忍び魂、大阪より愛を込めて
ウチは元・甲賀流。
今は関西のとある諜報機関に所属してる、れっきとした女忍者――朧。
今回は大阪府警からの依頼で、新宿までやってきた。
最近、このあたりで若い女性の失踪が相次いどるんや。
場所はバラバラ、職業もまちまち。けど、共通しとるんは――みんな、ある夜を境にぱったり姿を消す。
この東京の人間ジャングルの奥で、彼女たちはどこへ消えたんやろか。
ウチが、必ず何かしらの手がかりを掴んでみせる。
……せやけど、やな。
実は今回の出張、めっちゃ楽しみにしてた理由がもうひとつある。
──そう、ウチにはな、密かな趣味があるんや。
それは……
メン地下アイドルオタクや!!!!!!
言うても、にわかとちゃうで?
メン地下アイドル雑誌は創刊号から毎月購読中。
推しの脱退理由、全部言えるし、物販列の並び方で箱のレベルが分かる。
あと、現場で遭遇する厄介オタの特徴も熟知済み。←悲しき実体験
新人アイドルがデビューするって聞いたら、スケジュールなんて即キャンセルよ。
アイドル優先。任務も、まあ……うん、調整可や。
でやな――
最近ちょっと話題になっとるのが、あの“忍んでゴザル”とかいう、忍者アイドルグループや。
見たことあるわ、デビューイベント。
「ござる」とか言うて、忍者ごっこしながら踊ってた子らな。
ウチは忍者には、めっちゃめちゃ厳しいんや。
身内やからこそ一番厳しい。いや、ちょっと通り越して辛辣や。
ほんで正式デビューしたと聞いた時は正直――
「なんやそれ、笑かすなや」
って、スマホ投げかけたもん。
けどなぁ、どんなもんか一応……
ちょっとだけ……
ほんまにちょっとだけやで?
気になるやん。
一応、任務の一環としてライブに潜入することにしたんや。
もちろん、失踪事件の捜査が本命やで?
ウチがオタクやからとか、そんな理由ちゃうし!?
ついでちゃうし!!??(←自分で言ってて怪しい)
…とにかく。
潜入先は、“NINJA☆Stares”のライブ会場。
果たしてこのエセ忍者集団(暴言)に、
ウチの忍魂は燃えるのか、ドン引きするのか……
運命の幕は、すでに上がってるわけや――!
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ライブ会場――
うわ、けっこう並んどるやん!?
なめてたわ、こんな集客力あるとは…。
「ほう…やりおるな、NINJA☆Stares」
列に並びながら、ウチは目を細めた。
どうやら、5人編成になってから“スターズ”らしい。
ベタやな!!
けど、嫌いじゃないで!?むしろちょっと好きやで!?
とくにやな――
新加入の“黄昏”いう子!
あかん…見た目も喋り方も、もろウチの好みや……
いやいやいや!!ちゃうちゃう!!
そんなんちゃうねん!
あくまで人としてやで!?!?!?
アイドルとして、応援したいってことやからな!?
(↑すごい必死)
でやな、ふと横見たら――
あれ、あの車椅子の女の子やん。
こんな混んだとこまでよう来はったなぁ…
と、感心してたら……
「また来てくれたんですね、ありがとう」
「僕たちが運ぶよ」
――えっ!?ちょ、ちょい待ち!??
……本人おるやん!!
黒と黄の二人――柩と黄昏やん!?
えっ、マジで!?
ええ組み合わせすぎん??
モノクロの陰陽みたいなビジュやのに、
どっちも声と対応が優しすぎる……王子様か???
しかも、二人がその子と車椅子、
手慣れた感じで会場内まで運んであげとるやん……!?
なにそれ、好感度爆上がりやろ!?
めっちゃええ子らやん……好きやわぁ……
いやいやいや、あくまで人間的にやで!?!?!?!?(再)
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あの車椅子の子に優しくしてるのを見て、
まわりの客もザワザワし出してな――
「うわ…優しすぎる…」
「え、なにあの対応…彼氏かよ…」
「もう、それだけで推せる〜〜〜!!」
……ちょろい女どもやな。
――いや、ウチもやがな!!(爆)
わかる、わかるで。
あれは刺さる。ズッキュンや。
なんやったら、気ぃついたら――
ウチまでファンの子らと一緒に写真撮っとったわ!!
やるやん、NINJA☆Stares……!
んでな、その車椅子を押してた女の子が、
ウチの方にちょこっと近づいてきてな――
「もしかして……たっそん推しですか? 私たちもなんですよ〜!」
「器用そうなのに、ちょっと不器用で可愛いですよね〜あのギャップが…!」
わかってる!!!めっちゃわかってるやん!!?
「せやねん!ホンマにそういうとこにウチ弱いねん!」
「先月デビューしたタソラマってグループにも、不器用キャラおったけど……あれとはまたちゃうねん、たっそんは……」
「わかる〜〜〜!!タソラマのデビュー見てました!?私も行きました!」
「ええよな!?あそこのセンターの子、照れて笑えんのに頑張って笑顔作ってたとことかさぁ〜〜」
「アレな!!ぎこちなさがリアルやねん!ウチ、マジ泣きかけたもん!」
気づけば、そこにはオタク特有の超早口女子二人――
語彙は足りへんのに、感情だけは洪水みたいにあふれ出てる状態。
あかん……こんなとこで心の友できてもうた。
初対面やのに通じ合いすぎてて、逆に怖いくらいや……
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ライブイベントはな……
思ってた通り――いや、正直言うて、
思ってた以上……いや、想定外に楽しかった!!
え、なにあれ。
デビューのときから見てたウチが言うんや、間違いない。
歌の完成度が段違いや!!
たった数ヶ月でここまで変わる!?プロの成長速度やないか!!
五人編成になってからのフォーメーションもバチバチに決まっててな、
ダンスのキレがエグい。
なんやあの連携、修羅場くぐってきた感ある。
誰が教えたんや?元忍者の呼吸でも取り入れとんか?(たぶん取り入れてる)
気ぃついたらウチ、ペンライト振りながらリズム取っててな――
声出し禁止じゃなかったら、たぶん叫んでたわ。
これは……うん、
推せる。めっちゃ推せる。
しかもちょうど「ライブ強化月間」らしいやん?
毎週イベントあるとか、もう来るしかないやろ!
「まぁ、仕事の合間に覗きに来るだけやし」
――とか言い訳しながらな、
気ぃついたら物販コーナーで財布開いてたわ。
ええ、買いましたとも。
主に、たっそんのグッズをな!!
アクスタに缶バッジ、ステッカー、クリアファイル、
手裏剣モチーフのラバストは全種コンプや。
レジのお姉さんに「ポイントたまりますよ」って言われて、
「そりゃそうやろ」ってドヤ顔してもうた。
――いや、やばいやばい、これは任務や、任務!
……
せやけど、
次のライブもちゃんと予定空けとこ。
なんやろな、
この「次も来たい」って気持ち。
久々やわ、こんなん。
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せやけど、
捜査の方は正直、難航しとる。
……いや、正直言うたら、むしろわかりやすすぎるくらいやねん。
立ちんぼしてる子、普通におる。
こっち見て「どう?」みたいな目でチラチラしてくる子もおる。
けどな――
成人女性が、自分の意思でホストに貢いでる言うたら、
ウチらもなかなか踏み込まれへんのが現実や。
自由意志。
この言葉ほど、捜査を縛るもんもない。
ほんま、歯痒いわ。
せめて、
その「自由意志」を奪われた子だけでも助けなあかん。
それがウチの務めや。
――そんなこと思てた、ある日のこと。
あれは、NINJA☆Staresのライブ当日やった。
ライブの後、心の友、あのたっそん推しの車椅子の子を探してたんやけど……
なんか様子が違う。
おるにはおった。
けど、車椅子を押してるのが、あの時の子やない。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
なんでや。
一緒に来る言うてたやろ、あの子。
思わず話しかけてもうた。
「やあ、久しぶりやな。前に一緒におった子は、今日はお休みなんか?」
そしたら――
車椅子の子「彼女、実は……最近、連絡が取れなくなっちゃって」
車椅子を押してる子「なんか、最近ホストに通ってたみたいなんすよ。めっちゃ派手に遊んでたって噂もあるし…」
――嘘やろ。
あの子が、そんな急に変わるわけない。
ライブ前に言うてた。
「また来ましょうね」って、笑顔で言うてたやんか。
あんな目をしてた子が、
ホストに入れ込む?
何かおかしい。おかしすぎる。
なんで、ウチがこんなことできっかけ掴んでまうねん。
もっと他に、捜査の突破口あってええやろ……!
胸の奥が、ズキズキする。
怒りと、焦りと、悔しさがごっちゃになって、運命を呪った。
……絶対、見つけ出したる。
ウチが、必ず。
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ライブ帰りの夜道。
都会の喧騒を避けるように、朧は小さなカフェの扉を押し開けた。
店内は人気がなく、どこか忍びの気配を忍ばせるにはうってつけの場所だった。
テーブルにつくと、スマホを取り出してとある連絡先を呼び出す。
「――久しぶりやな。貸し、返してもらうで」
数分後、現れたのは黒いフードにサングラスの男。
元・甲賀流、現在は東京で情報屋をしている槙野だった。
「おお、朧ちゃん。珍しいとこ来たな。こっちで任務中か?」
「まさか、お前が地下アイドルの追っかけとはな〜!推し変でもしたか?」
「……うっさい。任務やっちゅうねん。遊びで来とるわけちゃう」
朧の真剣な眼差しに、槙野の表情が一転する。
「そっか……じゃあ、本題やな。女性失踪の件、何か掴んどる?」
「せや。ホストクラブ絡みで怪しい動きがあるらしい。情報、持ってへんか?」
槙野は腕を組んで少し考えた後、低く呟く。
「最近な、ホストに通ってる若い子に無理やり売掛させて――支払い不能になった頃合いで、“海外で稼げるバイトがある”って話を持ちかける連中がおる」
「そのまま連れ出されて、行き先は海外のラウンジか、下手したら軟禁や。パスポートも取り上げられて、戻ってこれへん。……そういう噂が出回っとる」
「……!」
朧の拳に力がこもる。
「あの子も……同じルートで連れていかれたんかもしれへん」
槙野は静かにうなずき、かつての戦友に視線を向ける。
「ま、昔の借りがあるしな。今回の情報はサービスしとくわ。オレもこの手の話は気分悪ぃ」
「……頼むわ。ほんまに急ぎなんや」
朧は席を立ちながら心に誓った。
――あの子を助ける。それが、自分の追う“あの事件”の鍵に繋がる。
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朧はカフェの奥の席で、スマホの画面を指でなぞっていた。
開いているのは、失踪した少女のNinstagram。
そこには、屈託なく笑う彼女の姿が、数えきれないほど並んでいた。
グラスを手にした夜の写真。煌びやかなネオンの前での笑顔。
そして、そのどれにも――同じ女性が写り込んでいる。
ブランドバッグに、ホストのVIPルーム。
きらびやかな空間で、いつも隣にいた「友人」。
同じドレス、同じホスト、同じ笑顔。
「……この子や。唆しとったんは」
手にしたブロマイドをそっと机に置くと、朧は槙野に連絡を入れた。
数時間後、槙野がDMのログを解析し、送ってきた内容を開く。
「〇〇くん、マジで神だから!〇〇ちゃんも来なよ〜!」
「やばい、あの人に会うとホント何も考えられなくなる〜」
「今なら海外行くって話あるよ。一発逆転で稼げるって!」
スクロールする指が止まった。
朧は唇を噛み締め、目を伏せる。
「……なんでやろな。あの子、NINJA☆Staresのライブ、めっちゃ楽しみにしとったのに」
静かに握りしめたのは、たっそんのブロマイド。
無邪気に笑う推しの姿が、今の朧を支えていた。
「せやけど……ウチが諦めるわけにはいかん」
「ウチは忍者や。たとえ相手が人の心を喰う鬼でも――絶対に許さん」
朧の目が、店の外を見据える。
そこには、夜の街に煌めくネオン――
獲物の匂いを隠しきれないホストクラブの看板が、静かに光っていた。
煌びやかな光の裏に、飲み込まれる影がある。
「ナイト・マリアージュ」――
行方不明の少女が最後に姿を見せたホストクラブ。
新曲の取材、そしてPV撮影という名目の潜入任務。
だが、今回の任務はただの演出では終わらない。
「ホストとして、真実を引き出せ」
笑顔とシャンパン、偽りの愛が渦巻く夜の街で、
我々は、真実を暴くために“煌めき”をまとう。
次回、『影、ホストになるの巻』
影は、どんな仮面でも着こなしてみせる。