五章-3
次の監獄も、さきほどのものと似たり寄ったりだった。淡色で規模が小さい。看守も普通の信徒で、エリカが忍び込んでも何の興味も示さない。楽で都合がいいが、考えるという概念自体持たない人間に付き合うのは、気味の悪さがまとわりついてくる。
一通り回って、誰もいない。人形が投獄されていると、信徒はその場所をなるべく避けて看守の役割を遂行する。ここでは、そういった傾向が見られなかった。ということは、人形のコーデリアはいないのだ。それに、人間のコーデリアも、エイナルもいない。人の体は、さらに監視が厳しくなる。ここの看守は五人ほど。小さな監獄とはいえ、数が少なく、信徒の動きに変化がなければここははずれだろう。
案の定、ここには誰もいなかった。エリカはそれを確認してさっさと監獄を後にする。
「……ワトソンは、昔の全滅計画に参加してたのよね?」
道中、小声でそう聞いた。
「ヨハンから聞いたのですね」
「うん」
「軽蔑しますか」
「どうなのかしらね。わたしでもよく分からない」
「自分の保身のために言い訳するつもりでは決してありませんが……旦那様にはそれを行うだけの大義がありました。誰かに何を吹き込まれても、お嬢様の知っている旦那様を信じてください」
「うん」
次の監獄も、それほど大きくなかった。ただ、心なしか看守の数が多く感じられた。一通り一周してみて、ここでの看守の傾向が分かってきた。妙に、避けて通りたがる場所がある。エリカはさりげなくそこを素通りする。
ぼろぼろになった兎の人形が、閉じ込められていた。覚えのある、コーデリアの人形だ。周囲に誰もいないのを見計らって、エリカはその牢獄に近づいた。
「コーデリア。聞こえる?」
「……お嬢様?」
「そうよ、エリカよ。待ってて、今出すからね。……この鍵は違った」
ポケットの鍵束から鍵を選ぶ。数が多いから、時間との勝負になる。
「ここにおられるということは……ヨハンの所へ行ったのですね」
「うん。ヨハンとイオリに協力してもらって、あなたたちを助けに来たの。……あ、それから、危ないから逃げろって言わないでね。ワトソンの時にさんざん言われたから、最初に言っておくわ」
「ワトソンが? いたのですか?」
「もう助けたわ。猫の人形の方だけど。人間の体は、きっとヨハンとイオリが見つけてくれるわ」
エリカのポケットから、少しだけワトソンが顔を出す。
「ここにいるよ」
「無事……ではなさそうだけど大丈夫みたいですわね。それにしても……ずいぶんと思い切った行動に出たものですね、お嬢様」
「ワトソンもコーデリアも、わたしの大切な家族よ。それを奪われたなら助けたいと思うのは、当然じゃない? ……よし、開いたわ」
エリカは兎の人形を抱えて、胸ポケットにしまいこむ。
「あと一つ、回るところがあるの。それが終わったら、ヨハンの家に戻るから、それまで辛抱してて」
エリカは何事もなかったという風に監獄を後にした。
最後の監獄は外れた。ということは、ヨハンとイオリの担当する監獄に、ワトソンとコーデリアの本体、エイナルが投獄されているのだ。
「戻るわね」
「ええ」
「くれぐれも、お気をつけて」
ポケットの中には、従者が二人、突っ込んである。助けたいと強く願った家族が、ここにいるのだ。それも、圧倒的な力量を持つ敵に対して、救い出すことができたのだ。英雄になったつもりはさらさらないが、エリカにはひそかな達成感が生まれた。
このまま、覚えた地図通り、ヨハンの家を目指す。
フードから髪がこぼれないように、ポケットから人形がはみ出ないように(もし人形が落ちて信徒に見られようものなら混乱どころではない)、信徒ではないことをさとられないように。エリカの演技は、完璧だった。
「そこの子」
肩を、掴まれた。




