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俺の彼女は幻かもしれない  作者: Melon
第1・5章 目覚め・現実

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幻の始まり

 俺はどうしたらいいか分からなくなり、報告と相談のために藤波という医師の元へ向かった。


「すみません......! 藤波さん......!」


 俺が受付カウンターから声をかけると、藤波さんが奥から現れた。


「どうしたんですか?」


「七瀬が......! 七瀬が目を覚ましたんです......! ですけど......」


「ですけど、どうしたんですか?」


「七瀬は自分のことを......。俺、高凪正道と思い込んでいる可能性がありまして......」


 それを聞いた藤波さんは、眉をひそめた。


「......本当ですか?」


「本当です! 目を覚ましたから、名前とか、覚えていることを言うようにって質問したんです! そしたら、高凪正道、一四歳って......!」


「落ち着いてください。とりあえず私がお話をして、様子を確認してみます」


 藤波さんはスタスタと病室に向かって歩き始める。

 しかし、俺はそんな藤波さんの白衣を手で掴んでいた。


「どうしたんですか?」


「藤波さんは七瀬に本当のことを伝えるんですよね......?」


「まぁ、嘘を付くことはいけないことなので」


「藤波さん......。お願いがあります。......一旦、七瀬に本当のことを伝えるのはやめていただけないでしょうか......?」


「......どうしてですか?」


「だって! 七瀬に本当のことを言ったら......!」


 俺は恐れていた。

 七瀬は勉強の疲労とストレスで倒れたのだ。

 そして、自分を男性である高凪正道だと思い込んでいる。


 そんな時にいきなり君は女性の西森七瀬だと言われたらどうなってしまうか。


 七瀬は現実を受け入れずパニックになってしまうのではないかと。

 ただでさえストレスで健康状態が良くない七瀬に、事実を伝えるのはあまりにも酷ではないかと。


「七瀬が現実を受け入れられなくて、パニックになって......」


「......確かに、君の言う通りですね。......分かりました。一旦、君の案に乗りましょう。七瀬さんが正道くんではないことは勿論、正道くんが七瀬さんではないことも黙っています。」


「......っ! ありがとうございます!」


 俺は藤波さんの白衣を手から離し、勢いよくお辞儀をした。


「ですが......」


「ですが、どうしました?」


「君のことを七瀬さんだと思っているのなら、口調でおかしいと思われてしまうのでは?」


「あぁ、それは......」


 俺にはおそらくバレないであろうという自身があった。


「俺、実は演劇家を目指してて......。声真似や口調を真似ることができるので、おそらく大丈夫かと......」


「......そうですか。少し心配ですが、まぁいいでしょう。とりあえず今は急いで七瀬さんの様子を見に行きましょう」


「はい......」


 俺たちは七瀬の病室に向かって歩き始めた。



 この時、俺は心の中で七瀬に謝罪をしていた。

 こんな俺を許してほしいと。


 七瀬を騙していることに対する謝罪だけではない。

 俺はこの状況を利用し、七瀬との距離を詰めるつもりだからである。

 この田舎から出ていくことだけを考えている七瀬に振り向いてもらうには、こうするしかない。


 最低な行為だということは分かっている。

 だが、七瀬を諦めることはできない。


 俺は、七瀬のことが好きだから。



 病室の前で歩みを止め、扉を開ける。


「あっ! 正道! 安静にしてないと! 起きないで寝てて!」


 七瀬が体を起こしている姿が見えたので、俺は慌てて七瀬に駆け寄る。

 そして、女の子っぽい話し方と声で、七瀬に近寄った。


 本来の七瀬の口調とは違うが、七瀬の口調を真似てしまっては、距離を詰めることは不可能だ。

 あえて距離を詰めるために慣れ慣れしくしてみたが、どうだろうか。


「なぁ七瀬......。俺は一体......」


 正直、声を完全に真似ることは不可能なので、不安はあった。

 だが、七瀬は声に対し、違和感を感じてなさそうだった。

 

 もしかして、聴覚にも異常があるのかもしれない。

 それを確かめるために、少しずつ地声に近づけ、どこまでなら違和感を持たれないか確かめてもいいかもしれない。


「その件については、私からお話しましょう。あ、ちなみに私は藤波と言います。よろしくね」


 藤波さんは眼鏡をクイッっと指で動かしながら言う。


「正道くん。君は、受験勉強のストレスで倒れてしまったんだ。それで、ここに運ばれた」


「受験勉強......」


 七瀬は必死に考え始める。


「思い出しました......」


 数秒ほど考えると、倒れた時のことを思い出したのか、そう呟いた。


「そうか、よかった」


「本当に良かったよ!」


 俺は嬉しさのあまり、無意識に七瀬に歩みよる。

 しかし、うっかり躓き、勢いで七瀬を抱きしめてしまった。


(しまった......!)


 心の中でやってしまったと思い、心臓のドクンドクンという音が激しくなると共に、嫌われるのではないかという恐怖で吐きそうになる。


「お、おいよせよ......。心配してくれるのは嬉しいが、俺たちそんな仲じゃないだろ......」


「あ、そうだね......。ごめん......」


 俺は反省し、七瀬から離れた。

 それと同時に、嫌われなかったことにとても安心した。


「ごほん......」


 藤波さんが咳払いをする。


「二人で色々話をしたいと思うが、私から伝えたいことがある。聞いてくれるか?」


「は、はい......」


「まず、当分はこの病院で安静にしながら生活してもらう。そして、私が問題ないと判断したら、退院して今まで通り学校に通ってもらっていい」


 藤波さんからの説明は簡素なものだった。


「私もお見舞いに来るから! 慣れない生活が続いて大変かもしれないけど、私も手伝いにくるから頑張ろうね!」


 俺は励ますために、七瀬にそう言った。


「じゃ、私はこれで。君も明日早いのだろ? もう遅いし、帰りなさい」


 藤波さんは俺に帰るよう促すと、病室から出て行った。


「じゃ、じゃあね。正道」


 七瀬に別れの挨拶をする。

 この時点で既に俺の地声にかなり近いが、違和感を持っていないようだった。

 もしかしたら、俺のことを七瀬と思い込みが強すぎて、まともに聞き取れていないのかもしれない。


 七瀬を見つめつつ、藤波さんの後に続いて部屋を出た。



 口調や声を変えてみたが、あまり気にしていないようで助かった。

 もし、疑問を持たれても、実は前から好きだった、などの理由で誤魔化そう。



 コツコツと足音を響かせながら、入口へと戻っていく俺と藤波さん。

 受付の前まで着くと、藤波さんは患者向けの待ち椅子に座った。


「正道くん。帰りなさいと言っておいてあれですが、少しお話があるので、ここに座って話しましょう」


「は、はい」


 俺は藤波さんの隣に腰を下ろした。


「それで話ですが......。私は精神科医では無いので、断定はできないのですが......。症状からして、解離性同一性障害だと思われます。」


「解離性......。同一性障害......?」


「所謂、多重人格と言われる症状です」


 多重人格。

 自分自身に本来の人格に加え、別の人格が生まれてしまう症状だったはずだ。


「おそらく精神的ショックで七瀬さんの中に正道くんの人格が誕生し、本来の人格が表に出てこなくなっているのだと思われます。それほど勉強が過酷で、頑張る自分を消してしまいたい、消さないと死んでしまうと身体が判断し、七瀬さんの人格を封じ込めてしまったのかもしれません......。それと同時に、記憶障害や幻覚等の症状が出てしまい、あのように......」


「そ、そんな......」


「それと......。おそらく君は、しばらくの間本当のことを隠したいと思っていますよね?」


「あ、は、はい......。少なくとも、受け入れられそうな精神状態になるまでは......」


「......本当は良くないことですが、七瀬さんのことを考えると、君の言う通りにした方がいいのではないかと思います」


「あ、あとそれと......」


「......なんですか?」


「ずっと入院してると精神的にもあまり良くないと思うので、俺が付き添いをしつつ普通の生活をさせてあげたいんです......」


「そうですか......。ですが......」


 藤波さんは神妙な面持ちで話を続けようとする。


「君の考えを、偽りを貫き通すには......。私や正道くんだけではない。七瀬さんや君のご両親、学校の教師の方を巻き込んで嘘で塗り固められた環境を作らなければならないことは分かっているよね?」


「そ、それは......!」


 藤波さんの言う通りだ。

 正道だと思っている状態で七瀬を家に帰し、学校に通わせるとなると、関わるであろう人物全員に協力してもらわなければいけなくなる。

 七瀬に都合の良い、幻のような環境を構築しなければならない。


「......俺が、俺が説得して協力してもらえるようにします! だから、お願いします......!」


 俺は思いが伝わるように、必死に藤波さんにお願いをした。


「......分かりました。一応、七瀬さんは体調や精神が不安定な可能性があるので、一週間ほど様子見で入院させます。その間に、七瀬さんが関わるであろう人物全員に説得してください」


「はい......!」


「それと、七瀬さんのご両親は毎日夜にお見舞いに来るそうなのですが、もし、七瀬さんのご両親が私たちの意見とは逆の意見。......真実を伝える意志があるのであれば、七瀬さんのご両親を説得するタイムリミットは、最悪の場合明日の夜に......」


「あ、明日!?」


 七瀬の両親さえ説得できれば、他の人に関しては両親が言うなら、と受け入れられるかもしれないと思っていた。

 だが、一番難しいと思われる七瀬の両親の説得が明日であり、俺の意見に反するようなら、いったいどうすればいいのか。


「あとは、君の演技のボロが出ないように、徹底的に練習しないといけませんね......」


「そ、そうですね......」


 与えられた約一週間の期間。

 それまでの間に、七瀬が関わるであろう人物全員への説得。

 一番難しい七瀬の両親の説得に関しては、明日の夜まで。

 それに加え、俺の演技がバレないように、徹底的に七瀬のフリをできるようにしなければいけない。


 正直、上手くいくかは分からない。

 だが、七瀬を守るためだ。


 俺は決意した。

 七瀬のために、作り出した幻を維持すると。

 七瀬の精神を安定させ、真実を伝える機会を作ると。


 七瀬を守るために、絶対に成功させると、俺は決意した。

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