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目を開いた瞬間

点呼の声が、施設の廊下に反響していた。


「――A-203号室。灰原ユウト」


「はい」


返事をすると、隣に立つ伊吹ソラが小さく咳き込んだ。胸元を押さえ、浅く息を吸う。


「大丈夫か」


「平気……いつものやつ」


そう言いながら、呼吸は明らかに乱れている。風圧能力の代償による慢性的な息切れは、彼の日常だった。


「神崎レン」


レンは反応しなかった。視線を伏せ、微動だにしない。


五感遮断。自分の感覚を切る能力の影響で、音が届いていないのだろう。


三人が並んで立つ姿を、天井の監視カメラが無言で映している。


ここは対異能力管理庁第七訓練施設。


能力に目覚めた人間を保護し、管理し、訓練し、必要とあらば任務へ投入するための場所だ。


食堂は朝から騒がしかった。


金属製のトレーが擦れ、椅子が軋み、話し声が交錯する。見た目だけなら、普通の学生寮と変わらない。


「今日、兆候検査あるらしいぞ」


ソラがパンをかじりながら言った。


「未発現者全員だって」


「またか」


レンが遮断を弱め、短く呟く。


二人の視線が自然とユウトへ向く。


ソラは能力者。レンも能力者。


だがユウトだけは、まだ能力が発現していない。


「お前はいいよな」


ソラが冗談めかして笑う。


「代償がない」


「……まだ分からないだけだ」


レンの声は淡々としていた。


この施設では、“代償がない”という状態こそ異常だった。


午前の訓練室。


白線で区切られた床に訓練生が整列する。


「能力発現者は右」


「未発現者は左だ」


三崎教官の号令で列が分かれた。


ソラとレンは右へ進み、ユウトだけが左へ残る。


数メートルしか離れていないのに、妙な距離を感じた。


「力を出す必要はない」


教官が言う。


「ただ目を開けていろ。兆候を見るだけだ」


頭部に装置が固定される。


視界が狭まり、耳鳴りが走った。


次の瞬間だった。


世界が、裏返った。


色が消え、人の輪郭が線へと変わる。


音が振動として視認でき、呼吸が数値に置き換わる。


理解不能な情報が、頭の奥へ流れ込んだ。


【アナライズ】

能力:不明(未登録)

能力構造:視認対象の異能力情報を解析・可視化

代償:感情喪失(発動回数に比例)

弱点:解析中、外界認識低下


理解は思考を追い越していた。


三崎教官の関節に走る摩耗。


ソラの肺に残る損傷。


レンの周囲に広がる遮断領域。


見たくもない代償まですべてが“分かってしまう”。


「……っ!」


膝から力が抜け、床に手をついた。


視界を閉じても情報は止まらない。


「装置を外せ!」


誰かの叫びと衝撃が重なり、世界が暗転した。


目を覚ますと、医療室の天井があった。


消毒液の匂いが鼻を刺す。


「目は覚めたか」


三崎教官が椅子から立ち上がる。


「能力が発現した。解析系だ」


「解析……」


「能力の構造、代償、弱点を理解する力だ」


一瞬、便利な能力だと思った。


だが続く言葉が、その考えを否定する。


「代償は感情喪失。使うたび、一つずつ失う。不可逆だ」


言葉が胸に落ちるまで、少し時間がかかった。


夜、203号室。


消灯後の部屋には、ソラの浅い呼吸音と、レンが寝返りを打つ微かな音だけが残っている。


「なあ」


暗闇でソラが囁いた。


「能力、出たんだな」


「……ああ」


「怖くないのか?」


問いに、すぐ答えが出なかった。


怖いという感情は、確かにまだあるはずなのに。


「分からない」


ソラはそれ以上聞かなかった。


ユウトは天井を見つめる。


何かが変わった感覚だけが残っている。


感情は、まだ失っていない。


だが世界の音が、ほんの少し遠い。


その代わり、理解できることだけが増えていく。


能力。構造。代償。


この力を使うたび、自分がどこへ向かうのか。


まだ知らない。


だが――戻れなくなることだけは、はっきりと予感していた。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


この物語は「観測されることで」先へ進みます。

もし少しでも続きを見届けたいと思っていただけたなら、

ブックマークという形で、観測に加わってもらえると嬉しいです。


次話も、アナライズは続きます。

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