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序章

    序 章

 

 今にして思えば、なんて無謀だったんだろう。そう思っている。だが、その時は、なんでもできると信じ込んでいた。思い込みというものはいやはや恐ろしい。

 なんでもできると、いい年こいたおっさんになった今でもそう思っていられるのは、あいつ一人しかいない。

 目を閉じると、浮かんでくるのは、あの光景。

 すっきりと淡色で埋め尽くされたこの空間に、おぞましげにうごめく炎があちこちに散らばっている。無駄のない構造の建物は、その体をなしてはおらず、破壊の爪痕が鋭く残る。外から眺めても、中をこうして観察しても、もうすぐ崩壊するのはわかりきったことだ。こうしたのは、半分は自分たちで、もう半分くらいは、向こうだ。

 意味のない破壊なんかじゃない。あれらを相手どって、破壊をもくろんでまで成し遂げるべき目的や大義が、確かにあった。

 だけれど、それもちっとも叶いやしなかった。目的を果たすことができたのは、全体の1パーセントのみ。その1パーセントも、もろく崩れそうだ。

「早くしろ! もうその子は諦めろ!」

 必死で叫んでも、彼は首を横に振る。痩せ細った両腕で大切に抱えているのは、小さな小さな子供だった。

「まだ生きてる。だから、運ぶよ」

 こちらをしっかりと見据えて、そう答えて見せた。よくもそんな強がり言えたもんだ。おまえは、俺たちの中では一番ひょろくて非力で役立たずだというのに。

「このアホ! てめーの棒っきれみてーな細っこい腕でそんな子供を守れるかってんだよ! 現実を見ろ」

「見てるよ。見たうえで言ってる」

「本気か? もう追手がそこまで来てんだぞ? 足止めしてくれてる二人は? 今でも中に残って内部工作してくれてる奴は? 苦労して苦労して、やっと目的を果たせたと思ったら、俺たちの得たものなんてその子供一人だけだろう」

「子供に罪はない」

「ここに収容されてる人間で罪のある人間なんていねえよ! いいから捨てろ!」

 自分でも残酷だと分かっている。普段の自分なら、子供を捨てて逃げろとは、怖くて言えやしない。目の前の男は、悲しげに瞳を揺らす。

「ダメだよ。ここまで苦労したからこそ、たった一人でも、助けるんだ」

 いつもは小心者で臆病で、そのくせ一度決めたら意志を貫くこの阿呆を、自分は殴ることができない。人の世の汚濁にまみれきった自分がいたたまれなくなるくらい、男は清純だった。ここまで頑固に断言したら、自分が何を言っても、……ひょっとしたら、誰に何を言われても考えを曲げないだろう。

 ため息ひとつ、子供をひったくった。

「あ、何っ!」

「腕力のないお前が運んだんじゃ不安だ。俺がおぶってってやるから、お前は全力で走れ」

 無理やり捨てられると思ったのだろう。しかしその不安は消え、力強く頷いた。

「行くぞ。三人に連絡頼む」

「うん」

 男は空いた耳に当てていた通信機に軽く触れる。

「みんな、ご苦労様! あとは全力で逃げて!」

 そういって、みんな、この崩壊寸前の建物から、脱出した。


またもラノベ新人賞一次落ちのものを掲載していきます。末永くおつきあいくださいませませ。

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