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 記憶の中。


 奥底にある、あの日。





  



 曇天。

 雪まで降りそうな重い雲。

 木枯らしが吹いていた。

 母さんに買ってもらった髑髏がコラージュされたマフラーでも、寒さは首元に染みるように感じた。

 その黒地に白い髑髏に、×××は笑ったのだ。

 まるで本物のようだな、と。

 クリスマスにコレを送る母はなかなか粋だな。

「正確には母さんじゃないよ」

「ほう」

「”サンタさん”がくれたんだ」

「そうか。君はまだ”サンタさん”を信じているのだな」

 意地悪に笑う。

 その顔は綺麗だけど、少しイライラする。

「”サンタさん”母さんに頼んで買ってきてくれた、だって」

「そうか」

 ×××は納得したように頷いた。

 探偵が証拠を掴んだように、大真面目に何度も。

 ボクはそれに反論できるわけも無く、無意識にそのマフラーを口もとまで上げる。

 毛糸で編まれたマフラーはボクが欲しいと母に漏らしたものだ。

 そうしたら、クリスマスにそのマフラーが、まさに自分が欲しいと言ったショップの紙袋に包まれて枕元に置かれていたのだ。

 それでも、ボクはそれを嬉しいと思った。

 母さんが覚えてくれていたのだから、それで良いと思った。

 なのに、×××はそれを笑う。

「今日、地元に帰るから」

「その挨拶に来てくれたのだな。感謝を述べよう。そして詫びよう。今は家の中は大変なことになっていてな。暖炉に暖まってもらおうとも、できないのだ。火を入れた瞬間にカーテンか本かクマのぬいぐるみにでも引火して火災になってしまう」

 一般的な住宅街の中にぽつんと立つ洋館。

 うっそうとした木々は日を拒む。

 って、この時期に掃除中かよ。

 でも、×××は手に竹箒を持って枯葉を掃いていたから、間違いでは無いのだろう。

 今年の冬は暖冬で、紅葉も落葉も季節がずれてしまったから、年越した後もハラハラと緑のまま地面に落ちていた。

 じいちゃんに呼ばれて、東京からこの街に年越ししにやってきた。

 三が日が今日で終わって、帰って、父さんは明日から仕事だって。

 俺はあとちょっと、冬休みを楽しむ。

 マフラーは、ここに来る前に貰った新品ってやつ。

「”サンタさん”はいいな。君にそう無理やりにでも信じて貰える。でも、私は誰一人として覚えても貰えない」

「なんで」

「さあ? それが私の限界なんだろう」

 限界。

 さらっと、そんな言葉を口にする×××。

「お前なんでそんな年寄りみたいに悲観してんのさ。母さんより全然下じゃん」

「君の母は幾つだ」

「二十八」

 ボクは母さんが十八歳の時の子供だ。

 でも、×××はどう見ても大人じゃなかった。

 見た目は十代だ。

 高校生とか、大学生とか。

 それ位だと思ってた。

「そうだな、永遠の十七歳とでも言っておこうか」

「そういう表現、超おばさん発言だよ」

「おばさん発言は撤回しよう。まあ、どうとでも捉えたら良い」

 そして、再び探偵のような頷き一つ。

 行動全てがうさんくさい。

 何か、全てが嘘っぽい。

 ”サンタさん”以上に、信じてはいけないような頷き。

「では、君が私の今の年齢を考えればいい」

「……は?」

「君が思う私の年齢だ。素直に言えば良いではないか。幾つでも良いぞ。それは私は歓迎する」

「歓迎って……」

 大げさじゃないか。

 でも、彼女は腕を組んでその答えを待ち望んでるみたいで、ボクは大きくため息をつく。

 その白い息はすぐ木枯らしに飛ばされる。

 寒いな。

 挨拶に来ただけなのに、長話をしちゃったか。

「さあ、言いたまえ」

「えー……じゃあ、俺と同い年」

「……ほう」

 投げやりに言った年齢に、×××は驚いたようだった。

 そう、俺と同い年。

「それでは、私は君と同じ十歳」

「ということになる」

 どう見ても、身長も全てが上に人間に同い年なんて皮肉も何も無い。

 でも、×××はそんなこと怒らないことはボクが知っている。

 むしろ、それに楽しむ。

 彼女はそういうやつだ。

「だからさ、×××。永遠の十七歳はみんな引くから止めなよ」

「ふむ、そうだな。私は君と同じ十歳だ」

「あー、でもそれの方がおかしいかな……」

「いいのだ。君が決めてくれた。”サンタさん”を信じている君が決めてくれたのだ。私はこれで行こう」

 これで行こう。

 意味が分からない。

 ああ、やっぱり永遠の十七歳の方が。

「そんな君に、私は言わなくてはいけないことがある」

 唐突に、そんな言葉だ。

 テンポ崩される。

 だから、×××は友達少ないんだよ……。

 ボクは前髪を気にしながら×××の言葉を待った。


「君が私を思い出すのは、ちょうど三千日後だ」


 言いきった。

 しかも、何だ。

 思い出すって。

「そう、文字通り思い出すのだ」

 再び、言いきった。

 確かに俺は今日東京に帰る。

 でも、その中でもじいちゃんちでやった事は思い出す。

 年越しで除夜の鐘を突いたこととか、栗きんとんが激甘とか、お年玉が多いとか。

 その中に、もちろん×××のこともあるはずだ。

「大丈夫。君はきっと思い出してくれる。私が保証しよう」

 そして、頷く。

 新発見したのでは無く、事件の終末を言い終わった時のように。

「三千日後だ」

 そのまま、竹箒を木に立てかけて入口へ向かっていく。

 つまりは家の中に入ろうと……って、言い逃げかよ!

「×××!」

「さあ、君は家に帰りたまえ。同い年なら、私の気持ちも分かってくれ」

 意味わかんねえ。

 全く持って意味が分からない。

 やっぱ同い年っていうんじゃなかった。

 ただ、さよならって言いに来ただけ。

「さよなら」

 言ったのは、×××だった。

 その瞬間、木枯らしが一段と強く吹いて、纏められた枯葉を一瞬にして舞いあげた。

 冷たい。

 何だ、それ。

 さみしいじゃんか。

「泣き顔は見たいのか?」

 くすんだ金色のドアノブに手をかけながら、視線は下に向けて、彼女はこちらを見なかった。

 長い黒髪が風に舞う。

「私は、君が去るのがさみしいのだ」

 だから、早く行ってくれ。

 そう、聞こえた。

 ボクの幻聴かも知れないけど、そんな感じがした。

 だから、その背中に言った。

「さよなら」

「ああ、さよならだ」

 そう返ってきた。

 だから、俺は踵を返してじいちゃんちに戻ることにした。

 木枯らしは冷たい。

 頬が切れるんじゃないかって位に痛い。

 ”サンタさん”が頼んで母さんが買ってくれたマフラーまで飛ばされそうだ。

 アスファルトの上を枯葉が舞う。

 振り向いても洋館も、木々も見えない。

 涙は出ない。

 強い風に当たって、水分が無くなりそうなくらい乾燥してる。

 さよなら、したから。

 それがどれ位先のことか計算できないボクは、ただ3000という数字だけを繰り返し呟く。

 じいちゃんちに帰ると、もう父さんが車を暖めて待ってた。

「三千日後」

 風に乗って、×××の声がした。

 じいちゃんにさよなら言って、車に乗り込む。

 後部座席に体を滑りこませて、ほうと息を吐く。

 体が冷たくなってたのが分かる。

 車のシートですら、今のボクにとってはホッカイロみたいなもんだ。

 やっと、マフラーを外せる。

 粋なプレゼント。

 おかしな表現だ。

 じっと、そのマフラーを観察する。

 白い髑髏。

 その顔がにやりと、いや、ぐにゃりと歪んだ気がした。

「どこに行ってたの」

「へ?」

「お父さん待ってたのよ。遅い遅いって。渋滞に巻き込まれるからって」

 交通渋滞の心配だったのか。

 決してボクの心配では無いらしい。

「ほら、あそこに行ってたんだ。挨拶しに」

「あそこって」

「第三公園右に曲がってちょっと行くとさ、古い家あるじゃん。何だろ、洋風な屋敷」

「あの辺は新興住宅街だぞ。全部新築の家しか無い」

 運転席から、父さんが笑った。

 新築、じゃないよな、あの家は。

「で、誰にさよなら言ったんだ?」

「……誰って、だからさ、あいつだよ。その家に住んでる、黒髪の」

「名前は?」

 名前は。

 名前。

 そう、名前だ。

 さっきまで話してた、あの洋館の主だ。

 永遠の十七歳で、今はボクと同じ年の、黒髪の彼女。

 その、名前は……。

「誰、だっけ」

「知らないわよ、そんなの」

 母さんが呆れ顔で俺のマフラーを畳み始めた。

 髑髏が笑う。

 そう、彼女みたいに今にもうんうんと頷きそうな表情だ。

 このマフラーって、こんな顔してたっけ。

「夢でも見てたんだな。俺も子供の時はそんなことばっかりだ」

「アナタのはたばぼんやりしてたんじゃないの」

「そうとも言う」

「なーにーそれー」

 ケラケラと盛り上がる車内。

 その中で、ボクはぼんやり思い出す。

 除夜の鐘の低い音。

 おせちの栗きんとんの甘さ。

 じいちゃんから奮発して貰ったお年玉。


(「君が私を思い出すのは、ちょうど三千日後だ」)


 どこかで聞いた言葉。

 誰からがボクに言った言葉だ。

 三千日ってどんくらいだろう。

 そして、思い出すって、何だろう。






 きっと、ボクは何かを忘れてしまってるのだから。

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