誰かが止めなきゃいけない
朝の点呼中、ユウトは自分の名前が呼ばれる前から立っていた。
反応が早すぎる。
それを自覚する前に、身体が動いてしまう。
「――灰原ユウト」
「はい」
返事は即座だった。
周囲より半拍早い。
わずかな差だが、最近それが積み重なっていた。
訓練場へ向かう廊下で、ミコが後ろから声をかけてくる。
「ねえ、ユウト」
「何だ」
「最近、周り見てる?」
問いの意味が分からず、足を止めた。
「見ている。状況把握は常に――」
「そうじゃなくて」
ミコは首を振る。
「人、見てる?」
答えが出なかった。
訓練は模擬市街の二回目演習だった。
昨日と同じ配置。
同じ役割。
同じチーム。
「今回は判断共有を最優先にする」
三崎教官の声が響く。
「勝敗より、生存率だ」
開始と同時に敵影が出現する。
レンが結界を展開し、アオイの視界が共有される。
「左奥、二体」
「距離二十」
「待て、挟撃の可能性――」
ミコの声が終わる前に、ユウトは走っていた。
指示より速く。
共有より先に。
【アナライズ】
能力:模擬兵装制御
能力構造:反応速度・判断精度補正
代償:神経疲労
弱点:連続稼働による動作硬直
最短経路。
最小被害。
撃破。
二体同時に沈黙する。
だがその瞬間、背後で爆発音が響いた。
「ソラ!」
瓦礫が崩れ、風圧が乱れる。
「くっ……息が……!」
ユウトが振り返った時には、すでに真白が駆け寄っていた。
「肺に負荷! 一時離脱!」
訓練停止の警報が鳴る。
成功判定。
それでも誰も喜ばなかった。
「……何で」
ソラが壁にもたれながら言う。
「お前、俺がいる位置、分かってただろ」
「分かっていた」
「じゃあ、なんで行った」
答えに詰まる。
危険度計算上、自分が動くのが最善だった。
そう理解している。
だがその“最善”に、仲間の余白が含まれていなかった。
「結果は勝利だ」
ユウトはそう言った。
その瞬間、ミコが強く睨み返してきた。
「それが駄目なんだよ」
空気が張りつめる。
「ユウト、あなたね」
ミコは一歩踏み出した。
「怖くなくなっただけじゃない」
「今のあなた、誰も失う想像してない」
言葉が刺さる。
理解はできる。
だが胸は動かない。
「感情感知、はっきり出てる」
ミコの声は震えていた。
「あなた、自分が死ぬ未来も、仲間が死ぬ未来も、同じ重さで見てる」
「……合理的だろ」
思わず口をついた言葉に、全員が黙った。
「違う」
ミコは即座に否定した。
「それは合理じゃない」
「感情がブレーキにならなくなっただけ」
その言葉に、初めて違和感が生じた。
ブレーキ。
止まるための理由。
夜、203号室。
ソラは背を向けたまま、ほとんど喋らなかった。
レンも遮断を深くしている。
ユウトはベッドに横になり、天井を見つめる。
自分の判断は正しかった。
数字も、結果も、証明している。
なのに、誰も納得していない。
「……ユウト」
消灯直前、ミコの声が廊下越しに聞こえた。
「もしね」
少し迷ってから続ける。
「誰も止められなくなったら」
「私が止めるから」
その言葉が、妙に大きく胸に残った。
恐怖はない。
迷いもない。
だが確かに、自分は加速し続けている。
感情という制御装置を失ったまま。
止まれない機械のように。
"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は「観測されることで」先へ進みます。
もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、
ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。
次話も、アナライズは続きます。"




