初任務
警報が鳴った瞬間、施設の空気が一変した。
低く長い音が廊下を震わせ、さっきまで交わっていた話し声が一斉に消える。
「能力犯罪発生。市街地西ブロック」
放送が終わるより早く、訓練生たちは立ち上がっていた。
「……来たな」
ソラが短く息を吸い、胸元を押さえる。
レンは無言のまま遮断を解除し、視線を正面へ向けた。
女子班も同時に動く。
アオイは端末を起動し、ミコは胸に手を当てて目を閉じた。
「感情、強い……興奮と高揚が混じってる。暴発寸前」
三崎教官が一歩前に出る。
「混成班、初任務だ。出動準備」
輸送車の扉が閉まると、内部は驚くほど静かになった。
エンジンの振動だけが床から伝わり、誰も言葉を発さない。
「緊張してる?」
真白が小さくユウトに声をかける。
「……多分」
「大丈夫。死ななければ治せるから」
柔らかな声だったが、内容は現実的すぎた。
ミコがちらりとユウトを見る。
「昨日より、感情が薄い」
「もう失ったのか?」
「ううん。まだある。でも……弱い」
その言葉が胸に残ったまま、車両は現場へ滑り込む。
到着した瞬間、重力が狂った。
足元が浮き、視界が傾き、アスファルトが空へ引き裂かれる。
「ははっ、すげぇだろ!」
瓦礫の中心で男が笑っていた。
黒瀬ジン。
「上下がなくなる瞬間ってさ、最高なんだよ!」
「視線に注意しろ!」
三崎教官の声が飛ぶ。
「レン!」
「結界展開」
半透明の壁が張られ、落下物が弾かれる。
「ソラ、風圧で進路を開け!」
「了解……っ!」
突風が吹き抜け、ソラの呼吸が荒れる。
ユウトは一歩前に出た。
黒瀬と視線が合った瞬間、世界の見え方が切り替わる。
【アナライズ】
能力:重力偏向
能力構造:視線方向を基準に重力軸再設定
代償:平衡感覚の恒常的低下
弱点:視認対象外への干渉不可
理解が揃う。
視線の癖、軸の固定、再設定時のわずかな硬直。
「アオイ、視界共有!」
「接続完了!」
黒瀬の視界情報が端末に流れ込む。
「死角、右後方!」
「遮断!」
レンの結界が一瞬だけ黒瀬の視界を奪い、重力が乱れた。
瓦礫が落ちる。
「今だ!」
ユウトは走った。
恐怖は確かにあった。
心臓は速く、足も震えている。
それでも、理解が身体を前に押し出した。
拘束弾が命中し、黒瀬の身体が地面へ叩きつけられる。
「なっ……!」
重力が解除され、街が本来の向きを取り戻した。
沈黙のあと、誰かが息を吐く。
「……終わった」
ソラが膝に手をついた。
真白が駆け寄る。
「怪我は?」
「ない、大丈夫だ」
誰かが笑った。
初任務成功。
初勝利。
胸が熱くなるはずだった。
そう、理解はしていた。
だが。
何も湧かなかった。
嬉しいという感覚が、どこにも見当たらない。
達成感も、高揚も、安堵すらない。
「ユウト……?」
ミコが顔を上げる。
「今、消えた」
「何が」
「喜び。完全に」
医療室での検査結果は明白だった。
再測定でも反応は出ない。
「喜び反応、消失を確認します」
夜、203号室。
ベッドに横になり、ユウトは天井を見つめていた。
「勝ったのにな」
ソラの呟きが闇に溶ける。
勝った。
守った。
正しい結果だった。
それを理解できる知識だけは、確かに残っている。
だが心は静まり返ったままだ。
代わりに並んでいるのは、解析結果だけ。
勝ち方。
弱点。
最適解。
感情ではなく、答えだけが正確に残っていた。
勝つほど、人間じゃなくなる。
その言葉が、ようやく現実として胸に落ちてくる。
"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は「観測されることで」先へ進みます。
もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、
ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。
次話も、アナライズは続きます。"




