二章‐3
「……俺の私見も含めて、俺たちのいるとこってこういうとこ」
一通りの説明を聞いて、エリカは瞬きも忘れた。
「で、この情報を教えたうえで改めて聞くけど、きみはこんなの相手に家族を助けようと思ってるって?」
エリカは、その質問に即答することができなかった。敵に対して自分は無知すぎた。頭のおかしな集団が、何かしらの意見の食い違いでエイナルを追っているとは考えていた。だが、その集団の規模が大きすぎる。世界で五分の一なんて、実感がわかない。エリカは物心ついてからこのかた、屋敷の外をまともに出たことがないからだ。多少の散歩と称して単純に屋敷の外へ出たことはある。が、勉強は屋敷内でできていたし、旅行へ行くということもまるっきりなかった。
そのエリカには、ヨハンのいう『月』が、どのような集団なのか、知識として理解しても本能が何も言わなかった。
「箱入りの君にはちょっとわからないかな」
エリカの無知を笑うでもなく呆れるでもなく、ヨハンは適当に言う。
エリカはどうすればいいか、知れば知るほど困難になった。エイナル達を助けたい気持ちは常にある。ヨハンの手助けが欲しいのも変わらない。だが、それが正しいのかどうかがわからなくなってきた。
エイナルが、ワトソンとコーデリアが、身を投じて自分だけをここへ送り届けたのは、ひょっとしたら全員が助からないことを覚悟していたからではないのか。当たり前のように、コーデリアが淡色の集団と対峙して、ワトソンもそれに加わった。単純な数だけでは勝ち目がないことを、最初から知っていたのだろうか。エリカの最後の問いに、エイナルが答えなかったのは、そういうことなのではないか。あの時、「大丈夫、またあとで会える」と嘘をつくこともなかった。嘘はエリカもエイナルも嫌いとするものである。エリカ相手に嘘をつきたくないし、かといって「エリカだけでも助かりなさい」というのも気が引ける。だから、エイナルはあえて何も言わずにはぐらかしたのだ。
三人は、最初から、エリカ以外無事で済むことがないと悟っていたのだ。
エリカは肩を震わした。膝の上に置かれた手に力がこもるのは、不必要な涙を落とさないためだ。まっすぐ見据えていたはずのヨハンから視線を外す。まともに目の前の人の目さえ見ることができずにいる。
助けたい。でも助けられない。
ここは、四方八方敵だらけだ。敵の中に、自分がいる。今だけ、エイナルを恨む。せめて、敵の本拠地ではなく、外のどこかであれば、なんとかできたのかもしれない。もしかしたら、エリカが後先考えず突っ走ってしまうのを防ぐために、あえてヨハンの所へ送ったのかもしれない。この強大な敵の中に入り込んだら、エリカも感情を引っ込めておとなしくする。つまり余計な行動を慎むから、危険にさらされることがない。
――どうしたらいいんだろう?
エリカは、目の前がぐるぐると渦を巻いている感じがした。ヨハンは席から立ち上がり、エリカの背中をさする。
「まあ、いきなりスケールのでかい話を聞かされたらそうなるわな。それが正常な感情だよ。特に君はね。今日はもう休みな。目を閉じてれば自然と眠くなって、目が覚めたころには落ち着くからさ」
「……うん」
ヨハンに連れられ、エリカはベッドに横になった。
「あ、ヨハンは、寝る所はどうするの? ベッド、これしかないんでしょう?」
「大丈夫大丈夫。大人はね、どこでも眠れるから、君は安心してそこで寝てなさい。布団はふかふかじゃなくてかちかちだけど」
「ううん。平気よ。ありがとう、ヨハン」
「はいよ」
薄い緑の布団を数枚重ねてかけた。枕はビーズの入っているタイプのもので、羽毛に慣れているエリカには妙な心地がした。
きっと混乱しているだけだ。明日になれば、きっと大丈夫。自分にそう言い聞かせて、エリカは目を閉じた。
もともと『月』構想はディストピア的なものと、いつしかに見た夢をまぜこぜしてできました。夢の方にはゴスロリもウサギも猫もおじさまも
出てこなかったはずなんですが、どうしてこうなる。