居場所
花火大会に行きたい。
そんなごく普通の言葉に、何故そこまで驚いたのか。
ぼんやりとしか見えていなかったので、見間違えであるかもしれない。
だが、見間違えでなかったとしたら。
七瀬、母さん、坂月先生の三人は、どうして驚いたのだろうか。
「あー......」
七瀬は立ち上がり、花火大会のチラシを手に取る。
「な、何か都合が悪いのか......?」
「えーっとね......。......いや、都合は悪くないよ......」
口ではそう言っているが、目は明らかに泳いでいた。
「じゃあ、何でそんな反応をしてるんだ......?」
俺は七瀬に質問するが、七瀬はチラシをじっと見始め、俺のことを無視した。
「......あれ? これ、よく見たら中止のお知らせじゃん!」
「中止......?」
「えっと......。今年は資産面で厳しくて、中止になっちゃったんだってよ......」
「え、でも......。中止の連絡を、そんなカラフルなチラシで......」
「......下半分花火大会中止のお知らせで、上半分はスーパーのセールのチラシみたい。しかも、期限過ぎてる」
七瀬はチラシを持ち、母さんの元へ向かう。
「正道のお母さん。このチラシ、もう要らないですよね?」
「え、えぇ。要らないわ。七瀬ちゃん。捨てちゃってくれる?」
「分かりました! じゃ、捨てちゃいますね!」
七瀬はチラシをクシャクシャに丸め、ゴミ箱に投げ捨ててしまった。
「あ、料理がもう少しで完成しそうですよ」
料理中の坂月先生が、嬉しそうな声で俺たちに伝える。
「それじゃ、お皿に移して......と......」
坂月先生が皿にパエリアを移すと、母さんが皿をテーブルに置く。
見た目はとても良く、忘れていた空腹を思い出す。
「良い感じにできましたよ......!」
坂月先生がニコニコしながら、七瀬の隣の席に座る。
「あとは、飲み物を用意して......」
母さんが冷蔵庫からペットボトルを取り出す。
中身は、オレンジジュースと麦茶のようだ。
そして、俺と七瀬のコップにはジュースを、母さんと坂月先生のコップには麦茶を注ぐ。
注ぎ終えると、母さんは俺の隣の席に座った。
「それじゃ、準備も整いましたし......」
七瀬はコップを持つ。
「正道の十四歳の誕生日を祝って......」
俺と母さん、坂月先生も同じようにコップを手に持つ。
「かんぱーい!」
「「かんぱーい」」
「か、乾杯......」
俺たちはコップを一斉にぶつける。
そして、飲み物を口に入れた。
「さ、正道くん。召し上がれ」
「は、はい......」
坂月先生に促された俺は、パエリアをスプーンですくう。
見た目、匂いはとても良いが、果たして味はどうなのだろうか。
坂月先生が少しだけ不安そうに、じっと俺のことを見つめている。
そんな先生を気にしながら、パエリアを口に含み、咀嚼する。
「......美味しい」
「本当!?」
不安そうな顔が一気に嬉しそうな顔に代わる。
「実は、少しだけ不安だったんだ......。味付けが合わなかったらどうしようって......」
「......とても美味しいですよ。作ってくださって、ありがとうございます」
「えへへ......。嬉しいなぁ......」
坂月先生は後頭部に手を当て、恥ずかしそうに照れている。
「そんな美味しいなら、私もパエリアから......」
七瀬と母さんもパエリアを食べる。
「んー! 美味しい! 先生、お料理上手なんですね!」
「本当、すごく美味しい」
「まさか、こんなに褒められるなんて......。私、お手伝いして本当に良かったです......! おかわりもあるので、どんどん食べてくださいね!」
「はい!」
七瀬は返事をすると、パエリアをどんどん口へと運んでいった。
みんなが用意してくれた、俺の誕生日会。
賑やかで楽しい誕生日会。
この誕生日会が幻ではなく本物なら、俺はとても幸せ者だ。
「そういえば正道。あんた、今年は何か欲しい物ってある?」
母さんが、誕生日プレゼントは何がいいかを聞いてきた。
「欲しい物、かぁ......。......今は、うーん......」
「......去年もそんなこと言ってなかったっけ?」
思い出してみると、去年も同じことを言ったような気がする。
勉強の邪魔にならないように、そして、高校に合格して本気でここを出ていくという意志を見せるために、物欲を完全に消し去っていたせいだ。
「......うん。でも、欲しい物はあるから、手に入りそうな時に......」
「はいはい。分かってるわよ。それも去年聞いたわ」
そろそろ母さんに、遠くの高校を受験して一人暮らしをしたいと言ってもいいのでは、そう思った。
しかし、今はまだ言わない方がいいと判断した。
勉強のし過ぎで入院した後なのに、遠くの偏差値の高い高校に通いたいと言ってしまったら。
合格するかどうか分からない不安から、勉強にのめり込みすぎるに違いない、と思われてしまうだろう。
そんなことを思われてしまったら、勉強しないように見張られる可能性だってある。
だから、あくまで趣味で勉強をしているように見せかけるのだ。
そして、母親は倒れたから反省しているはずと思い込んでいるはずだ。
だから俺は、その隙をついて勉強をするのだ。
こんな何もない、退屈な田舎からいち早く出るために。
「ねぇ、正道! チキンも美味しいよ!」
七瀬はそう言うと、俺の取り皿にチキンを勝手に置いた。
「あ、ありがとな......」
俺はチキンを食べる。
「う、美味いな......」
「美味しいよねー。正道のお母さん、本当に料理上手!」
「あら、照れちゃうわね、ほほほほほ......」
本当に、本当にここは退屈なのだろうか。
ここには俺のことを気にかけてくれる家族も、彼女の七瀬もいる。
俺の居場所はここではない。
ずっとその一心で、中学生になってからずっと、ずっと勉強をしてきた。
しかし、その考えは間違えなのではないか。
ほんの少しだけ、そんな疑問が芽生えていた。




