【4話(1/3)】測定と意思疎通
神木の加護を受ける街・煌都。
サボりの学生・湊陽輝は、神木と意思疎通ができる女児・猪狩美咲のお守りを任務として請け負うことになった。
美咲を幼稚園と研究室に通わせ、授業への出席と両立させる――不良男子の学生生活に、変化が起きようとしていたのだった。
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※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
カーテンの隙間から差し込む光が眩しい。
しばらく陽光から逃げるように布団に潜り込んでいたが、やがて腕時計型の通信機を掴み、画面に目をやる。
「10時半!?……はあぁ〜っ……」
しばらく枕に突っ伏して、寝坊した絶望感に浸る。
(今日は美咲を幼稚園に連れてこうと思ってたのに、ずっとバイトで夜型の生活してたから!まずはこの生活習慣を変えないと……)
今ごろ美咲はどうしているのだろうか。
枕から顔を上げると、通信機の画面がメッセージの着信を告げているのに気づいた。
布団の中で内容を確認する。
(あぁ、成海さんからだ)
送信時間を見るに、授業が始まる前にメッセージをくれたようだ。
今朝、猪狩家の侍従である弥生が、幼稚園と連絡を取ってくれたらしい。
園長先生からは、いきなり園に復帰するよりも、まずは子どもが少ない夕方に来て、園の雰囲気に慣れてみてはどうかという提案をされたという。
もしも美咲のお守りに行くなら、16時ごろに幼稚園へ連れてきてほしいと書かれてある。
(じゃあ、16時までは美咲のお守りをしよう。まだ授業には出る気になれないし)
成海に返信してから、二段ベッドを降りる。
誰もいない寮内を歩き、シャワーと身支度を済ませた。
(また夕方まで暇なのかな……そうだ!)
湊はカバンにノートと筆箱を突っ込み、研究室へと向かうのだった。
***
オフィスを覗くと、課長の姿が見えた。
美咲の部屋に行く前に、挨拶しておくことにした。
勝手にオフィスの扉を開け、課長の机に手をつく。
「課長さん、昨日はどうも」
課長はこちらを見上げてにこりと微笑む。
口角が上がっただけで、やはり目の奥は笑っていない。
「湊くん。手、つかないでくれる?」
「俺、訓練校の任務として、美咲に付き添うことになりました」
「もう聞いてるわ」
「そうですか。じゃ、よろしくお願いします」
「ええ、よろしく」
お互い口で言うだけで、よろしくなどとは微塵も思っていない。
2人の空気を見かねて、昨日の研究員がやって来た。
「課長、後は自分にお任せ下さい」
「……そうね。私の机、好き勝手に触らせないでよ」
「承知しております」
研究員は一礼して課長を見送る。
課長がオフィスの扉を閉めると、大きくため息をついた。
この人は毎日あの課長と仕事しているのだろう。
苦労が偲ばれるというものだ。
「さて、湊くん、だったね」
「はい。1年の湊陽輝です」
「自分は推進研究室の明石だ。鹿鳴春花課長の下で、幼木と美咲嬢の測定に携わっている。測定には湊くんの協力を仰ぐこともあろう。その際にはよろしく頼む」
明石の前髪は、オールバックにして固められている。
髪型も話し方もかしこまった人だ。
「あの、そこまでカッチリしなくても」
「あぁ、自分は灯西の出身なんだ。照東でこの話し方は珍しいようだが、気にしないでくれ」
「そうですか……測定って、具体的には何をやってるんですか?」
「うむ、今から実際にやって見せよう」
明石は透明なケースから幼木を取り出す。
「まずは幼木の測定だ」
綺麗な翡翠色の樹皮。
神木が生み落とす結晶と同じ色。
昨日も見たが、未だにこの苗木が神木だとは信じ難い。
「所定の位置から毎日撮影して、輝きや色合いの変化を観察する。それらを記録し、分析しているんだ」
よく見ると、幼木の鉢には色のついたシールがついている。
鉢を置いた作業台にも、位置を合わせるシールが貼ってあるようだった。
明石は作業台の引き出しから、カメラやメジャーを取り出す。
「さて、ここからは美咲嬢の出番だ。湊くん、美咲嬢を連れてきてくれるか?」
「分かりました」
***
美咲の部屋に向かい、扉を開けると、小さな姿がぴょこんと飛び跳ねる。
「あっ!みなとさん!」
「おはよう、美咲」
美咲は幼稚園の制服を着ていた。
栗色の三つ編みも、昨日より綺麗に編んである。
「明石さんが呼んでるよ」
「ん〜?だれぇ?」
「あぁ、名前は分かんないんだ。研究員のお兄さんが呼んでるよ」
美咲は嬉しそうに寄ってきたのに、研究員という言葉を聞くなり俯いた。
「ん……」
「嫌なの?俺もいるから、一緒に行こう」
美咲は嫌そうだったが、手を繋いで連れて行った。
***
「さあ美咲嬢、最初に今の心模様を教えてくれ」
明石が開いたノートには、泣き顔と笑顔が両端についているゲージが並んでいる。
美咲は丸いシールを渡されると、泣き顔のすぐ横に貼った。
「毎日ほとんど同じ位置ですね」
「恐らく、美咲嬢がこの測定時間を嫌うからだ。測定に関係ない時分で尋ねるのが適切だと思うのだが、課長の指示だ。やむを得まい」
明石は美咲に巻き尺を渡した。
「では美咲嬢、上の枝から頼む」
美咲は言われた通り、幼木の枝にメジャーを当てていく。
美咲しか幼木を触れないので、明石は美咲の手を取って位置を修正しながら、枝の長さや高さ、太さを記録していく。
「次は美咲嬢の健康状態だ。これは幼木の成長と相関が見られそうな事項を記録している。美咲嬢、嫌なのから済ませよう」
明石が太いペンのような機械を取り出すと、美咲は湊に飛びついた。
「うぅ〜ん!ぱっちんいや〜っ!」
「すまない美咲嬢、すぐに終わるから」
美咲は首を振って湊にしがみつく。
「明石さん、それ、痛いんですか?」
「簡易的な採血で、指先に穿刺するんだ。小さい針だからすぐに傷は消えるが、一瞬だけ、痛いものは痛い」
毎日ここで痛いことをされると分かっているから、測定に来るのを渋ったのかもしれない。
(美咲、最初に俺と会った時は研究室から脱走してたんだよな。まさか、これが嫌で逃げたのか?)
明石は機械を手に近づく。
「美咲嬢、終わらないと帰れないんだ。さあ」
湊は美咲を抱いて座り、手を持った。
「美咲、俺がぎゅーしててあげるから、頑張ろう」
「うぅっ……ん……」
美咲は震えながらも、指を明石に差し出した。
明石は綿でチョンチョンと消毒してから、指を押さえてボタンを押す。
パチンと音がした瞬間、美咲が膝の上で飛び上がる。
「いぃーっ!いたいぃっ!」
「動かないで!すぐに採取するから!」
美咲の指先に、ぷっくりと赤い滴ができている。
明石は急いで小さなシートを美咲の指に押し当て、それから小さな絆創膏を貼った。
「よくやった。美咲嬢、後は痛くない検査ばかりだぞ」
美咲は半泣きで湊にしがみつく。
「美咲、頑張ったね。俺もいるから、最後までやろう」
***
オフィスの奥には、色々な測定器が並んでいた。
身長、体重、体温、血圧、酸素濃度など、病院のような検査をこなしていく。
「さあ美咲嬢、最後に幼木と交流だ」
美咲は少しだけ元気を取り戻し、幼木に触れる。
「ちびちゃん……うん……うんっ、いたかったぁ」
痛かったと言うあたり、採血のことを話しているようだ。
「美咲嬢、幼木は何と言っているんだ?」
「ちびちゃん、いっていーい?……ん、だめって」
「教えてくれないか?」
「いっちゃだめっていってる」
「うーん、そこを何とか!」
湊は明石の記録ノートを覗き見る。
ほとんどの日が「言っちゃ駄目」で埋まっており、明石の推測だけが隅に小さく書かれている。
(美咲が心を開いてないならまだ分かるけど、ダメってことは、幼木が美咲を口止めしてんの?)
明石はノートに「痛かったとの返答から、穿刺の話と推察される」とメモして、幼木を回収した。
「測定はこれで終わりだ。帰る時には自分に言ってくれるといい。美咲嬢、今日もありがとう」
美咲は隠れるように湊の脚にくっついた。
「美咲、ご挨拶は?」
「いやっ」
明石がオフィスの扉を開けると、美咲はその隙間から逃げ出していった。
「ちょっと、美咲!」
明石は美咲を悲しそうに見送る。
「今までは美咲嬢が人見知りなのだと思っていたが、湊くんには懐いていたな。はぁ、やはり自分が単純に嫌われているだけか……」
「そんなこと言わないで下さい。明石さんが研究の一環で色々やってるんだって、美咲も分かってますよ」
明石を慰めてから、湊は美咲の部屋に帰っていった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!