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間章

   間 章


 薄暗い監獄の中に入れられた。両手は後ろ手に手錠をかけられ、白色の椅子に無理やり座らされている。時々立たせてはもらえるけれど、ほとんど動かしていない体はすでに悲鳴を上げている。

 自分を取り囲むように、周囲にはぼんやりした白い光が灯っている。他には、幹部が何人も自分を監視しているのだろう。

 時間がわからない。拘束してここに連れて来られてから、どれほどの時間を割かれて尋問されているのだろう。ここには時計がない。自分の体内時計を狂わせるために、あえて時間のわかるものを消している。

 同じような問答を繰り返される。反逆者、裏切り者、天敵、悪魔、人でなし。問答や尋問と言うよりはただの罵倒だ。人格否定をすることで、その人の精神を、時間をかけてすり減らす。

 最初は威勢のよかった自分も、さすがに長時間のやり合いは疲れる。疲弊して心が死ぬ。耳をふさぎたくなるような言葉の棘に侵食される。罵声に抵抗する気力もない。何も感じないように、心をシャットダウンしてしまえばそれはそれで楽になる。

 それをしないのは、多少の可能性に賭けているから。小さな女の子を旧友に届けて、彼が動いてくれるかという可能性に、いまだにすがりついている。

 彼は面倒がりやで理屈屋だから、きっと放置する。彼の性分を考えるなら、別の人間の所にあの子を送り届ければよかったのかもしれない。だけど、あの子を任せることができるのは誰だろうと考えたとき、真っ先に思い浮かんだのはくたびれた白衣を着た研究者の彼だった。だからあの子に時計を渡し、彼の場所へと送り届けた。

 自分が助かろうと考える前に、あの子の安全を最初に考えた。そのすぐ後で、自分は助からない、守ってくれていた二人も道連れになると、ひどく後悔した。そして自身のことを案じた自分に、激しく怒った。殴りたくなるほどに憎んだ。

 あの子のことは問題ない。選んだ旧友は、なんだかんだ言って頼まれれば引き受けてくれる。……あの時も、理屈と友人の身を案じて一見冷酷なことを言いながら、最後は自分のわがままをのんでくれた。

 

 疲れ切った心に、幹部たちの声はほとんど聞こえない。それでも耳がかすかに音を聞き取り、頭が何を言っていたのか理解していく。罵倒による精神破壊は、いまだ続いているのだ。

 急に、あの子のことを言い出した。自分だけでは飽き足らず、あの子のことまで侮辱し始めた。自分のことより、親しい仲のことをやり玉にして破壊することを思いついたらしい。

 ふっと、うなだれていた顔をあげる。鏡で一度見て見たい気がする。疲れきって、今にも死にそうな、間抜けな自分の顔を。幹部には、上がった自分の顔がどう映っているのだろう。怒りを、この上ない激怒を感じてくれればいいのだけれど。

 自分のことをいくら言われたって構わない。実際、そう罵られるほどのことはしてきたと分かっている。反逆はした、裏切りもした、幹部にとっては天敵で、悪魔のような所業をしてきたと言えなくもない。それだけのことをぶつけられる覚悟で、自分はここにいる。

 だが、あの子は何もしていない。あの子のことを言われもない罪で罵るのだけは許さなかった。旧友のことも、自分についてきてくれた従者も、屈辱の言葉をぶつけられるいわれなどない。

 皮肉なことに、自分ではない他の人間が標的にされたことで、自分の精神の疲弊が少しだけ癒された。

 疲弊した精神は抵抗心を失う。そうすれば、幹部にとってはいろいろと手間がかからず楽なのだ。自分の精神が完全に壊れたとき、幹部は魂を人形に移し、人間の体を焼却処分するだろう。

 人の尊厳も心への敬愛もない、許されない行為だ。それを自分は見てきたから、反逆者として裏切ったのだ。

 教祖のことに身を削るあまり、教祖の本心を省みない幹部には、この些細な抵抗がどういう意味なのか分かるまい。分かって欲しくもないのだ。

 明かりが消えた。今回の分の尋問は終わるらしい。椅子から蹴落とされ、冷たい床に倒れる。座りっぱなしだった体は、ちっともいうことを聞いてくれない。手錠はかかったままで、足枷もはめられている。まともに起き上がることも困難だ。

 それが却って好都合かもしれない。どんなにひどい環境でも、横になれる場があるならそれだけでいい。

 精神は思った以上に侵食され、疲れ切っている。睡眠だけで回復するとは思っていなかったが、ここはひとつ、睡魔と一緒に遊びに行くことにした。


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