診察
次の日、母さんに車で俺が入院していた診療所まで送ってもらった。
診療所と扉を開けると、カランカランと鐘の音が鳴る。
館内に入ると、人は一人もいなかった。
この周辺は人がほとんど住んでおらず、健康的な人が多いので、診療所に人が来ないのだろう。
「おや? 正道くんじゃないですか」
入院の際にお世話になった藤波さんが、受付の奥から姿を現す。
「あれから体調はどうですか? ......まぁ、良くはないから本日やってきたのだとは思いますが......」
「はい......。ちょっと調子が......」
「お話は診察室でしましょう。今は見ての通りお客さんは誰一人いませんし」
「わかりました」
「じゃあ、母さんは受付前の椅子で待ってるからね」
母さんはそう言うと、受付の正面にある椅子に座る。
俺は藤波さんの案内に従い、診察室へと入った。
診察室には藤波さんが使っているであろうデスクが置いてあり、その上にはパソコンが置いてあった。
デスクの反対側には、診察用のベッドが置いてある。
「こちらに座ってください」
デスク前の椅子に座っている藤波さんが、丸椅子に座るように案内をする。
俺は丸椅子に座り、藤波さんと向き合った。
「では......。本日はどうされましたか?」
「えっと......」
ここまで来て、俺は思った。
果たして、本当のことを話してしまっていいのだろうか。
七瀬の姿が変わり、ドッペルゲンガーであるかのように自分の姿になっていた。
そんなことを話してしまえば、明らかに精神疾患を疑われてしまう。
そうなった場合、七瀬との生活を続けるのは不可能になってしまう可能性がある。
「......ん? どうしたんだい?」
なかなか答えない俺に、藤波さんが心配をして声を書ける。
「あの......その......」
必死に頭をフル回転させ、最適解を考える。
「実は......。最近目の調子が悪いような気がして......」
とりあえず、無難な解答をしてみた。
「目ですか? 例えば、どのような症状が出ていますか?」
「例えば、ぼやけて見えたり......。後は......。疲れてるのか、見間違えが増えたような気がして......」
「見間違え......」
見間違えという言葉に引っかかるのか、藤波さんは何か考え始めた。
余計なことを言ってしまったのではないかと思い、心拍数が上がり、冷や汗が出始める。
「......ちなみにその見間違えって、物に対してかい? 例えば、人を見間違えたりとか......。そういうことはない?」
「えっ......?」
何故、そんなことを聞いてきたのだろうか。
何故、見間違えている対象を、物か人か気にするのだろうか。
「りょ、両方です......。どちらも、時々見間違えが......」
俺は咄嗟に嘘を付いた。
勘であるが、少しだけこの先生を怪しく感じてしまったのだ。
「ふーむ......。ちなみに、具体的に例を教えてもらっていいですか? 例えば......。目の前の人をじ......。失礼、目の前の人を身近な人と見間違えてしまったとか、そういう症状はあったかい?」
どういうことだ。
まるで、こちらの症状を把握しており、それを俺の口から言わせようとしているような気がする。
これでは、診察というよりは尋問だ。
「......いえ、別の人に見えたというよりは、ちょっと髪型が変わってるように見えたとか、その程度です......」
また嘘を付く俺。
少しだけこの人のことが怖くなり、本当のことを言えなくなっていた。
「......なるほど」
藤波さんはキーボードでパソコンに文字を打ち込み始める。
おそらく、カルテに情報を入力しているのだろう。
「ちなみに、勉強はどのくらいしていますか? 入院前みたいに過剰にしていたりしませんか?」
「......勉強はそこまでしていないはずです。平日は授業を除くと二時間。休日は六、七時間ほどで......」
「ふーむ......」
再び情報を入力していく藤波さん。
「......おそらく、入院明けの環境変化による体調不良と勉強疲れが重なり、調子が悪くなっているのでしょう。どうしても気になるのであれば......。街のふもとの眼科に行ってください。生憎私は眼科では無いので、詳しい目の治療はできないので......」
「そ、そうですか......」
「......診察は以上となります。何か、聞いておきたいことはありますか?」
「いや、特には......」
「そうですか。では、お疲れさまでした」
「あ、ありがとうございました......」
俺は立ち上がり、お辞儀をする。
そして、扉を開け、診察室から出た。




