二人で釣り
次の日、七時頃に起床した俺は、山に釣りをする準備を終え、七瀬の到着を待っていた。
玄関で靴を履いて床に座り、スマホで天気と気温を調べていると、本日は結構気温が高いことが分かった。
「うわー......。マジか......」
釣りに熱中しすぎないように気を付けようと思っていると、玄関のノックの音が聞こえる。
そして、ガラガラと玄関の扉が開いた。
「おはよー。今日は朝から暑いねー」
Tシャツを指で摘み、パタパタと仰ぐ七瀬。
それにより、洗剤の甘い香りが俺の鼻に入る。
「正道も準備できてるみたいだし、それじゃあ行こうか! ......ってあれ? どうしたの?」
匂いを嗅いで少し恥ずかしくなってしまい、赤く染まった顔を隠していると、七瀬に突っ込まれてしまった。
「いや、何でもない。何でもないから」
俺はなるべく顔を見られないようにしながら立ち上がる。
そして、釣竿と鞄、クーラーボックスの準備をする。
「じゃ、じゃあ行ってきまーす!」
俺は大声で両親に伝えると、七瀬と共に家を出た。
畑に囲まれた道を歩き、途中から森へと入り、草で生い茂った斜面を登っていく。
日光は木々に遮られているので、今のところは熱中症の心配はなさそうだった。
「もうそろそろだよな......?」
「うん! もうすぐ!」
七瀬に確認すると、そのように返事が返ってきた。
気温に関しては問題ないが、体力的に厳しく、息が荒い。
そんな俺に対し、七瀬はまだまだ余裕そうだ。
斜面を登りきり、草をかき分けて進んでいくと、水が流れる音が聞こえてきた。
「見えたよ!」
七瀬が指差す先を見ると、開けた場所に川が流れていた。
中流に該当する部分で、水の流れはそこそこ早かった。
俺と七瀬は荷物を砂利の上に置き、腰を下ろす。
「はぁぁ......! 疲れた......!」
歩き疲れた俺は、砂利の上に寝転がってしまった。
「お疲れー。お水飲む?」
七瀬がペットボトルを鞄から取り出し、俺の額に置く。
「冷たっ! あ、ありがとう......」
俺はペットボトルを受け取り、体を起こす。
蓋を開け、中の水をごくごくと飲んでいく。
中身は凍っていたので、水はとても冷たかった。
「それじゃ、さっそく釣りしよ!」
七瀬はクーラーボックスに座り、釣りの準備を開始した。
手際よく釣り針に餌を取り付け、川に投げ込んだ。
「すげー手際良いな」
「へへっ。釣り好きだったからね。正道はあんまりやったことない感じ?」
「は、恥ずかしながら......」
俺は少し照れながら言う。
最低限の釣りの知識はあるが、七瀬の手際の良さと比べると、雲泥の差だった。
適当に餌を取り付け、適当に竿を振るい、釣り針を川へ落とす。
それから、俺と七瀬はボーっと川を見つめながら、魚が引っかかるのを待った。
水が流れる音や鳥の鳴き声が周辺に響き渡り、心が癒されていく。
もしかすると、七瀬は勉強ばかりの俺を癒すために、釣りに誘ってくれたのかもしれない。
「おっ? おおっ!?」
七瀬が突然立ち上がり、釣竿を引き始めた。
リールを回しつつ、必死に引っ張っている。
「七瀬、手伝おうか!?」
俺は立ち上がり、七瀬の後ろから釣竿を持つ。
そして、一緒に引っ張ること数十秒。
釣竿を引いた瞬間、川から四十センチほどの魚が飛び上がり、地面へと落ちた。
「やった! 釣れた!」
七瀬は魚の口に刺さった釣り針を外すため、魚に駆け寄る。
「なんの魚だ?」
俺はポケットからスマホを取り出して調べようとしたが、電波の入りが悪く、ネットに繋がらなかった。
「正道ー! 手伝ってよー!」
「あ、悪い」
俺も魚の元に駆け寄り、魚の体を抑える。
その間に、七瀬が釣り針を外す。
「よっこらせっと......」
七瀬は両手で魚を持つと、そのまま運んでクーラーボックスに入れた。
俺は七瀬が軽々と魚を運ぶ姿を見て、感心する。
「すごいな。そんな軽々と運べるなんて」
「え......? あ......。こ、これも演劇の訓練の賜物かな?」
腕を曲げ、上腕をポンポンと叩く七瀬。
「それに比べて俺は......」
七瀬に比べて俺は、力は貧弱でひ弱だ。
弱っちい自分が情けなく、少しだけ自身を失ってしまった。
「ま、まぁ正道は頭いいから......!」
七瀬がフォローしてくれたがあまり響かなかった。
自分でも恥ずかしいが、ウジウジしながら川を眺め始めた。
それから数時間後。
森の中のこの場所も気温が上がり始め、汗をかき始めた。
「正道? 大丈夫?」
「ああ、ちゃんと水を飲んでるから、大丈夫だとは思う」
俺は水を飲みながら、竿を見守る。
現在は七瀬が三匹、俺が二匹釣れている。
「本当に大丈夫......?」
「大丈夫だって......」
七瀬は心配してくれているが、そんなに体調が悪くみえるのだろうか?
スマホを起動し、内側のカメラで顔を見る。
「......あれ?」
画面に映っていた顔は、熱中症のように赤くはなかった。
だが、少しだけ、ほんの少しだけ血色が悪いように感じた。
次の瞬間、急に頭が痛くなり、手で押さえる。
「正道? 正道!?」
七瀬は立ち上がり、俺の元に駆け寄る。
「大丈夫!? ねぇ!」
「あ、頭が......」
突然の頭痛に気持ち悪くなり、口を咄嗟に抑える。
視界が歪み、体を起こしている状態を保つのが困難になってきた。
「どうしよう......! と、とりあえず横にして......!」
七瀬が俺の体をしっかりと持ち、地面に寝かせる。
「......っ!?」
その時に視界に映った七瀬の顔が、俺の頭に刻み込まれた。
何故なら、顔に靄がかかったかのように見えていたのだから。




