使い続ける理由
朝の点呼が終わったあと、ユウトは再び呼び止められた。
管理庁本部棟、会議室B。
ここに呼ばれるときは、いつも決まっている。
任務ではなく、評価の話だ。
無機質な部屋の中央に、鷹宮レイナが座っていた。
机の上には端末が三台。
戦闘記録、判断ログ、感情変動グラフ。
「座ってください」
促され、椅子に腰を下ろす。
「あなたの単騎投入後、被害率は三十二パーセント低下しています」
淡々とした声で数字が並べられる。
「任務成功率は上昇。部隊損耗は減少」
「極めて優秀な成果です」
それは賞賛の言葉のはずだった。
だが胸は、相変わらず静かだった。
「質問があります」
ユウトは口を開いた。
「俺は……道具ですか」
一瞬、鷹宮の指が止まる。
だがすぐに、画面操作を再開した。
「兵器、という言葉は好みません」
「正確には“人的戦力”です」
「感情を持つ点で、あなたは道具ではありません」
その説明が、どこか逃げているように感じられた。
「俺がいれば、誰かが助かる」
「だから使う」
「それだけですよね」
鷹宮は否定しなかった。
「それが現実です」
「そして、あなた自身も理解しているはずです」
理解している。
その通りだった。
自分が前に出れば、被害は減る。
迷わなければ、犠牲は最小になる。
「止める理由はありますか」
問いかけに、答えは浮かばなかった。
訓練場へ戻る途中、203号室の前を通る。
扉は閉じたまま。
中から声はしない。
以前なら、ここに日常があった。
息切れの音。
遮断解除のわずかなノイズ。
今は何もない。
「……効率は上がった」
独り言が廊下に落ちる。
午後、短時間任務のブリーフィングが入った。
能力犯罪ではない。
老朽化した研究区画で、異常エネルギー反応が観測されたという。
「人員は?」
そう問うと、返ってきたのは一言だった。
「灰原一名で十分です」
その言葉に、もう驚きはなかった。
現場は地下施設だった。
ひび割れた壁。
警告灯。
不安定な能力残滓が空間を歪ませている。
もし暴走すれば、半径数百メートルが吹き飛ぶ。
【アナライズ】
能力:残留能力干渉
能力構造:未発現能力の暴走残響
代償:精神疲労の蓄積
弱点:干渉核破壊で即時沈静
判断は即座だった。
近づき、核を破壊する。
成功率九十八パーセント。
失敗時は、自身が巻き込まれる。
恐怖はない。
迷いもない。
ただ、可能性の比較だけがあった。
歩き出す。
足音が一人分だけ響く。
「……もし」
ふと、考える。
自分がいなければ、この任務は誰が行くのか。
成功率は下がり、犠牲が出る。
それなら。
爆発音はなく、施設は静寂を取り戻した。
帰投報告は簡潔だった。
「任務完了。異常なし」
夜、個室の灯りの下。
ユウトはベッドに腰掛け、掌を見つめる。
喜びはない。
恐怖もない。
だが、理解だけはある。
自分は“正しい判断”を続けられる。
そしてそれが、誰かの代わりになる。
人間であることを削りながら、他人の命を拾う。
それを選び続ける理由は、もはや一つしかなかった。
「……俺がやらなきゃ、誰がやる」
感情ではなく、結論として。
その選択が、さらに深い場所へ進ませることを知りながら。
"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は「観測されることで」先へ進みます。
もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、
ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。
次話も、アナライズは続きます。"




