駄菓子屋の英雄
駄菓子屋というものは、不思議な場所であった。
お菓子を売っているのはたしかなのだが、子どもたちが本当に買いに行っているのは、もっと別の何かだったような気がする。
友達の顔だったり、うわさ話だったり、あるいは自分がまだ世界の中心にいられる感覚だったり。そういうものが、あの狭い店の中に、ベビースターやフーセンガムと一緒に、ごちゃごちゃと詰まっていたのである。
そのすみっこに、ゲーム機があった。
光っていた。やけに光っていた。あの光は、子どもの財布のひもを確実にゆるめるために設計されているとしか思えない。
大人になってから考えると、あれはたいへんよく出来た罠であった。しかし子どものころの私には、そんなことはわからない。ただ光っているというだけで、もう足が吸い寄せられていくのである。
だが、そのゲームは、ひどかった。
悪意の塊で搾取のシステムと断じることもできる鬼畜ゲームであった。
鬼畜ゲーム、という言葉が、こんなに正確に当てはまることもそうそうない。
たとえば、コナミが1989年に出した『グラディウスIII』というシューティングゲームがある。宇宙船を操って敵の要塞に突っ込んでいく、あの有名なやつである。全部で10面あり、クリアまでに1時間以上かかる。しかも一回でも死ぬと、ほぼ立て直しがきかない箇所が何か所もある。
おまけに当たり判定がおかしく、どう見ても当たっていないところで死ぬのである。見た目では絶対に当たっていない。なのに死ぬ。
これは詐欺である。
7面には火山地帯がある。
そこを飛ぶ溶岩というのがまた厄介で、撃てば分裂し、さらに撃てばまた分裂し、最終的には破壊することすらできない弾になって画面中を飛び回るのである。
下手に撃とうものなら、画面の8割が破砕された弾幕で埋め尽くされる。比喩表現ではない。本当に8割埋まるのである。
その火の玉に埋まる画面はさながら地獄である、ソレをやるのは鬼畜である、いったいだれがそのようなものをかわせるのか、と当時の子どもたちは思ったものである。
思ったのだが、かわしている子どもが実際にいたのだから、話はややこしい。
そしてその中でも語り草になっているのが9面のキューブラッシュである。
99個のキューブがランダムで押し寄せてくる。一応法則はあるらしいのだが、見極めるのが非常に困難で、運と高度な技術の両方を要求されるため、ここで足止めを食らってクリアできなかった人が続出した。
そもそも9面にたどり着くこと自体が相当難しく、2面や3面でギブアップした人も多い。リリース直後の一ヶ月間、全国のシューターが誰一人クリアできなかったと言われているのだから、その鬼畜ぶりは本物である。
ナムコの『妖怪道中記』も似たようなものであった。いや、ある意味ではグラディウスより性質が悪かったかもしれない。
こちらは地獄を旅するわんぱく少年たろすけが主人公で、見た目はたいへんかわいい。
しかし中身は全くかわいくない。まず「地獄火」という永久パターン防止キャラが出てくるのだが、これがどんなに急いでプレイしても10分以内にはクリアできないゲームなのに、10分経過すると自動的に出現するという設計になっている。つまり、ふつうに遊んでいるだけで必ず出てくるのである。しかも触れたら一撃死。時間が経てば速くなり、数も増える。これはもはや嫌がらせである。
さらに2面では青鬼が「持ち物全部を渡せば通してやる」と言ってくる。素直に渡すと、渡したのに通してくれない。結局戦うことになり、しかも没収された持ち物は返ってこない。
3面では亀を助けるのに3万両必要で、苦労して払って竜宮城へ行くと今度は玉手箱を渡される。開けると運が悪ければたろすけがジジイになる。ジジイになると移動は遅くなり、攻撃は一切できなくなり、時間経過で体力が減り続ける。元に戻すには次のステージで1万両必要なのだが、そのステージの開幕には所持金を奪ってくる鬼が2匹待ち構えているのだから、もうどうしろというのである。
敵の出現もランダムで、さっきは大丈夫だったのに今回は急に複数体がいっぺんに飛んでくる、ということが平気で起きる。
どんなに覚えても、運一つで崩される。まさに地獄の道中であった。
子ども心に、地獄には鬼しかいないと思ったものである。ゲームをやってみて、その確信はいっそう深まった。
渡る世間は鬼はなし、ではない、鬼ばかり、であると。
それでも、あの時代にゲームをやっていた子どもたちというのは、みんなそういうゲームを当たり前みたいな顔でやっていたのである。
コインを一枚入れて、涼しい顔で最後まで行ってしまう。
キューブラッシュをすり抜け、たろすけを地獄の向こうまで連れていく。うまい子もいれば、もっとうまい子もいる。 下手な子もうまい子を見ていて それなりに上手くなっている。
でもどの子も、「べつに大したことじゃないし」という顔をしているのである。大したことじゃない、という顔を、みんなそろって、している。
今になって思うと、あれはとんでもないことであった。ふつうの人間が、何百回練習しようと、たどり着けるかどうかわからない領域に、あの子たちはごく当然の顔で立っていたのである。
しかもそれが、一人や二人の話ではない。駄菓子屋のまえに集まってくるゲームをやる連中は、みんなそろってそのレベルなのだから、あの時代というのは一体どうなっていたのだろうと思う。
たぶん、むずかしいことを涼しい顔でやってのける子どもが、もともとどこにでもいたのだと思う。
あの駄菓子屋のすみっこで、ガムの袋をポケットに突っ込みながら、平然と神様みたいなことをやっていた子どもたちは、自分がどれほどのことをしていたか、きっと今でも知らないでいると思う。
それがまた、たまらなくいいのである。




