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間章

   間 章 


 その日の夜遅く、門下生も深く眠りについたころ、私のもとに、一本の電話がかかってきた。今では一人一台携帯電話の時代で、家庭用の電話だってプッシュホン式が常識だというのに、私の家にある電話といえば、年季の入ったこの黒電話だけだ。その電話にかけてくる人も、かなり限られている。

「……はい」

『よう。寝てた?』

 相手は、国境を越え遠く離れた、とあるカルト指定教団の本拠地に住んでいる友人だった。最後に電話をくれたのは、彼が向こうで暮らすという一報をもらったときで、かれこれ数年以上前か。懐かしさをかみしめながら、私は電話口の旧友に答える。

「ううん。明日使う授業の教材をチェックしてた。一息入れるつもりだったからちょうどいいよ」

『そりゃよかった』

「で? ずいぶん久しぶりにかけてきたけど、何か進展あったの?」

 聞いた話では、彼の住む場所はカルト指定された信仰教団『月』の本拠地だ。まだ完全ではないけれど、あの場所が一つの国として機能し始めたら、脅威だ、と信頼できるつてから聞いている。

 電話の向こうからは、彼の沈黙しかなかった。

「それより、こうして電話して大丈夫? そっちって監視の力も強いんでしょう?」

『あー、そこは問題ない。今までうだつの上がらん研究者として、何の成果も出せてませんって状態を演じてきたから。向こうは、故郷に残してきた家族に泣き言垂れてると思ってくれるさ』

「そんな思い通りにものごとが運ぶと思う?」

『全然?』 

 私はため息をつく。彼はとても呑気だった。身の危険を覚悟しておけと、あの本拠地へ居住が決まった際、政府にかかわる連中からきつく言われていたというのに、この笑い声ときたものだ。

『まあ、俺の身は心配ないよ。俺の身にもしものことがあったら、世界連中は動いてくれるんだろう? 世界連合の連中にそう脅したのはほかでもない、お前じゃないか』

 呑気なのはそういう理由もあるようだ。

彼はたった一人、『月』の本拠地に身を置くことを決意した。建前としては、彼は『月』の研究がしたいということだった。『月』側も、多少の不便を代償にそれを許可した。『月』をカルト指定している世界では、もう『月』の殲滅をずっと前から計画している。そのために、情報が欲しいのだ。そこで、彼の研究成果をこちらへ横流ししろという「お願い」が下っていた。彼は無条件でそれを飲むつもりだったようだが、私は反対した。情報が充足して攻め入ることになったら、当然彼は巻き添えを食らう。旧友として見過ごせなかった私は、あらゆるコネクションと権限を駆使して、「もしものとき」に備えて彼の保護という条件を勝ち取った。彼の余裕は、本当に呑気なわけではなく、私への信頼と言うことになるのだろう。

「そうだけどね。それで? 話が脱線しちゃったけど、何があったのかな?」

『うん……』

「黙ってたらわからないよ」

 しばらくの沈黙ののち、彼はようやく話してくれた。

『奴んとこの娘が、こっちに来ちまった』

 私は、息をのんだ。

『のんびり研究してたらいきなり上から黒いひらひらのドレス着た女の子がだよ? どういうことだと思うよ?』

「どうって……空から女の子が降ってきたこと?」

『屋根のある家でのできごとだがな』

「その子はエリカって名乗ったんでしょ? ならそれがどういう意味なのかは、君がよく知ってるんじゃないの」

『理解してるよ。だけどな、腑に落ちないんだよ。何であの子の避難先がよりにもよって俺なんだ』

「敵方も、まさか自陣に天敵がいるとは思わないからじゃない?」

『だったらよかったんだけどねえ?』

 彼の声色は投げやりだ。

『お前んとこでもよかったはずだろう? 奴はお前のとこへも行けるような用意もしてた』

 懐中時計を介して、エリカという女の子は彼の元へとやって来た。そう指示したのは、誰でもない、あの人だ。恐らく、あの人も、彼が研究目的で教団の本拠地に住んでいることくらいはわかっていたはずだ。

 もしもの時は、エリカが彼か私のいるどちらかへと避難するということは、知っている。

 私は少し考えて、答えて見た。

「……信頼してるから?」

『あ?』

 投げやりな声色は変わらなかった。

「君なら、きっと守ってくれると思ったから、とっさの判断で君の所へ寄こしたんだと思うよ」

『お前は信頼に足りん人間と?』

「私も信頼してもらってる。でもやっぱり君にしか頼めないと思ったんじゃない?」

『敵地にいると知っていて?』

「あの人の考えることは、よくわからないからねえー」

『同意見』

「なんならこっちに送る? うちの門下生ならいい遊び相手になりそうだけど」

『いや、いい……こっちで面倒見て、ほとぼりが冷めたらまた電話する』

「そ」

 私は、受話器を置いた。

 エリカが彼のもとか私のもとへ来たときは、あの人たちの身に何かあった時。そういう認識が、私たちにはある。そして、エリカの連れてこられた場所にいた人間が、あの人たちの命を左右する役目を持つ。

 あの人たちを見捨てるか助けるか、それは彼にゆだねられることとなった。

 果たして、彼はどちらを選ぶのか。とても気になる。その選択を、誰も恨んではいけないという暗黙の了解がある。彼が決断したら、それに従うだけだ。

 私は深く息を吐いて、仕事部屋に戻った。


本章ではエリカの視点で、間章は周囲の大人たちのそれぞれの視点な感じです。

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