ある男の物語~スケチャ~
家族の長、スケチャの視点です。
俺は大学で金属・材料工学を学び、自動車関連の企業に就職した。多少の波風はあったがまあ順調に人生を過ごし四十歳を迎えようとしていた1995年9月のある日、事故に巻き込まれた。
南アジアで乗っていた高速列車が衝突事故を起こしたのだと思う。思うというのは高速列車に乗っていて、仏陀の遺跡が近くにあるなと外を見ているときに衝撃を感じ、次に意識をもった時には赤ちゃんになっていたからだ。これが輪廻転生だと思ったものだ。
そう思ったのも短い間だった。文明が古代文明、二千年は前のレベルなのだ。しかも太陽の位置や気候から考えるとアフリカ北部か西アジア。さらに知識が増えてくると、ここは地球ではない。
中学一年の娘が読んでいたラノベの異世界転生、しかもお約束の中世ではなく古代ではないか。しかも、お約束の魔法がある。とは言っても天変地異を引き起こすようなチートなものではなく、水や物質の抽出、小さな火を起こす、集音できる、視力20.0みたいに遠くのものが鮮明に見えるとかだ。ちょっと怖いのは魅了。より自分を魅力的に見せることができる。
ちなみに俺は自分が理解している物質なら抽出できる。
でも、悪い意味で中世ヨーロッパ的なところでなくて、ホッとしている。不衛生極まりない、そして、いびつな宗教観が支配する、人権などまるでない世界なんて最悪だ。古代ギリシャや古代ローマのようなこの世界の方が清潔だし、はるかにいい。
でも、ここはカルタニア? カルタゴっぽいぞ。それってローマ帝国に滅ぼされるのではないか。ああ、海の向こうにロウムス帝国という国があり、カルタニアと争っている。
決定。この国は滅ぼされます。どうしよう。
どうすれば逃げられるのか、そのためにはどのような力をつければいいのか、それだけを考えて十代半ばまで過ごしていた。幸い、俺の生まれたハンノキ家は上級市民だったので、それなりに豊かな生活ができていて。様々な書物にも目を通すことができた。学校にも通わせてもらった。
そんなある日、俺は学校で何気なく鼻歌を歌いながら歩いていたら、ものすごい勢いで手をつかまれた。びっくりして見ると、かなりかわいい子が物凄い目で俺を見ている。
「ちょっと来て」
俺が何をした?
人気がないところまで来ると、女の子は俺が歌っていた鼻歌を歌詞付きで歌い始めた。
「転生者!?」
「そう!」
女の子は泣きながら俺に抱きついてきた。
「あ゛え゛だぁ。あ゛え゛だぁ。」
涙、鼻水、涎を出しながら俺に抱きつき泣く姿にドン引きして、同じ日本からの転生者に会えた喜びを僕は出すことができなかった。
ようやく落ち着いて話を聞くと、何と同じ事故に遭っての転生だった。でも、生まれた年はちょうど一年違い、しかも彼女は前世では三十歳だった。彼女の名はヒトゥ、前世の名が瞳美だったから似てると泣きながら話してくれた。ところでまだ、鼻水も見えてるぞ。
「俺はスケチャ・ハンノキ。前世の名は茶木大輔。自動車関連メーカーに勤めていて四十歳だった。妻と娘が二人いた。出張中だったんだよね」
「私は喜多川瞳美。聖テレサ医科大学に勤めていた三十歳、独身。彼氏無し」
ヒトゥは前世、医学部を卒業し、研修医を経てようやく専門医としての目途がついてきた自分へのご褒美として夏季休暇を利用し旅行に出て、事故に遭ったのだという。
それから俺たち二人は前世について時間を設けては話し続けた。俺たちが恋に落ちるまで時間はかからなかった。俺たちはともに上級市民階級て、身分などもの障害もなく、結婚するまでそう時間はかからなかった。
娘が生まれた。名前をどうしようかと考えていたら、サーラという名が浮かんできた。
「この子はサーラと名付けよう」
「いい名ね」
かわいい。暇さえあれば抱いていたのだが、サーラは俺が抱きしめるのを嫌がる。なぜだ。終いには達観した目で俺を見ながら抱かれていた。
二年後、また、娘が生まれた。エレナと言う名が浮かんできた。
「この子の名はエレナだ」
おしめも積極的に替えてやるが、毎回、ギャン泣きされる。ウンチとかついて痒いのかなと思い、両足を持ち上げて見たりすると、エレナから凄い目つきで見られた。生後数か月の赤ちゃんの殺意ある眼。なぜだ。
サーラが生まれてから四年後、三女が生まれた。アリッサという名が浮かんできた。
「この子はアリッサだ」
サーラとエレナがこそこそ話している。
「絶対、この子もそうだよね」
何がそうなのだ。
三人とも、俺たちと何と同じ誕生日だ。翌年、五歳のサーラ、三歳のエレナ、一歳のアリッサを祝うべく、ヒトゥと誕生を祝う歌を初めて歌った。
「Happy birthday to you Happy birthday to you Happy birthday dear サーラ Happy birthday to you」
「Happy birthday to you Happy birthday to you Happy birthday dear エレナ Happy birthday to you」
「Happy birthday to you Happy birthday to you Happy birthday dear アリッサ Happy birthday to you」
サーラが真剣な顔で俺たちを見ている。大きく息をして、俺たちをじっと見つめた。
「パパ、ママ。…パパとママは転生者? この世界にこの歌はないよね。しかも英語」
「「えっ」」
「私、日本からの転生者なの」
「「えっ~!」」
「私、列車事故に遭って」
なんとサーラも同じ列車の乗り合わせていたのだ。サーラは飯田沙羅、前世では二十八歳の植物学の博士課程の学生だった。南アジアの香辛料などの植生の研究に訪れていた最中だったらしい。
「ママ、わたちも」
「うわあ~」
エレナもそうだった。エレナは新藤恵麗奈。エレナそのものだ。前世では二十五歳の化学薬品メーカーに勤めるリケジョで、やはり夏季休暇を利用し、友人と旅行中に事故に巻き込まれたようだ。
「「はあ」」
離乳食を食べているアリッサを見つめるとうなずいた。
「二十二歳?」
首を振る。
「二十三歳だ」
強く首を振る。
「二十歳」
にっこり笑う。かわいい。
「二十八に二十五、そして二十歳かあ」
俺がため息をつきながら言うと、みんなから凄い目で睨まれた。
「いや、変な意味じゃないよ。赤ちゃんから少しずつ成長していく姿を楽しみにしていたというか。…いや、よく今まで幼く演技して、俺たちに付き合ってくれてありがとう」
「パパ、前世の記憶はあるけど、この身体の遺伝子はパパとママからいただいたものだし、自分の両親としての愛情もすっごくあるし。ただ、パパやママと同じように前世も記憶があるだけだって言いたかっただけなのに。ため息だなんて、ひどい」
サーラが泣きながら出ていった。
「パパ、ひどいよ」
エレナが俺をひと睨みしてからサーラを追いかけていった。
「あなた、アリッサを見ていて」
ヒトゥも部屋を出ていく。彼女たちを傷付けてしまった。俺はどうすればいいのだろう。
遠くで何を話しているかわからないが三人の声がかすかに聞こえる。
「サーラ、ウソ泣き下手すぎ。あんなので騙されるのはパパぐらいよ」
「だってママ、二十八かぁって、すっごいおばさんみたいに言うんだもの。腹立つ」
「エレナも二十五でざんねんみたいにきこえたよ」
「そうよね。いくら私が三十だったからと言って、そんなに残念がらなくてもねぇ」
「ママ、三十だったの? パパは?」
「四十歳。しかも奥さんも子どももいた」
「きゃー、おじさんとけっこんしたの?」
「不倫、不倫なの?」
「今は二歳しか違わないわよ。それに現世では互いに初めてよ。失礼ね」
「でも、前世の四十歳が現世の十六歳と結婚して十七歳で子どもを産ませたの? 犯罪じゃん」
「いやいや、本当に色んなものを混同しないで」
「パパ、じつはろりこん?」
「この世界じゃ、あなたたちも十代半ばで結婚するのが普通なのよ」
「「やだ~」」
「さあ、ふざけるのまここまで。サーラ、エレナ。今までよく我慢していたわね。私たちもそうだったけど、隠して生きてきたのは辛かったでしょ。そして、そしてね。私の子どもとして生まれてきてくれて、ありがとう」
「「ママッ」」
三人が泣きながらも笑顔で戻ってきた。
「パパ、先に生まれてきてくれてありがとう。そして、育ててくれてありがとう」
「サーラ…」
俺はサーラのしっかりとした挨拶に涙を浮かべてしまった。
「それでパパ、今日から私、パパとは一緒に寝ません。二十八の記憶がある女性は父親とは一緒に寝ませんから。今までもけっこうきつかったのよ」
俺は泣いた。
「パパ、きがえとかてつだうひつようないからね。いままですっごくはずかしかったの。じょせいのはだかをみるのはだめよ」
「そうそう。赤ちゃんの時、おしめを替えてもらうの、どんなに恥ずかしかったか。大人の女性としての記憶があるのに、足を広げられて、お尻を拭かれて、おしめを替えられるなんて、前世、どれだけ悪いことをしたのって思ったもの。それとパパとママ、私たちが幼いと思って油断しすぎ。あんまり子の前でイチャイチャしないで。夜だって起きたりするのよ」
ヒトゥが高周波の悲鳴を上げた。たぶん、半分は人間に聴こえない音域の声だ。今日から娘たちは子ども部屋で寝させよう。
アリッサも含め、赤ちゃんの時、俺がおしめを替えようとすると、ギャン泣きしていた理由が分かった。そして微妙な雰囲気の朝があったがその理由もわかった。そりゃ恥ずかしかっただろう。今はバーブーしか言わないアリッサまで頷いている。
アリッサが言葉を話すようになり、名前は篠塚亜里沙。アリッサも同じ列車に乗っていた二十歳の学生だったことが分かった。彼女は歴史学を学んでおり、特に古代中国の歴史をこれから学んでいきたいと思っていた大学生で、事故のときは前後期間の休みを利用しての観光旅行中だったらしい。
アリッサは1995年は真のミレニアム。そして、ブッダの聖地のすぐ近くでの事故。真のミレニアムとブッダの聖地のパワーが同じ世界への輪廻転生の慈悲を与えてくださったのではないかという持論を述べた。
俺とサーラとエレナは毎朝、仏壇に手を合わせる家庭に育ち、ヒトゥは敬虔なカトリック教徒、アリッサはプロテスタントで毎週日曜に家族で礼拝に行っていた。
そんな俺たちだったから、くしくも同じ世界、同じ時代、同じ家族に生まれてきたのは偉大なる力のおかげではないかというアリッサの考えに同意するようになっていった。
ただ、問題だったのは仏教徒の三人はそれぞれ宗派が違い、キリスト教徒の二人も宗派が違う。お祈りやしきたりをどうするとなり、そこは日本人らしく、仏様、神様ありがとうと、人が遠く及ばない英知をもった偉大なる方々に一緒に感謝しようということで、ざっくりとした祈り方に落ち着いていった。
みんな列車事故に巻き込まれた転生者であることを知り、家族のつながりは一層深まった。
ここは前世と似て非なる世界だが、国の関係や歴史の流れなど微妙に似ており、カルタニアを古代のカルタゴ、ロウムス帝国はローマ帝国すると…と家族で話すと、その後、アリッサがパパの言う通りとサポートしてくれた。その時、六歳のアリッサの歴史を語る姿。あまりのかわいさに抱きしめたら、『セクハラ!』と叩かれた。
自分の六歳の娘を抱きしめてセクハラ親父扱い。部屋の隅で泣いた。
「パパ、私たちが前世で二十代だったってことよく忘れるよね」
「そうなの、前世からだと私なんて二十六歳。お姉ちゃんたちなんて、とっくに三十過ぎているおばさんなのに。パパはほんと、セクハラというか、ダメなパパだよね」
「…アリッサ、私、十歳」
「エレナはね、八歳なの。は、ち、さい!」
「…はい。サーラお姉ちゃんは十歳、エレナお姉ちゃんは八歳でした」
「「そう」」
娘たちは都合よく年齢を使い分ける。そして、年齢は少ないほうに、話は高いほうに合わせて話さなければいけないことを知った。ママはまだ現世の歳でいいんだな。なお、足すことは厳禁だ。
また一つ、賢くなった。
ロウムス帝国の侵略から逃げられるか、どこに行けばいいのかを話し合うことが増えていったある日、突然、ロウムス帝国の大船団が首都カルタニの沖合に現れた。
俺たちはすぐに首都を脱出し西へと向かった。ジベルタ海峡を渡り、エスパニア地方に逃げようとしたのだ。俺たちは何とかジベルタ海峡までやってくることができた。ジベルタ海峡は前世でのジブラルタル海峡のところに位置するが海峡の幅がまるで違う。ジブラルタル海峡は最も狭いところで14キロほどしかないが、ジベルタ海峡は幅100キロを超える。
この海峡を以前から用意してあった船で渡り、エスパニアに到着したところで俺たちはロウムス帝国の奴隷商人に捕まったのだ。
それからロウムス帝国本土に送られてすぐ、主人となるルキアス様に買い取られた。
そして、すぐにルキアス様に殺されそうになった…。
「助さん、ヒット…」
ルキアス様が俺たちを見ながら得意げに言ったあの言葉。笑いそうになり歯を食いしばったら、血圧が急上昇したのがわかった。そして妻の名はヒットから秘湯。我慢しすぎて脳の血管が切れるところだった。あのドヤ顔…思い出すだけで笑いが止まらない。
笑いの少ないこの世界だ。数少ない笑いを何度も頭の中で再生させてしまう。
そして、愛娘のアリッサのルキアス様の言葉に対する、ボソッと呟く一言。
幸い、
ルキアス様には聞こえていないようだが俺には聞こえているのだ。なんだ、あのツッコミ。
奴隷になったのに、なんか楽しいぞ。
そのルキアス様が帰ってきた。なぜか疲れた顔をしている。
「ルキアス様、どうかされましたか」
「お前たち、あの奴隷商人のところで十歳くらいまでで見どころのある女の子に心当たりはないか」
「はい?」
「いや、もう一人、欲しくてな…」
「あの、ご主人様」
アリッサが声を出した。
「何だ」
「二日前に他の奴隷商人に引き取られていった母娘ですが、奴隷商人も気がついていなかったようですが、カルタニアの王家と北の蛮族のゲルニアの王につながる血筋の方がいました」
「何!」
「偶然、近くで話しているのが聞こえてきたのですが、話の内容からそう思われます。ただ、王家の血筋として処刑されるほどではないようですが、血筋として高く売られたり、見世物にされるくらいは近いかと」
「その者どもの名は? どんな奴隷商人が買っていった?」
「はい、レティシアという名の母と、ジュリアという名の八歳の娘です」
アリッサとジュリアは仲が良かった。ルシアス様のところなら他で奴隷として使えるよりもずっといいだろうとアリッサは判断したのだろう。
「ルシアス様、その奴隷商人でしたらピッツァという街の奴隷商人です。ただ、仕入れた奴隷で上質なのは帝都に運ぶと話しておりました」
「よし、わかった。このことは誰にも話すなよ。スケチャ。お前たちをこの屋敷に置いて買いに行ってくる。この屋敷はしばらく使っていなかったからしっかりと掃除し整備しておけ。僕が帰ってくるまで、ここにいるのは管理していた解放奴隷の老夫婦と、食事の用意をしに来る料理人だけだ。言っておくが逃亡するなよ。逃げたら、お前を含め全員、娼館か変態の金持ちに売りとばす」
何て恐ろしいことを言うのだろう。前世の日本人の感覚だと死刑よりも怖い罰だ。俺は自分が男娼館に送られることを想像し、鳥肌が立った。万が一、娘たちが逃げても俺は全力で残る。
「「絶対に逃げたりしません!」」




