間章
間 章
淡色な部屋に放り込まれた。この教団は、牢獄でも淡色であることにこだわり続けるらしかった。
さっきまでは人間でいられたのに、兎の人形でしかなくなった私は、ここで寂しく時間を過ごすことになった。本体は幹部が奪っていったっきりだし、彼ともあの人ともひき離されて、一人っきりだ。
あの人が捕まったとき、お嬢様はいなかった。きっと、うまく逃がすことができたのだろう。希望はついえていないことに、ほっとした。
私はたぶん、翌日にはまた大衆の前で暴行を受け、醜態をさらされるのだろう。人間の女の体ではないから、ぼろぼろになった人形にされる。人間のままでも、おなじく暴力を受けるだろう。別の意味での乱暴はしない。『月』は性別を否定している。幹部たちの思惑など知ったことではないが、性別の概念がない信徒たちにそういった暴行を見せたところで誰も恐怖を覚えない。皮肉なことだ。
「コーデリア」
聞き覚えのある声がした。隣の牢獄から聞こえてきた。ぼろぼろになった猫の人形だ。
「ワトソン。大丈夫……ではなさそうね」
「そうでもないよ。人形だから痛くない」
「こんな時は、人形の体が便利で仕方ないわね」
「まあね。だけど、痛みを感じない体とは、はやいところおさらばしたかった」
おそらく彼も、無知で無垢な信徒たちの前で、幹部の手により暴行を受けたのだろう。『月』に属する信徒たちにとって、人形というのはこれ以上ない恐怖だ。そして、自分がその人形になって、人間の体を捨てられるのを何より恐れている。
人形であるから痛覚はない。それはそれで便利だけれど、私も彼も、やっぱり元の人間の体の方がよかった。
痛みもあれば、快楽もある。痛みを感じない人間は冷たくなると、あの人は言っていた。その言葉が、今でも私と彼の心に根付いている。
「あの人はどうなったの?」
「分からない。捕まった後、あの人だけ特別招待だったようでね。僕らよりひどいことをされるのはわかる」
「そしてそのひどいことは、心に関することだってのもわかる」
幹部たちは、あの人の身柄を拘束し、精神的な拷問をするのだろう。……あの子にしたことと同じことを、あの人にする。
心の否定。『月』は否定ばかりだ。
「どこに行ったんだろうね」
「さあ……。どっちに転んでも、あの人のご友人に行きつくけれど」
「時間の問題だよね。僕らのことも、あの人のことも」
牢獄越しに、私と彼は会話する。
『月』は、教団に異を唱えるものには容赦がない。それが身内から出たとなれば、なおさらのこと。あの人の友人の一人が、幹部の身内だった。しかも幹部レベルの友人を持っていたため、教団側としてはあの人の反乱はとうてい許せるものではなかったに違いない。
あの人は、聡明で穏やかだ。過激的な人も、隠居していた人も、傍観を決め込んでいた人も、みんなあの人の言葉に救われ、役目を思い出した。私も彼も、そのうちの一人。
だから、あの人のために私たちは何かをしたい。今はあの人を助けたい。
そのために、あの子を保護することになった、あの人の友人の誰かが行動しなければいけない。
「……大丈夫」
「ワトソン?」
「僕らの見てきたご友人たちは、みんないい人だったじゃないか。こっちの気が引けるくらい、尊敬に値するくらい、さ」
猫の人形はそう私を励ました。
「そうね」
人形は表情を変えられない。けれど、私も彼も笑っているのだろう。
決断がどちらへ傾くのか、はっきり示されない以上、私たちは、ご友人を信じて待つしかない。




