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架け橋にはなれない



 思い返せば、アリスがアロルドと一緒に出掛けたりしたのは、付き合い始めの最初の頃だけだった。


 ラリサの体調が崩れる日が頻繁にあって、アロルドは仕事中、街の見回りの際あえて遠回りをするルートを選んでラリサの様子も見に行っていたのだと言う。


 それだけならまだしも、ラリサの家で雇っていた男の方が、家の事情でしばらく来れそうになくなってしまったのもあって、アロルドが男の代わりにラリサの家に食料を買って届けたりするようにもなってしまった。


 男の家族が事故に巻き込まれ怪我をして、身動きするのが大変な状況らしくそちらの世話をするので精いっぱい、となれば家族を見捨ててラリサの家で働けなどとはとても言えない。


 男が働いていたのはあくまでも生活のために必要な金を得るためであって、ラリサの境遇を憐れみはしていたようだがしかしそのために自分の生活を犠牲にするまではいかなかったのである。


 食料に関しては、纏めて購入するにしてもラリサの体調が悪い時は中々食べられない事もあって、下手に大量に買うと最悪消費しきれずダメにしてしまう可能性があった。

 そうでなくとも、こまめに様子を見に行く必要もあったせいで、アロルドはアリスと会う回数ががくんと減ってしまっていた。

 事情を説明したし、アリスは理解してくれたけれど。


 それでも申し訳なく思っていたし、後日埋め合わせを……と思っていたのは嘘ではない。


 けれどもラリサの体調が悪化した状態は、今回随分と長引いて気付けばもう随分アリスと会う機会がなくなってしまっていた。



「ねぇ、あんたホントにそれ付き合ってるって言える状態?」


 見回り途中で異常がないか確認のために立ち寄った冒険者ギルドで、サニアが半眼をアロルドに向けた。


「アリスには悪いと思っている。だが……ラリサを見捨てるわけにもいかないだろう。早くに親を亡くして、本人はまだ成人すらしていないんだぞ」

「わかってるよぉ? そこら辺アタシも聞いてるし。

 でもさぁ、手紙とかのやりとりは? してんの?」

「何度か出かける約束を反故にしてしまったからな。それについての謝罪の手紙とかは……」

「そだね、その手紙届けるの、アタシも手伝わされた事あるし」


 サニアは頬杖をついて、かすかに首を傾げるようにした上でアロルドを見る。角度的にかすかに睨まれているように見えるのは、決して気のせいなどではないだろう。


「わかってるよ、どうしようもないって事はさ。ラリサちゃんだっけ? 彼女だって別に好きで病気に罹ったわけでもないだろうし。親が死んで頼れる人が身近にいないってのも心細いだろうってのはわかる。

 でもさ、だからってずっと現状を維持し続ける事ができるわけじゃないでしょ? あんたそこら辺どう考えてるの?

 ラリサちゃんの後見人みたいになってるんだから、そこちゃんとしとかないと何かあった時、一番大変なのラリサちゃんになるんだからね?」


「それはわかってる……だが、ラリサはあまり大人にいい印象を持っていないから。

 俺の両親が生きてた時に推薦されて雇ったのが今の二人だが」

「おばあちゃんの方だっていつまでも生きてられるわけじゃないんでしょ? 言い方悪いけど。

 流石に今日明日でぽっくり、とはならないだろうけど、でも、何年か先にはいなくなってる可能性はゼロじゃないんだよ?」

「そうだな……わかっては、いるんだ……」


 がっくりと項垂れるアロルドを見て、サニアは「ままならないものねー」とやる気なさげに呟いた。


 アロルドが年端もいかない少女を自分に依存させようとしている、とかであればまだしも、アロルドだってラリサの現状をこのままにしておくのは良くないとわかってはいるのだ。


 けれども、知らない大人に関してあまり信用できないラリサの家に、身の回りの世話をする人を雇い入れるようにするにしても、本気で身元が確かで信じて大丈夫、と太鼓判を押せるような相手じゃないとラリサだってそう簡単に受け入れようとはしないだろうし、アロルドだって警備の仕事の合間にそこら辺どうにかしようとはしているものの。

 実際、今ラリサの家で住み込みで働いている老女は色々とラリサの世話を焼いてくれてはいるし、サニアの言うように正直すぐに死んだりしないだろうけど、でもその未来は案外近くにあると言っても過言ではないのだ。


 嫌な言い方だが、掃除の最中、上の方を掃除しようとしてハタキを持って台の上に乗って……そこでうっかりバランスを崩して転倒するだけでも良くて骨折、最悪な結果で打ち所が悪くて死亡である。

 高い踏み台など使わなくたって、ほんのちょっとの段差でも年を取ってからは致命傷になる代物だ。油断はできない。


 もしそうなってしまえば、ラリサの家で働く人間はいなくなる。

 男の方はあくまでも補助程度であって、家に住み込みであれこれ世話を焼くまではいかない。

 男にも家庭があるので。


 そうなると、家にはラリサ一人となる。

 ラリサの体調が良い時であれば自分の事は自分でできるようではあるけれど、しかしそうでない時はベッドで安静にしていなければならない。

 上手く動けそうにない時に、新たに雇った人物が今がチャンスとばかりに悪事――それこそ家の中の金目の物をくすねるだとか――をやらかさないとは現時点、無いと断言はできないのだ。

 勿論そんな悪い人間ばかりではないとラリサだってわかってはいるが、しかし親が死んだ時押し寄せてきた自称親戚たちのせいで信じ切る事ができなくなってしまった。

 確かに遠縁の者もいたようだが、しかし無関係の者もいたのだ。無関係のくせに親戚を名乗った者たちの目的など、言わずもがなだ。


 もし調子の悪い時に新たに雇った人物が悪事を働いたとして、その時にラリサが対処などできるはずもないし、財産を持ち逃げされた後、仮に犯人を捕まえてもこういった犯罪は後から盗られた金が返ってくる事の方が少ない。

 そうなれば、ラリサはこの先の人生、どうにか自力で働いて金を稼いで生きていかなければならないが、しかし健康体ではないラリサにそれは酷な話。アロルドが面倒を見るにしても、成人前まではともかく、成人後まで面倒を見るわけにもいかない。アロルドにだってアロルドの生活があるのだから。

 せめて自立できるのであればいいが、そうでない以上、ラリサには頼れる大人がどうしたって必要なのである。


 そしてその頼れる大人が今現在、アロルドであるという事は否定できない。

 このままではいけないという事を、アロルドだってわかっている。

 アロルドにとっても、ラリサにとっても。


 ラリサにはもっと頼れる大人が必要だ。

 アロルドはまだ若く元気ではあるけれど、それだってこの先ずっとそうである保証はないのだから。

 アロルドだってラリサのようにある日突然病に倒れるかもしれないし、そうじゃなくたって、いずれアロルドはアリスと結婚するつもりでいるし、もしアリスに子が生まれたならその時は。

 アロルドだって我が子を優先するだろう。


 それがいつになるかはまだ未定だが、しかしその未来はきっとそう遠くはない。

 今は仕事も忙しくて落ち着いてアリスと会う事もままならないけれど、アリスには説明してわかってもらえている。

 わかってもらえているからといって、その状況に胡坐をかいているわけにもいかないとアロルドは思っているものの、そこら辺はどうしたってラリサの体調次第でもあるせいで、埋め合わせすら今は難しい状況だった。


 現状を指摘したサニアとて、それくらい理解はしている。


 どうせ他人の子なんだから、ラリサなんて見捨ててしまえばいいじゃない、なんて事は仮に思ったとしても口に出せば周囲からの非難は確実だろう。

 もっとも、サニアは別にそこまで思っていないのだが。


 もしラリサが孤児院で生活するような状況であったのならば。


 親が死んだ直後の、まだ病に倒れる事がないうちならば、周囲と助け合って生きていけただろう。

 だが病に倒れた時点で、もし他の孤児たちの生活を逼迫するほどの負担がかかるような事になっていたのなら、人知れずそっと始末される可能性もある。


 サニアは孤児院で生活していたので知っている。病気に罹った子だって確かにいた。

 軽い症状ですぐに治ると言われた子たちはともかくとして、重症でこの先治るかわからない、と言われた子たちはいつの間にやら孤児院からいなくなっていた。

 ここでは治せないからお医者様のところに運んだの、なんてシスターは言っていたけれど。


 その後、その子の姿を見る事はなかった。


 治らないと判断されて死んだのか、治らないとわかりつつ新薬の実験体にされたのかまでは知らないが、どちらにしても死んでいるはずだ。もし治ったというのなら、その後姿を見ないのは逆におかしい。


 そのままどこぞへ引き取られたにしても、せめて一言シスターの口からその子の事を聞く事があってもおかしくはない。それがなかったというのなら、医者に診せると言いつつそんな余裕がない孤児院が秘密裏に処分したか、医者に診せたとしても薬の実験体にされたか。

 もしくは、殺してもいい相手としてそういった後ろ暗いところへ……どちらにしても想像できる先に明るい未来はない。


 孤児院とて裕福なわけじゃない。

 なのでラリサが仮に孤児院に身を寄せていたとして、その後病に倒れていたのなら今頃生きているかも疑わしい。


 ラリサの両親がラリサが大きくなってなお生活に余裕があるだろう程度に財産を残してくれているからどうにかなっているのであって、そうでなければ今頃ラリサという少女の存在がこの街にあったかも微妙なところだ。


 ラリサが病に倒れたのは、サニアとアリスがこの街に来る少し前の話で、その少し前までは親がいないながらもどうにか生活をする努力はしていた、とサニアも聞いてはいる。

 だが、その努力は病のせいで難しい状況へと変わった。

 サニアとアリスがこの街に来て少ししてからアロルドの両親は亡くなったそうではあるけれど、その時はまだサニアもアロルドとは知り合っていたわけではなかった。

 知り合ったのは、その後である。


 とはいっても、別にサニアとアロルドの出会いが少し早まったからといって何が変わるでもなかったはずだ。

 サニアはいずれアロルドとアリスが知り合う切っ掛けとして動いただろうし、アロルドがアリスに惚れるのにもそう時間はかからなかっただろう。

 ただ、アリスもラリサとは別の意味で人を簡単に信じられないから、アロルドが告白したところですぐに頷く事もなかった。


 変化があるとするのなら、それこそもっと早く――アロルドの両親がまだ生きている頃か、ラリサが病に倒れる以前に二人がこの街に来ていなければ、大した差はないとサニアは考えている。

 だがそんなものは、考えるだけどうしようもない事だ。

 一日二日の差ならともかく、年単位となればどう足掻いたところで無理があるのだから。


「いくら信用できるといっても、相性というものもあるからな……」

「あぁ、確かに人間不信になってる相手だもの、相性が悪いととことんまで拗れるでしょうね」


 そうでなくとも、ラリサの年齢から思春期特有の潔癖さもある頃だ。

 ただでさえ大人に不信感を持っているのに、信じるまでのハードルが余計高くなってしまっているのはサニアでもわかる話だった。


 ラリサの体調がもう少し良くなって精神的に余裕が出ない限りは、どちらにしても無理に誰かと会わせるような事をさせても上手くいかないだろう。


 アロルドに恋人ができたことを祝福できているので、ラリサがアロルドを異性と見ているわけではなさそうだ、とはサニアも思っているけれど、しかしアリスとラリサをアロルドが会わせるつもりも今のところはないらしい。


 まぁ、そうだろうな、とはサニアでも思う。


 アロルドの好きになった相手だから、ラリサだってアリスとは友好的な関係を築こうとはするかもしれない。

 だが、ふとした瞬間アリスの何かを気に入らなくて嫌いだなと思えば、信用できるアロルドにそんなのがいるというのが許せなくなるかもしれない。

 ラリサがアロルドにアリスと別れて、なんて言ったところでアロルドが簡単に言いなりになるとは思わないが、そうなると色々と大変な事になるのは目に見えている。


 逆に、アリスとラリサが仲良くなれたとしても。


 その場合、アリスがラリサの面倒を見る回数が増えるだろう事も簡単に考えられる話だ。

 ただの友人として、話し相手として接するにしても、結局ラリサの体調次第では身の回りの事を手伝ったりするだろうし、そうなればアロルドがアリスに対してそんなつもりがなくても、まるでラリサの面倒を見させるために会わせた、なんて思われるかもしれない。


 アロルドとアリスの仲が上手くいっているうちはいいが、もし喧嘩などをするような事になった時。

 間違いなくその場合、ラリサの事を引き合いにだしてアリスがアロルドを責める可能性は高かった。


 実際に、似たような話が既にあるせいで無いと言えないのが悲しいところだ。


 病気の母親を安心させたいからと結婚を急がせたものの、案外母親が長生きした事もあって嫁に世話を押し付ける形となって夫婦喧嘩の際に介護させるために結婚を急がせたんでしょう!? と嫁がブチ切れた件が、本当につい最近あったので。

 痴話げんかはよそでやれと言いたかったがあの時は冒険者ギルドの前が突然修羅場に見舞われてサニアも多少困ったものだ。


「どっちにしても、今すぐ何かを解決できるような話じゃない、って事なのはわかるけど。

 でも、本当に早めになんとかしないと、気付いた時には手遅れだった、なんて事にならないようにね。

 頭でわかってても心まで完全にそうだとは限らないんだから」

「それはわかっている。

 すぐには無理だけど、仕事の方はもう少ししたら多少落ち着いてくるはずだから、その時にどうにか時間をとってみるよ」

「……ま、健闘を祈っておいてあげる」


 気だるげにサニアが言えば、アロルドは冒険者ギルドを出ていった。

 ある程度の報告や情報交換ついでに世間話をする事は何度かある。だからこそ、アロルドがとても忙しい状態だというのも理解はできるけれど。


(ラリサのところに二回足を運んだのなら、せめて一回くらいアリスのところにも顔見せに行くくらいしとけばいいのに。見回りでルート変更とかある程度融通が利くなら尚更)


 ラリサは放っておけば健康面で大変な事になっている可能性もあるから足を運ぶ理由にもなるのだろうけれど、アリスは別に病気などでもない。だから、だろうか。そこまで考えが至らないのかもしれない。

 そうでなくとも仕事が忙しい時期で、更にラリサの事もある。

 そちらに意識が向いていて、疲れた状態でアリスのところに特に用もないのに足を運ぶという考えがないのか、それとも疲れた顔を見せるのは……と思っているのか、流石にそこまで深く突っ込もうとはサニアも思っていなかったから、アロルドに聞かなかったけれど。


 でも、と思う。


(確かに現状をどうにかするには時間が必要。ラリサの体調面でも、精神面でも。

 でも、それってアリスにも言える事なのよね……)


 アリスは自分の生い立ちをアロルドに語ったわけではない。

 だからこそ、アロルドはアリスが両親から愛されて育った娘だと思っているに違いない。


 最近めっきりアロルドと会う機会が減ったアリスは、ラリサの事を心配して、アロルドと会えない事も仕方がない事、と頭で理解しているのはサニアもわかっている。

 だが、心の奥底では完全に納得しているわけではない事も、サニアにはわかっていた。


 一番愛してほしかった身内に愛される事のなかった娘は、身内にすら愛されなかったのだから他人から愛されるという事を疑っている。

 付き合うのにアロルドは一生懸命アリスを口説いたけれど、しかし今、仕方のない事とはいえ会う時間が減って、埋め合わせすらままならない。

 アリスだって事情を理解してはいるけれど。

 それでも、アロルドがアリスを既に好きではないのかもしれない……と不安で揺れている事を、サニアだけが気付いていた。


 サニアがアロルドにそれを告げなかったのは、それを説明するにあたってアリスの生い立ちを語る必要性が出るかもしれないからだ。

 アロルドがそうとは限らないけれど、親に愛されなかった、という事を聞いてどう思うかはわからない。

 幼いアリスに問題があったのではないか、と人間性を疑うか、愛されなかったと思っているのはアリスの思い込みだと信じ込むか。

 そうでなくとも、サニアだって今でもよく異性に言い寄られる事があるけれど、相手によっては家柄だのなんだのと気にするようなのもいる。

 そういう相手の親に、サニアが孤児であったと知られれば好きで孤児になったわけでもないのにあれこれ言い出すのは目に見えていた。


 だからこそサニアだってこの街で、自分の生い立ちを語った事はない。

 聞かれても適当に躱している。

 アリスだって同じようなものだ。


 だから相手は何も知らない。

 知らないからこそ、普通に親に愛されてすくすく育ったものだと信じて疑わない。



 告白をしてアリスが頷いてくれたから。


 ラリサの事情を説明してわかってくれたから。


 だからアロルドは安心している節が見受けられる。

 アリスの心をつなぎ留められていると油断していると言うべきか。


(でも、その関係が今とても危ういって事に気付かないんじゃ、簡単に壊れるに決まってる)


 その背を見送ろうにもとっくにアロルドは冒険者ギルドから出ていってしまっている。

 だからこそ、呟く事もなくサニアはその言葉を口に出す事もなかった。


 どのみち第三者が何を言ったところで、当事者がどうにかしない以上、どうしようもないのだから。

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