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怖いものが分からない

朝の点呼で、桐谷ミナトの名前は呼ばれなかった。


医療棟隔離中。


それだけが淡々と告げられ、列に並ぶ誰もが無言になる。


昨日の騒動が、まだ施設の空気に残っていた。


床を抉った衝撃の痕は補修パネルで覆われ、食堂はいつも通りの配置に戻されている。


それでも椅子を引く音やトレーの金属音が、どこか控えめだった。


「……なあ」


朝食の席で、ソラが声を落とす。


「昨日のやつ、正直言ってさ」


言葉を探すように視線を泳がせてから、息を吐いた。


「怖かったよな」


ユウトはスプーンを止めた。


重力が狂った感覚。


瓦礫が浮いた光景。


結界越しでも伝わってきた圧力。


それが危険だったことは理解できる。


だが、その瞬間に胸がどう動いたのかを思い出そうとしても、何も浮かばなかった。


「……分からない」


「え?」


「怖かったかどうかが、分からない」


ソラは冗談だと笑おうとして、そのまま黙った。


午前の訓練は中止になり、代わりに警戒態勢が敷かれる。


医療棟周辺で、再び能力反応が観測されたという報告だった。


「対象は桐谷ミナト」


三崎教官の声に、場がざわつく。


「制御が崩れている。今回は実戦扱いだ」


輸送車の中で、誰も喋らなかった。


エンジン音と振動だけが続き、ユウトの胸の内は不思議なほど静かだった。


現場に近づいた瞬間、空気が歪む。


「……静かにしてくれ……」


複数の方向から声が重なり、距離感が狂う。


次の瞬間、衝撃波が走り、防壁が軋んだ。


「レン」


「結界展開」


半球状の壁が展開されるが、圧力は収まらない。


ミコが目を閉じ、顔を歪めた。


「恐怖と混乱が限界……感情が壊れかけてる」


ユウトは一歩前へ出た。


止めようとする声が背後で上がるが、足は止まらなかった。


【アナライズ】

能力:感覚増幅

能力構造:五感受信の常時強制拡張

代償:刺激蓄積による精神崩壊

弱点:過負荷集中による一時遮断


理解が揃った瞬間、最適解だけが頭に並ぶ。


危険だと分かっている。


死亡確率が高いことも理解している。


それでも身体は前に出た。


怖くない。


逃げたいという衝動が、どこにも存在しなかった。


衝撃波が直撃し、身体が宙を舞う。


壁に叩きつけられ、肺から空気が漏れた。


痛みはある。


だが恐怖だけが欠落していた。


「ユウト!」


ソラの叫びが聞こえる。


普通なら退く。


本能が警告を鳴らす。


だが今は、その警告音自体が鳴らなかった。


「ソラ、正面風圧」


「正面は危険だ!」


「今しかない」


風圧が叩き込まれ、光と音と衝撃が重なり合う。


刺激が一点に集中し、桐谷の能力が悲鳴を上げた。


「あ……ああ……」


感覚が遮断され、少年の身体が崩れ落ちる。


真白が駆け寄り、必死に脈を取る。


「生きてる……でも神経が限界」


戦闘終了の合図が鳴った。


医療室での検査は、淡々と進められた。


高所映像、炎、事故の記録。


通常なら恐怖反応が出る刺激にも、脳波は沈黙したままだった。


再測定でも結果は変わらない。


「恐怖反応、確認できません」


医師の声が静かに響く。


「感情一種、完全消失と判断します」


夜、203号室。


灯りを落とした部屋で、ソラがぽつりと呟いた。


「今日さ……死ぬかもしれなかったんだぞ」


「そうだな」


「怖くなかったのか」


ユウトは即答できた。


「怖い、という感覚が分からない」


沈黙が落ちる。


危険を知らせるはずの感情が、もう存在しない。


判断はより正確になり、迷いは消える。


だが同時に、生き延びる理由の一部も失われていた。


天井を見つめながら、ユウトは理解する。


勝てる。


だが、その代わりに人間としての防御が一つずつ削れていく。


止まりたいという気持ちすら、もうどこにもなかった。

"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この物語は「観測されることで」先へ進みます。

もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、

ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。


次話も、アナライズは続きます。"

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