戻らない選択
朝の点呼の前、ユウトは呼び出しを受けていた。
管理庁本部棟。
訓練施設とは違い、壁は白く無機質で、窓は外の景色を映さない。
通された部屋には、すでに一人の女性が座っていた。
黒いスーツ、背筋の伸びた姿勢。
「初めまして。鷹宮レイナです」
能力を持たない監督官。
その視線は冷たくも温かくもなく、ただ事実だけを測るものだった。
「昨日の判断、記録を確認しました」
卓上の端末に映し出される数値。
救助成功率。
被害抑制率。
犠牲者数。
「最善でした」
そう言い切られた瞬間、胸の奥がわずかにざわつく。
「感情的反発はありましたが、統計上は正解です」
「……正解」
その言葉を、ユウトは反芻した。
「あなたの能力は、戦場で最も価値がある」
「迷わないこと。ためらわないこと」
「そして、選べることです」
選べる。
命の優先順位を。
「我々は、あなたの運用方法を再検討しています」
「単騎投入を基本とし、必要最低限の支援のみを付与する」
その言葉に、脳裏に203号室の空いたベッドが浮かんだ。
「仲間と行動する意味は?」
思わず口に出た問いに、鷹宮は即答しなかった。
「感情の安定装置としては有効です」
「ですが、判断速度を落とす要因にもなります」
事実だった。
誰かを待つ時間。
共有を待つ時間。
そのすべてが、被害を増やす可能性になる。
訓練場へ戻ると、空気が重かった。
「……呼び出されたんだろ」
ソラが声をかける。
「何言われた」
「正しかった、と」
その一言で、場の温度が下がる。
ミコが俯いた。
「正しかったから、人が死んだの?」
その問いに、答えは出なかった。
正しかった。
それは結果の話だ。
感情の話ではない。
「次から、編成が変わる」
ユウトがそう告げると、誰も口を開かなかった。
夜。
個室の灯りだけが点いている。
窓のない部屋で、ユウトは天井を見つめていた。
迷いはない。
判断も明確だ。
だが時折、思考の隙間に浮かぶ光景がある。
崩れた建物。
伸ばされた手。
選ばなかった命。
それを後悔とは呼ばない。
呼べない。
ただ、もう戻れない選択をしたのだと理解しているだけだった。
その夜、管制ログの片隅に一つの名前が表示されていた。
黒瀬ジン。
重力偏向能力者。
脱獄.....
再出現の可能性、高。
ユウトはその文字列を見つめる。
次に会うとき、自分は迷わない。
そう断言できるほど、心は静まり返っていた。
"ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語は「観測されることで」先へ進みます。
もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、
ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。
次話も、アナライズは続きます。"




