そうだ、奴隷を買おう~episode1~
古代ローマ帝国に似た異世界に転生した家族を中心にしたゆったり設定の話です。主人公の少年の思考は人権などない時代の貴族階級だと理解してください。主人公は知らないけど実は主人公の周りが転生者ばっかりだったら…。
「お坊ちゃま、朝でございます」
眠い。でも、朝食の時間か。僕はベッドから立ち上がり、使用人が服を着替えさせるのを待った。
「あら、まあ。大きくなりましたねぇ」
使用人のルーシェが声を出すので見ると、僕が大きくなったと言っているのに頭の上を見ないで下を見ている。まもなく十二歳になる成長期の僕はどんどん身長が伸び始めている。。
ルーシェは十四歳。僕よりもだいぶ背が高い。赤毛でそばかすがチャームポイントのかわいい娘だ。もっとも、本人はコンプレックスを感じているようだが。
「なぜ下を見ている」
「いえ、その」
顔を赤らめ、うつむいている。ははあ、僕の顔がかっこよすぎてまともに見られないだな。まあ、当然か。
最近始まった朝の自然現象のせいで、ズボンをはくまでちょっと時間がかかった。僕は着替えを済ませると、食堂へと向かった。
「父上、おはようございます。今日一日、太陽神ゼイアス様のお恵みがありますように」
「おはよう、ルキアス。海洋神ポリュードンの加護がもたらせますように」
「「おはよう、ルキアス」」
「ルキ兄様、遅い」
すでに父上、母上、兄上、姉上、妹が揃っていた。遅れたことを謝りながら席に着いた。
平たいパン、乾燥イチジク、香草と塩で煮込んだ豆、干し肉と人参のスープという一日おきに出るいつもの朝食だ。ちなみに昨日と明日は、平たいパン、乾燥ブドウ、香草と塩で煮込んだ豆、キャベツとカブのスープだ。週に一度はパンにつけるはちみつがつく。
食事が終わると、午前中は三人の家庭教師による貴族としてのマナー、数学や歴史・哲学などの学問の座学、剣術や槍術を学ぶ。まもなく15歳になる兄上、僕、13歳の姉と9歳の妹の3つに分けて順繰りに学んでいるのだ。もっとも女性の二人は剣術や槍術ではなく、社交術や短剣を使った簡単な護身術などだ。
マナーの教師は父の従者の一人のロミウス先生。帝都貴族の愛人に次男で四十歳くらい。
学問の教師は帝都から招いたブルータス先生。帝都貴族の三男で同じく四十歳くらい。
武術そして姉妹の社交術も教えてくれる教師はカリーナ・ストラウディ先生。母の護衛も兼ねている大変スタイルのいい数少ない女性騎士だ。帝都貴族の三女で二十四歳。たいへんスタイルがよく、武術の練習で目の動き・身体の動きを追えと言われたとき、目の美しさに見惚れ、胸の動きに吸い寄せられ、先生に怒られることがたまにある。
我がカエサル家はロウムス帝国の貴族だが。帝都には住まず、ロウムス帝国が大きく版図を広げた今も百年前にロウムス帝国の国境であったジェノベチアの領主として本ロウムスの守護者としての役割を果たし続けている。
石材とロウムスコンクリートで作られ天井が高い館は夏でも涼しい。午前中の学びが終わり、昼食は乾燥ブドウを混ぜたパン、レタスとチーズのサラダ、キャベツと玉ねぎのスープだ。
午後からは自由時間。今日は街に出かけよう。
「ルーシェ、街に出かけるから」
「はい、護衛を確認してきます」
使用人のルーシェ、そして護衛として兵士が二人付いてくるくることになった。
街に出て、いろいろと見てまわる。市場の端で、ふと路地裏を見回すと、数人の男女が縄で繋がれているのがわかった。
「ルーシェ、あれは何だ」
「奴隷商の店でございます」
「奴隷か。…見に行くぞ」
「あまりお勧めはしません。不潔でございますよ」
「かまわん」
近くに行くと、ガラの悪い男が三人、短槍を持って立っていた。繋がれている奴隷に近付く僕を見て声をかけてきた。
「坊ちゃん、あんまり近付かないでくだせえ」
使用人と護衛の兵士を連れた僕を見て、貴族と判断したのか彼らの身分としては丁寧に声をかけてきた。
「ああ。こいつらは奴隷か」
「はい。ガストーニャ地方から仕入れてきました」
「まだ、他にもいるのか」
「はい。見た目がいいのを見本に出しているだけで、中にはもっとたくさんいます。けど、お貴族様が入るにはちょっと汚いですぜ。支配人を呼んできますのでお待ちくだせえ」
「わかった。はやくしろ」
すぐに支配人が来た。
「もしかして領主様のお坊ちゃまでしょうか」
「そうだ。ルキアス・カエサルだ。なぜ、わかった?」
「館へ奴隷を収めていったときに何度かお見かけしておりました」
「そうか」
「このようなむさくるしいところに来ていただきありがとうございます。奴隷をご所望でしょうか」
「ああ、とりあえず見せてもらって、いいのがいたらもらおう」
もうすぐ十二歳になる僕は離れを僕の屋敷として暮らすことになる。十八歳で完全に独立して暮らしていくための準備として、従者たちを自分の判断で差配し暮らしていくのだ。そこに仕える奴隷は何となく家の奴隷を何人か分けてもらおうくらいにしか考えていなかったが、ここで買ってしまおう。
「ありがとうございます。最近、カルタニアを滅ぼした戦いで大量に質のいい奴隷が入ってきまして、これまでになく安く提供させていただいています」
どうやら供給過多で、値崩れを起こしているようだ。
「それではちょうど中庭に私が所有する奴隷の3分の1がいますので、まずはそれからご覧ください」
「中庭に? 檻に入れているわけではないのか」
「はい。1日1時間、檻から出して水浴びさせ、太陽にさらしているのです」
「それはどうしてだ」
「奴隷の娘がそのようにすると、臭くなくて売れやすいだろうと。それに病気にもかかりにくくなると言って。確かに奴隷を運んでくる間も、その娘の言う通りにしたら死ぬ者が減りまして。本人は否定していますがその娘は多分、神殿の巫女ではないかと思っております」
「そうか。その娘はどこにいる?」
「ちょうど中庭にいます。こちらへどうぞ」
中庭の噴水の周りには鎖でつながれた奴隷たちが水浴びをしていた。この周辺は一番の低地で、ここの噴水の水は川に流されるだけの場所だからいいが、身分の高い者たちが住む高台で飲料水も兼ねる噴水の水を汚したら、そこより低い地に住む者たちの飲料水はたいへんなことになる。
身体を洗った者たちは寝っ転がってそれぞれ太陽を浴びている。
「反乱は起きないのか」
「ここから逃げ出してもすぐに殺されること、ここでの生活は他の奴隷たちと比べはるかにいいことなどを知っているので、いい主に買われることだけを祈っていて、おとなしいものです」
「そうなのか。伝え聞いていた奴隷市場とはずいぶん違うな」
「そうでございますね。あっ、あの隅にしゃがみこんでいる小さな娘です」
こちらに背を向けて、地面い何か書いている娘がいた。小さい。まだ十歳にもなっていないだろう。
奴隷たちはおとなしいものだと奴隷商人は言っていたが油断はできない。僕の護衛兵士二人、奴隷商人の兵士二人、そしてルーシェに囲まれながら、しゃがんでいる娘の背後から近付いていく。
どうやら絵を書いているようだ。いや違う。何かの規則性を感じる。見慣れない形だがカルタニアのヒエログリフか?
「おい!」
「ひっ」
びっくりした猫みたいに飛び上がった。面白い。
「お前、なぜ、太陽の光を浴びさせるように商人に言ったのだ」
「はい。人は太陽の光を浴びると健康に、そして何より幸せな気分になると神殿で教えられたからです。…ビタミンDの生成とかストレス軽減とか言ってもわかんないしね」
後半は小声過ぎてわからなかったが、やはり神殿の教えらしい。立ち上がった姿を見ると、かなり小柄だが、なかなか顔立ちがいい。
「お前、何歳だ」
「8歳でございます」
「買おうかな。いくらだ」
「ええっ、こんなに簡単に買われるの? スーパーの実演販売並みに簡単に決めるの?」
娘が何か呟きながら驚いている。奴隷だから買われていくのは当たり前だろう。
「50アレスでございます」
後ろから付いてきた奴隷商人がすかさず発言してきた。金貨50枚か。高い。
「先ほど、これまでにないくらい安くなっていると言っていたよな。僕が生まれる前から若い男の奴隷の相場が一人25アレスくらいなのは僕でも知ってる。なぜこんなに高い。僕が子どもだと思ってなめているのか」
「とんでもございません。今、普通の男の奴隷は15アレスから20アレスですが、先ほどの申しました通り、この娘は私どもの知らないカルタニアの神殿の知識を持っております。幼き娘なので知識も限定されるでしょうが、それでも十分な価値がございます」
「神殿の巫女としての価値、見た目の価値、そして知識奴隷としての価値か」
「そうでございます」
「私を、私を買うなら、私の家族も一緒に買ってください。必ず、必ず、私よりも役に立ちます」
娘の目を見ると、嘘を言っていないことを感じる。
「お前の家族はどこにいる?」
「他の集団に別々にいます。父と母、姉が二人です」
「年齢は? 健康状態は?」
「父は30歳、母は29歳、姉は12歳と10歳です」
「おい、この5人でいくらになる」
「はい、男は18アレス、女は三十近いので12アレス、娘たちは15アレスずつなので…」
「60アレスだな。5人で110アレスか」
「今なら100アレスちょうどに値引きさせていただきます」
「バーゲンセールか」
今、娘が小さな声でヴァーゲンと言ったな。北のゲルニアの言葉で馬車だったな。10アレスあれば普通の馬車が買える。馬車一台分の値引きと瞬間的に計算できたのか。なるほど賢い。
「ちょっと見たい。連れて来い」
しばらくして、4人が連れてこられた。4人とも知性を感じる目だ。気に入った。
「よし、買った。あとで城に連れて来い。それとは別に兄上と姉上にも一人ずつプレゼントしたい。礼儀作法を知る若い女はいるか」
「はい。カルタニアの貴族の娘や従者が数人います。ただ、貴族の娘は少々高くなります」
「わかっている。まずは見せろ」
「プレゼント…、兄姉へプレゼントって…お菓子じゃないんだから…」
娘が小さな声で何かブツブツ言っている。幼い娘をおもちゃにする変態金持ちとは明らかに違う、高貴な貴族の僕に買ってもらい、神への感謝の気持ちを伝えているのだろうか。
ほどなく4人の若い女性が連れてこられた。最初の一人はだめだ。雰囲気でプライドが高すぎるのがわかる。敗者の奴隷となっても毅然とし過ぎていて従者には向かないだろう。一人は体調が悪そうだ。これも除外。残る二人か。一人は性格が悪そうだがきちんとしつければ問題ないだろう。これに決めるか。
「お貴族様、発言してもよろしいでしょうか」
今まで黙って立っていた娘の母親だ。
「許す」
「この体調の悪くしている子はとても利発です。そして、この子の体調は必ずよくなります。この子は役に立ちます」
僕に買ってくれとは言わないのは及第点だ。でも体調がよくなる保証はあるのか。
「どうして体調がよくなると言えるんだ」
「はい、私は医学を多少心得ています。今、この子は食べ物が合わず、数日前からひどくお腹を壊しております。少し塩を入れた水をたっぷり与え、果物や柔らかい食事を与えれば回復します」
「…よしわかった。それではこの子と、そっちの子をくれ。いくらだ」
「どちらも貴族の血を引く従者で、若い娘なのでそれぞれ30アレスですが、購入後に苦情を言われないというなら二人で50アレスでけっこうです」
「全部で150アレスか。こいつらを城まで連れてきたら金は渡すことで問題ないな」
「はい。ありがとうございます」
僕は10歳になったときから1年間100アレスをもらっている。あまり使うこともなかったので現在170アレスが手元にある。その多くを奴隷購入に使ってしまったが、今年分をまもなくもらえるのでまあ、いいだろう。
「八百屋で買い物をするみたいに人を買っている。やだもう…」
娘が小声でまたブツブツ言ってる。最後は神ヤダウェイへの祈りか。神殿の巫女ならではの信心深さを感じる。
「おい、娘。名は何だ?」
「アリッサでございます」
「覚えててやろう」
「はい、ありがとうございます。…覚えててやろうなんて上から目線。元カレよりも酷い…」
また祈っているようだ。信心深きことはいいことだ。モトカレと聞こえたな。そんな名の神は知らない。カルタニアの神の一柱か。今度、聞いてみよう。
「さあ、いい買い物もしたし帰るか」
残酷な時代の笑える話にしたいです。読んでいただき、ありがとうございます。




