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【短編小説】いつも心に生麦事件

掲載日:2025/12/21

 それなら死ぬしか無い。

 慈しみ深い青の上に引いた白色の穏やかな秋風が肩の上を通った。

 チェーンソーのワイヤーを引くと、一発でエンジンが回った。

「こう言う時だけ目覚めが良いんだな」

 振動と鼓動が重なる。

 手の中のチェーンソーは素知らぬ顔でブツブツと呟く。それはまるで、まだ言語を与えられない生命だった。

 アブラーゲ蕎麦太郎はその生命体チェーンソーを首に当ててトリガーを引きながら、マンションの屋上から後ろ向きに墜落していった。

「さようなら!」

 真っ黒に闇を湛えた彼女の目を見ながら、アブラーゲ蕎麦太郎はほんの少し前のことを思い出していた。


 昼過ぎとは言え、通りはトラックと商用ワゴンで埋め尽くされていた。クラクションが鳴り止まない。

 その渋滞の先頭、前二輪の大型トライクを先頭にして、低い排気量の癖に音だけは大きいカートが数台停まった。

 カートに乗っているのは外国人だ。

 タトゥーと日焼けシミでガサガサの上腕は酷く弛んでいて、油とケチャップをパンで挟んだアメリカそのものと言った感じだった。


 そして奴らはそのカートの上から、こちらを指差して笑ったり手を振ったりしている。

 撮影してる奴もいた。

「動物園かサファリパークにでも来たつもりか?」

 俺たちは見せ物じゃねぇ、労働者だ。

 アブラーゲ蕎麦太郎がニュートラルギアで踏み込んだハイエースは、その咆哮でチェーンソーの嗤い声を掻き消している。

 そう、アブラーゲ蕎麦太郎の手の中でチェーンソーは既に振動していたし、アブラーゲ蕎麦太郎は鼓動を重ね合わせていた。


 振動と鼓動、そのチェーンソーの嗤い声に裏打ちするリズムで短い呼吸を三度繰り返したアブラーゲ蕎麦太郎は、ハイエースのスライドドアを勢いよく開けて飛び出すと、ゲラゲラと下品な嗤い声を上げるチェーンソーで、カートに乗ったアメリカ人たちを切り刻んでいった。

 血飛沫が上がった。

 奴らの血は星と輝き、労働者の疲れ切った白い心に線を引いた。

「自由だ!」

 アブラーゲ蕎麦太郎は叫んだ。

 叫びながら嗤うチェーンソーを振り回した。


 吊るしのスーツも革靴も、脂っぽい返り血と肉片で見る間に星と縞で汚れていく。

 いや、光り輝いていくのだ。

 アブラーゲ蕎麦太郎はシートベルトを外すのに手間取っているアメリカ人たちをチェーンソーで分断していく。

 もしかしたらそれはフランス人やドイツ人かも知れないが、あまり大きな違いは無い。

 とにかく肌の白い奴らだし、俺たち黄色人種なんか何とも思ってない征服者だ。

 抑圧者だし伝導者だ。

 朝敵でしか無い。

 さらば!アングロ・サクソン!

 こんちには!グリンゴ!


 アブラーゲ蕎麦太郎はカートに乗ったアメリカ人だかナニ人だか、とにかく白人たちをチェーンソーで殺し終えてから、先頭の案内役トライク男が持つスマホに向かって叫んだ。

「リメンバーヒロシマ!リメンバーナガサキ!いつも心に生麦事件だバカ野郎、ユーノーホワットアイミーン?わかるだろ?」

 アブラーゲ蕎麦太郎はそう叫んでピースサインを送った。

 そして労働者たちによる万雷の拍手に包まれながらチェーンソーを振り上げた。


 アブラーゲ蕎麦太郎は案内役の男を運転席から蹴り飛ばした。

 チェーンソーの嗤い声に巻き込まれて死んだ男が乗っていたそのトライクは素晴らしい走りで、すれ違うパトカーたちの音は一瞬で遠ざかっていくようだった。

 アブラーゲ蕎麦太郎にはサイレンがファンファーレに聞こえたし、警察の発砲音は拍手喝采に感じられた。


 素晴らしく透明な白青い風を受けながら、アブラーゲ蕎麦太郎は家にいる恋人に電話をかけた。

「もしもし、仕事が終わったから帰るよ」

 ニュースを見ない恋人は、アブラーゲ蕎麦太郎の始めたパーティーを知らなかった。

「早くない?どうしたの?」

「そんなもんさ。もうこれで君に怖い思いをさせる奴はいなくなるよ」

 アブラーゲ蕎麦太郎はそれが嬉しかった。


 明日から全国の路上でアメリカ人だかナニ人だか知らないけど、白い肌をした不遜な外国人たちが襲撃されるだろう。

 黒い肌の奴らもだし、同じ黄色い肌でも日本語を喋れない奴らは片っ端からアチョーされる。

 されれば良いし、これまでもされるべきだった。

 日本刀を失った俺たちは、有刺鉄線バットだとかバールの様なものでフルスイングをするしかない。


「別にそんなことして欲しいなんて言ってない」

 恋人は不満げだった。

「だって怖かったって」

 喜んでもらえるとばかり思っていたアブラーゲ蕎麦太郎は、意外な反応に戸惑った。

 恋人はまるで世間の人みたいな目でアブラーゲ蕎麦太郎を見据えて言った。

「だからって関係ない人たちを殺すなんて」

 アブラーゲ蕎麦は肩をすくめると

「言ってるだろ、俺たちはいつも心に生麦事件を持たなきゃならないんだ。奴らには緊張感が足りない、だから」

 こう言って笑った。


 つまり、もう、どうしようもない。



「やめてよ、やめて。もうどうしたら良いの」

 恋人はポロポロと涙を流した。

「君を悲しませてしまったね、じゃあ、こうするしかないか」

 アブラーゲ蕎麦太郎は麦茶みたいな味がする缶コーヒーを投げ捨ててワイヤーを引いた。


 さようなら、世界!

 こんにちは、生麦ジャパン!

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