この狭い空間では有意義な手法だ。

 便利な技だと、康介も思う。


(初めて見る技だな。アーネルのオリジナルか?)


 ただ解放しただけではこうはならない。

 その際のエネルギーを無駄なく、全て攻撃力に転化させているのだ。

 彼女故の結果だろう。

 流石は蜘蛛の女王、一族最強の名は本物だった。


「あとどれくらいで終わるんだ?」

『少し黙っておれ。気が散る』


 お叱りを受けてしまい凹んだ康介に、日和が軽くチョップを入れる。彼女なりの気遣いだろう。


 アーネルは凄かった。

 右、左、斜め上、下部。丁寧に、バランスを計算しながら、糸を放っては岩をどけていく。

 繰り出された無数の金糸が、崩落した岩盤をぶち壊していった。康介には真似できない繊細な制御だ。

 糸遣いとしてのアーネルの実力は、康介の遥か上をゆくようだった。


(これが眷属……民王って皆このレベルなのか?)


 綺麗さっぱり道が開けた。




「蛇は……いないようだな」


 二時間ぶりの蛇の間。Uターンしてきたのだから当然だ。

 中央に延びる柱の他には、何も残されていなかった。


『して、どちらを行くのだ? 右は迂回してこの入り口と同じ方面へ出るだけぞ。左は広場を一つ抜けた先に水場があるだけで、行き止まりになっておるしな』


「俺たちがやってきた山間部へ逆戻り? 水場?」

「あっちゃ~、出られないんだ」


 蛇の間には二方向――入ってきた入口を合わせると三つの道があった。

 そのどれもが外へと出られない。

 康介と日和は顔を見合わせて、ガクリと肩を落とした。

 戻ったところで山に囲まれているだけだ。いっそあの高い山を飛んでいくという手段もあるにはあったが……。


『其方らは人里を目指しているのだったな。ならばこの先の水脈を利用してはどうだ。その川の流れに乗っていけば、洞穴の外――海の近くへと辿り着こう』


「その方法もアリか。仕方ないっか」

「濡れるのは康ちゃんが何とかしてくれるんでしょ?」

「そこは大丈夫だ。が、う~ん……」


『では達者でな』


 悩む康介に、アーネルが用が済んだとばかりに去ろうとする。

 そこで、康介は言い忘れていたことに気が付いた。


「ああ。あっ、そうだ。裏切り者の一体はアソコに殺さずに閉じ込めておいた。あの柱のヤツな。魔法なんだ。アンタの好きなようにケジメをつけてくれ」


『ほう、人の身であれほどの……アレも魔法か。見事なモノじゃ。寛大な処置。誠、感謝する』


 アーネルが柱へと近づくのを見届けて、康介が指を鳴らす。

 途端、魔法の柱が薄くなり、音もなく消えていった。


 中には衰弱した様子の斑色蜘蛛が一匹倒れていた。

 状況の変化に虚ろな目を上げ、そこに恐怖の女王がいることに悲鳴を上げた。

 フラフラと覚束ない足取りで逃げていく。


『この愚か者めが。仕置きじゃ』


 予備動作無しに放たれた黄金の糸に囲まれて、斑色蜘蛛はあっという間に拘束された。

 キィキィ鳴き声が聞こえるが、康介たちにはサッパリだ。

 アーネルは理解しているようだった。


『命乞いとは無様な。では人間よ、失礼する。コヤツの処遇は、他の子らに判断させねばな。妾には……子は殺せんよ』

「ハハっ、優しいんだな」

『王としては甘いのであろうな。だが他の王は妾ほど甘くはないぞ。慎重に行動することじゃ』

「ああ。肝に銘じておくさ」

「元気でね!」


 金色の塊を引きずりながら、アーネルは戻っていった。

 どんな関係でも、どんなに短い付き合いだったとしても、別れとは寂しいものだ。

 康介が小さく手を振り、日和が身体全体で両手を振っていた。感謝の気持ちを伝えるのには、それで十分だろう。


「さて、先へ行ってみるか」

「水場の方だね」


 縁があればまた逢えるかもしれない。

 二人はそんな想いを抱えて、道を進んでいった。


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