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俺の彼女は幻かもしれない  作者: Melon
第2章 青春
8/18

急用

 トイレに入り、鏡で自分の姿を確認する。

 耳の上の髪の毛がボサボサになっており、少し横に跳ねている。

 おそらく、車で寝ている間に擦れてしまったのだろう。


「うー......。恥ずかし......」


 俺は蛇口を捻り、手を水で濡らす。

 そして、跳ねている髪の毛を撫で、無理やり押さえつける。


「......よし、と」


 数秒ほど押さえつけてから手を離すと、寝癖は治っていた。

 念のために他の部分も問題ないかどうかを確認し、特に問題を見つけられなかった俺は、トイレから出た。


「あ、おじさん。トイレありがとうございました」


 カウンターに肘をつき、対目に立っている父さんと話していた店主にそう言った。


「おい......。先に行くなって......」


「す、すまん......」


 父さんに呆れられ、俺は謝った。


「まあまあ......。それで、今日は何の用なんだい?」


 店主がにっこりと笑いながら俺に聞いてきた。


「友達と川釣りに行くので、川釣り用の竿と餌が欲しくて......」


「川釣りね。ちょっと待ってな」


 店主がカウンターを離れ、立てかけてある釣竿と、棚に置いてあるプラスチックの容器に入った餌を手に取った。

 そして、俺に手渡してくれた。


「はい、竿と餌だよ。餌を取り付ける時は、針が指に刺さらないように気をつけるんだよ」


「はい。ありがとうございます」


「それじゃ、料金は......」


 店主がレジを打ち、値段を出す。

 父さんは財布から一万円札を取り出し、店主に手渡した。


「まいどありー」


 竿を買った俺と父さんは、店から出た。


「よし、じゃあ竿を車に置きに行くか」


「ああ」


 俺と父さんは商店街を歩き、車へと戻る。

 竿と餌を車に置くと、父さんの携帯に電話がかかってきたのか、スマホをポケットから取り出し、耳に当てる。


「もしもし。え? わかった。すぐ帰る」


 父さんが電話を切ると、こちらを向く。


「今、母さんから連絡があってな。七瀬ちゃんが遊びに来てるから、すぐに帰ってこいだってよ」


「え? 七瀬が?」


 俺は街を散策するつもりでいたが、七瀬が遊びに来ているのでは仕方がない。

 車に乗り込むと、父親は車のエンジンをかける。

 そして、また退屈な山道を通って家へと戻った。



 家へと戻り、釣竿と餌を手に持ち、玄関の扉を開ける。

 だが、違和感に気が付いた。

 七瀬が遊びに来たと連絡があったのにも関わらず、七瀬の靴が置いていなかったのだ。


「あれ? 七瀬は?」


 俺は靴を脱ぎ、周辺をキョロキョロと見渡す。

 靴を持って隠れているのかと思ったが、そういうわけでもなさそうだ。


「あぁおかえり。七瀬ちゃんね、急用を思い出して帰っちゃったんだよ」


 俺が七瀬を探す姿が台所から見えたのか、母さんが台所から大声で教えてくれた。


「ええー! せっかく急いで帰ってきたのに......」


 俺は玄関の床に座り、うなだれる。


「まぁまぁいいじゃない。どうせ明日会えるんだから」


 俺が落ち込んでいるのは七瀬と会えなかったということもあるが、七瀬が帰ってしまったのならもっと街を見て回りたかったという理由もある。


「......でも、急用なら仕方ないか......」


 俺はそう思い、部屋へ釣竿と餌を運んだ。

 

 それから勉強して、昼食を食べ、また勉強をして、夕食を食べて、という勉強漬けの一日で土曜日が終わった。

 一度倒れたこともあり、母親に心配されたが、明日は一日中遊ぶから、と説得した。

 それから風呂に入り、すぐに布団に入り、眠りに落ちた。

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