なんて買い物上手な僕~episode5~
「おい、カクサキス。お前を買ったぞ」
「カクサニウスでございます。私ごときに50アレスも出していただき、ありがとうございます。それだけの価値を見せて差し上げます」
「いや、お前はタダだ」
「は?」
「そっちの母娘を200アレスで買ったら、サービスで付けてもらった」
「は?」
「いや~、ここの奴隷商人のサービスはいいな。また買いに来よう」
「え? 私はおまけですか」
「そう言っているではないか。理解力のない奴だな。いいから、早く来い。あとのサービス品はどこだ?」
「こちらでございます」
僕は母娘、そしてカクサニウスを従え、一番隅の檻に行くと、ぐったりとした子どもたちがいた。
「えっと、そうそう、こいつとこいつです。姉弟です」
やせ細り、ぐったりとした子どもたちだ。
「生きが悪いぞ」
「今はちょっと弱ってますが食事を取らせてしばらくおけば元気になるかもしれません」
語尾がちょっと聞こえなかったが、飯を食わせれば元気になるということか。問題ないな。
「よし。この母娘は問題ないな。…このでかいのと姉弟は臭いから洗って、もうちょっときれいな貫頭衣を着させて連れて来い」
「臭い。女の子に面と向かって臭い…。そりゃ今はゴツイ男だけど…」
カクサニウスが女の子がどうしたと呟いている。やせ細ってはいるが姉弟は僕と同じくらいの歳だ。女の子が裸にされて乱暴に洗われるのを見るのは戦士として忍びないのだろう。なかなか立派な奴だ。
買い物も終わったし、ジェノベチアに帰るか。
ブドウ園の横にある離れに新しく購入した奴隷五人と護衛を連れてやってきた。姉弟の奴隷はカクサニウスが両手で抱きかかえている。
「ヒトウ、ヒトウはいるか」
「はい。ヒ・トゥはここにおります」
「この姉弟、ちょっと弱ってるから診てくれ。それが終わったら、こっちの母娘とごっついのも診てやってくれ」
「…はい、ご主人様。ヒトゥがしっかりと受けたまわりました」
「ああ、頼むぞヒトウ」
少し離れたところにいたヒトウの娘たちが満面の笑みを浮かべている。奴隷たちの笑顔が絶えないのは住む環境を良くしている主人のおかげだと聞いたことがある。おや、一番下の娘が胃をおさえて俯いている。腹が痛いのに出迎えに出てきたのか。感心な奴だ。
「もうママ、ヒトウでいいよ」
「ヒトウ・ハンノキ」
「日本に秘湯榛の木とかいう温泉がありそう」
「うん、ありそう」
「今なら秘湯のテルマエ榛の木だね」
「いいね」
「秘湯と公衆浴場ってかぶってない」
「いいの、雰囲気だから」
「バカ言ってないで、パパはベッドの用意して」
「僕も手伝ってやるぞ」
「ご主人様はその大きいのを連れて、周辺の警備をお願いします。お強い方が周りを守ってくださるととても心強いですから」
「そうか、そうだろう。よし行くぞ。カクサキス」
「うわぁ、アニサキスっぽい名前。腹痛起こしそう」
アリッサの声が聞こえたのだろうか。カクサキスという名の奴隷が凄い目で睨んできた。めっちゃ怖い。
「…あとで話がある」
殺される? まさか八歳の子に欲情する変態じゃないよね。アリッサは涙目になった。
「大丈夫、必ず守ってやる。…ルキウス様に言いつけて」
そう、パパは戦える人じゃないものね。
「この姉弟は栄養失調に脱水症状、それに何か他の原因もあるわね。サーラ、ツユクサとワレモコウを煎じて。エレナ、経口補水液を作って。アリッサはお湯を沸かして」
「アリッサ、私も手伝う」
「えっ、誰?」
「ジュリアよ」
「えっ、髪がない。それに金髪!」
「こういうのは髪を切ったというのよ。髪は黒く塗ってたの。金髪だと目立つから」
「レティシアさんも腰まであった黒髪が男性よりも短い金髪になってて」
「私たちの元々の髪の色です。今までは染めていたのですが、ルキアス様が奴隷商人から買い取って下さったあと、身体を洗うように言われ、髪の色がばれたのです。金髪だとわかると、いろいろまずいからと髪を切り、帽子をかぶってジェノベチアまで帰ってきたのです」
「はい、そんな話はあと! お湯は湧いた?」
「ちょうと湧いた」
「身体を拭くよ。お湯を持ってきて」
姉弟ともやせ細った身体だ。精神年齢が高い私たちにとって、姉弟の裸を見ても恥ずかしくはない。全身を拭き、用意したベッドに座らせ、まずは経口補水液を飲ませる。
「一口ずつ飲ませるかっらゆっくり飲んで。貴重な蜂蜜も使ってんだから、こぼしちゃダメよ」
コップに少しずつ入れて飲ませる。
「…美味しい」
「よかった。ほら、あとはこの量ずつ、少し時間を空けながら全部飲んで」
姉弟はエレナが作った経口補水液を全部飲むとベッドに横になった。そこにサーラがツユクサとワレモコウを煎じたものを持ってきた。
「さあ飲んで。ちょっと飲みにくいけど、これは熱さまし。これは下痢止め。残しちゃダメよ」
「ゆっくり寝なさい。起きたら、温かいスープをあげるわ」
「ママ、こっちはどうする」
ハンノキ一家は母娘の話を聞くことにした。
レティシアは北の蛮族から友好の証として嫁いできて、カルタニアでは見かけない金髪で青い目の女性ということもあり、バレれば真っ先にいたぶられる恐れがあった。そのため、髪の色を染めて変えていたようだ。嫁ぎ先についても、カルタニア王の従弟の婚子外の三男に嫁いできたとのこと。血筋的には王族とはされないが、仕事ができる男で、それなりに重要な内政の仕事をしていたらしい。
レティシアは鮮やかな金髪、ジュリアは濃い金髪と言っていいだろう。よくバレなかったものだ。
「燃える泥を塗っていたのです。臭いもして、男除けにもよかったです」
「どおりで石油臭かったんだ」
「髪の毛、痛みそう」
「よく見ると髪、ゴワゴワだよね」
「作ったばかりのシャンプーとクリームあったよね」
「洗いなおしてあげようか」
「賛成」
「ルキアス様はあななたちの髪を見て、何かおっしゃってなかった?」
「金髪とはと少し驚いて、北方から来たと言ったら納得してくださったわ」
「それで」
「王の従弟と愛人の間にできた三男の嫁だったと言ったら、身分的にはバレても問題はないだろう、ただ、金髪の女は最近は需要があるから隠しておけって」
ロウムス帝国では一般的に少し浅黒い肌、濃い色の髪と瞳が好まれるが、近頃、金髪の奴隷ばかりを集めている高位貴族がいるという噂はルキアスのもとにも届いていた。
「我々も買われてから短いが、ルキアス様はよいご主人なのは間違いない。本宅の奴隷たちも養生が明るいし、庭師や洗濯婦など年配の者たちの多くは解放奴隷だ。カエサル家ではきちんと働いていれば必ず解放してくれるらしい」
その頃、ルキアスは開いていた裏口から厨房を覗いていた。貴族がすることではないが匂いに負けたのだ。
「なんか、いい匂いがしてるな。何をつくっている」
館の料理人をしている解放奴隷の息子が厨房にいた。
「はい、今日、市場に行ったところ、アトランス大陸からたった一隻だけ帰ってきた船が持ち帰った種から育てたトマトという赤い実が手に入りまして、それをオリーブオイルで他の野菜と一緒に炒め、味付けした料理を作っていたところです」
「食べてみたのか」
「実はこのトマトという実、食べれるとは聞いたのですが怖くて、今はトマト以外の味見をしただけです」
「それをあの家族の父親と真ん中の娘だけに食べさせろ。他には絶対食べさせるなよ。そして明後日の僕の昼食に同じものを出せ」
あの者たちが大丈夫なら食べてもいいだろう。新しい素材の毒見は奴隷を使うに限る。
それから屋敷の周辺、ブドウ園の状態を見て戻った。屋敷にいる者たちを集めさせる。と言っても、先日購入した家族5人、料理人1人、離れの管理をしていた年老いた使用人夫婦に連れてきた奴隷たちと僕の護衛2人、そしてルーシェだけだ。
「3週間後、僕は十二歳になる。そうなるとこの離れを僕の屋敷として、ここで独立して生活することになる。お前たちは僕に仕える者たちだ。あとは家から執事が来るだけだから、お前たちで役割分担して屋敷の運営をやってもらうからな」
「承知いたしました。ところでルキウス様、連れてきたレティシアとジュリアは妹様のところに行かせるのでしょうか」
「ジュリアだけだ。レティシアはここだ。離れると言っても、歩いて数分だ。いつでも会える」
「今、寝かせてる姉弟はどうされますか」
「ここで雑用でもさせる」
「…そこの大きい方は?」
「こいつは家の警備だ。なかなか腕が立つらしい。カクサキニウス、カクサキス、カク…、面倒だなカクサンでいいか」
アリッサが胃をおさえて倒れた。やはり体調が悪いのか。奴隷家族四人が真っ赤になって、咳き込みながらアリッサを囲み、声をかけている。声をかけるというか咳き込んでいるぞ。病気ではないだろうな。
アリッサが笑いをこらえ崩れ落ちた。俺たちも笑いをごまかすためアリッサを助けるふりをして囲んだ。
「ヒィ~ッ、もうだめ。死んじゃう」
「格さん、格さんだって」
「助けて、助さん!」
「やめろ、俺の脳の血管を破裂させる気か」
「黄門様はいないの?」
「おい、聞こえたぞ。なぜ、俺の名前を知っている」
家族全員が一斉に僕を見た。
「コーモン様?」
「違う。コーエンだ。ルキアス・ミトゥア・ナットゥ・コーエン・イバラギール・カエサル。僕の正式な名だ」
「…神様」
「ルキアス・水戸は・納豆・黄門・イバラキール・カエサル様。…素晴らしい名です」
「この辛い世界に笑顔をもたらせてくれる。…神様に感謝です」
「仏様は笑いが世界を救うことを知ってらっしゃる」
「いくらなんでも…」
「おい、ヒトウ。イバラギールだ。キではないギだ」
五人が泣き始めた。カクサンまで跪いて泣いてる。僕の偉大なる名前に神に感謝しながらここまで感動するとは。
ホール内に泣き声がしばらく続いた。
「まあ、よい。レティシアとカクサンは置いていく。ジュリアも顔合わせしたら一回連れて帰ってやるから」
そう言うと、ジュリアを連れて護衛たちと本宅へと戻ることにした。
僕の名前を教えただけで神に感謝し涙する奴隷たち。ここまで崇められるとは。
自分が怖い。




