五章-1
五、
リオンではなく、ただの信徒が朝食を届けに来た。小さな瓶の水と、味のないビスケット。エリカはヨハンからそれを半分もらって口にした。もう、この味気のない食事にもなじんでしまった。イオリはあくまで紙を媒体にしたかりものなので、食物を摂取する必要がなかった。
「さて、昨日の作戦はちゃんと頭に入ってる? 質問なら今のうちですよ~」
人を三人ほど救出するという作戦を開始する直前であっても、ヨハンの声は相変わらず間が抜けていた。
「大丈夫よ。地図も必要ないくらいだわ」
「そりゃ頼もしい」
ヨハンはそういって、エリカの頭をなでる。
今のエリカは、信徒に扮した状態である。自慢の黒髪は適当にまとめてフードの中に覆い隠してある。厳選に厳選を重ねた黒いドレスは脱ぎ、ヨハンに支給された淡色の衣装を着た。幹部クラスの人間は、これくらいの変装でごまかせるような性格ではない。だが、多少の時間稼ぎと目くらましにはなる。
「君の行く道筋は比較的簡単な場所で、それほどめんどくさくないのを選んだ。とはいえ、用心するにこしたことはないからね」
「心得てるわ」
「勇ましいことで。んじゃ、作戦開始ですよ」
ヨハンはよれよれの白衣をなびかせ、のろのろと家を出た。ここから十分カウントして、エリカが自分の示された道をたどるのだ。
怖くないわけじゃない。失敗したら、捕まったら、間に合わなかったら……不安が迫ってきて、心臓が早鐘を打つ。ポケットに突っ込んだ鍵束と折りたたんだ地図にふれる。不安を打ち消すためには、前向きなことを考える。それでも消えないのだ。
「大丈夫」
イオリが、エリカの肩に触れた。エリカは不安げな顔でイオリを見上げる。子供をあやすように、穏やかに微笑んでいる。
「助けるんでしょ?」
「うん……」
「それで、今までの幸せな時間を取り戻すんでしょう?」
「……そうよ」
「なら、そのために、余計なことは考えずにいなさい。何としてでも、やり遂げるという意志が、君に成功をもたらしてくれるよ」
「やってみる。イオリはすごいのね。少し、不安が消えてるわ」
「だてに、先生やってないからね」
「次は、イオリの授業も受けてみたいわ」
「終わったらいくらでもやってあげる。今は、みんなを助けることに集中しなさい」
「……うん」
深呼吸して、気分を鎮める。落ち着いたようだ。
十分経った。エリカはノブに手をかける。今度は、自分が行く番だ。
「エリカ」
イオリの声に、振り向いた。
「気を付けて」
エリカは強く頷き、早足で歩いて行った。




