逃げ場のない空間
異常反応の検知は、わずか数秒の遅れで現実になった。
市街地北区画。
古い集合住宅一帯で、空間座標の乱れが観測される。
「空間系……?」
アオイの声が硬くなる。
「内部構造、読み取れません」
現場に到着した瞬間、違和感は明確だった。
距離感が狂う。
目の前の階段が、異様に遠い。
一歩踏み出したはずなのに、床が近づかない。
「……近づけない」
ソラが風圧を放つが、空気が歪み、進行方向がねじ曲がる。
「これ、外側から干渉できないタイプだ」
三崎教官が即座に判断する。
「全員、慎重に動け」
中心部の廊下に、能力者は立っていた。
名前不明。
年齢不詳。
ただ、周囲の空間が薄く揺れている。
「入るな」
男はそう言った。
声は近いのに、姿が遠い。
「ここから先は、俺の世界だ」
次の瞬間、廊下が折れ曲がった。
直線だったはずの通路が、円を描く。
「閉じ込められた……!」
出口が、来た方向と繋がっていない。
ユウトは一歩前に出る。
【アナライズ】
能力:空間歪曲
能力構造:半径一定内の距離・方向を再定義
代償:自己座標固定による移動不能
弱点:――解析不能――
表示された情報に、初めて空白が生じた。
弱点が、存在しない。
正確には、条件が成立していない。
「固定型か……」
能力者自身は動けない。
だが空間そのものが敵だ。
攻撃は届かない。
距離が収束しない。
結界も風圧も、すべて途中で折れ曲がる。
「このままじゃ削られる!」
ミコの声が震える。
「感情が……焦燥だけが増えてる!」
時間が経つほど、空間の歪みは強まる。
建物が軋み、天井に亀裂が走る。
「撤退ルートが……ない!」
アオイが叫ぶ。
ユウトは計算を重ねる。
距離。
半径。
再定義周期。
だが突破条件が見えない。
勝てない。
この場に、勝利条件は存在しなかった。
「……撤退する」
初めて、ユウトの口からその言葉が出た。
「全員、俺の後ろに」
解析で割り出した“歪みの薄い瞬間”に合わせ、強引に進む。
完全な脱出ではない。
ただ、押し出されるように境界を越える。
背後で、空間が閉じた。
静寂。
振り返ると、そこには普通の廊下があるだけだった。
能力者の姿は消えていた。
追うことも、捕らえることもできない。
「……逃がしたな」
ソラが息を吐く。
ユウトは答えなかった。
勝てなかった。
理解できても、どうにもならない能力がある。
最適解が存在しない状況が、この世界には確かにある。
帰投の車内で、誰も喋らなかった。
失敗だった。
被害は最小に抑えた。
それでも、敗北だった。
ユウトは窓の外を見る。
感情が欠けても、事実だけは重く残る。
勝てない敵がいる。
解析しても、選択肢がない敵が。
それを知ったことが、この日の最大の収穫だった。
"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は「観測されることで」先へ進みます。
もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、
ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。
次話も、アナライズは続きます。"




