【3話(3/3)】紫苑センセーの宝具講座
神木の加護を受ける街・煌都。
サボりの学生・湊陽輝は、神木と会話できる女児・猪狩美咲と出会う。
一日中研究室に預けられている美咲は、幼稚園に通いたいと望んでいた。
そんな美咲に、湊は必ず自分が幼稚園に連れて行くと約束する。
そんな折に、謎の上級生・小昏が美咲に接触を試みる。
小昏を返り討ちにした直後、湊は何者かによって気絶させられたのであった。
※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同時投稿中
※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。
夜も遅くなるので、湊と紫苑は帰り支度を始めた。
寝巻きの美咲が枕を持って来る。
「みなとさん!ねんねする!」
「寝ません。じゃあね」
「やっ!みさきとねんね!」
追いかける美咲を成海が止める。
「湊と一緒に遊んだでしょ。また明日ね」
「みなとさぁん!みさきとねんね〜!」
「だーめ!兄ちゃんとねんねだよ!」
狩野が車で送るよう申し出てくれたが丁重に断り、湊と紫苑はアパートを後にした。
***
湊と紫苑は、2人で夜の住宅街を歩く。
「いやぁ、湊ってばモテモテじゃ〜ん!」
「はぁ……美咲、昼はあんなに寄って来なかったのに」
「心配だったんだよ、オレが殺しちゃったからね〜」
紫苑は腰袋から翡翠色の何かを取り出し、クルクル回して弄ぶ。
「あっ!それ、宝具じゃないですか!?」
「ふふ〜ん、ちゃーんと許可もらってるし〜。オレ、訓練生の中じゃあ上澄みなのよん」
紫苑の宝具は、あまり武器らしく見えない。
腰のベルトからワイヤーが伸びており、その先に翡翠色のフックが付いている。
「なんか工事現場の命綱みたいですね」
「そーそー!実用性ってヤツ!」
「その鉤みたいなのを俺に投げつけて気絶させたんですか?」
紫苑はフックを湊のうなじに軽く当てた。
「こう、チョンチョンってやっただけ〜」
「うわっ、やめて下さい!」
思わずうなじを押さえて飛び退く。
「夜道で倒れたらどうしてくれるんですか!」
「ヤロウをお持ち帰りする趣味はありませ〜ん!てか祈念知らないってマジ?」
(祈念?俺が思ってる祈りと違うのか?)
「まさか、初っ端から授業出てないワケ〜?」
紫苑が煽るように尋ねてくるせいで、素直に分からないとは言いづらい。
「ぐっ……それくらい分かりますよ!煌都なら祈念の時間は毎日あるじゃないですか」
「ブッブー!宗教的なお祈りとは別モンでーす!」
紫苑はニヤつきながら顔を覗き込んでくる。
「アンタさあ、色々と手遅れになる前に、早めに授業受けなよ〜?」
不貞腐れてそっぽを向くと、今度は肩を組んでくる。
自分より高身長の人間にはあまり遭遇しないが、珍しく紫苑の方が高い。
「はいはい、不真面目な湊クンのために、今日は特別に紫苑センセーが教えてあげましょー!」
紫苑は肩を組んだまま話を始める。
「御使サマが神木にお願いして、それを聞いた神木がお願いを叶えてくれるっしょ?それを普通の人間と結晶でやろうってのが祈念。つまり、結晶に思念やイメージを込めることで、それを実現させるってワケ」
紫苑は湊の頬にフックをペチペチ当てる。
「今は祈念してないから、ここに宝具の力は乗ってないよん」
「うっ……やめて下さい、分かりましたから」
湊が顔を背けると、今度は自分の首にフックを当ててみせた。
「ちゃんと宝具の力を活用するなら、こうやって祈念しなきゃってワケ」
首に触れていた部分から白い光が放たれ、すぐにフック全体が輝きに包まれる。
「おぉ……!」
白い光はだんだんピンク色へと変わっていく。
「すごい……!紫苑さんの髪色に似てますね」
「そりゃこっちの輝きをもとに染めてんだもん。色づく理由は不明だけど、輝きの色は人それぞれ違う。自分だけの輝きって詩的よねぇ」
(自分だけの輝き……俺が宝具に祈念したら、何色になるんだろう)
湊は小昏の持っていた宝具を思い返した。
小昏の宝具は光っていただろうか?
少なくともこんなに目映い光は放っていなかったはずだ。
ピンクの輝きに目を奪われていると、紫苑は湊の眉間にチョンとフックを当てる。
「ほれっ」
眉間に衝撃と痛みが走る。
「いってぇ!」
「デカい声出さないの〜。加減してるっしょ?」
紫苑はワイヤーを短くして、フックを腰袋にしまった。
ベルトの金具を操作するとワイヤーが巻き戻る仕組みのようだ。
フックの輝きは、いつの間にか消えていた。
「さっき言ったように、祈念にはイメージが必要。対象がどうなってほしいか、想像するの。ただし人体を傷つけるイメージや、人体で実現不可能なイメージは通らない」
「じゃあ、どういうイメージなら通るんですか?」
「対象を制圧する時は、だいたい戦意や意識の喪失を想像するのが定石だよねぇ。あとは衝撃とか痛みとか、身体の損傷を伴わない程度の不快感。今はデコピン程度を想像したけどね」
「へぇ……」
実際に宝具を使ったことがないため、想像しがたい。
自分が使っても、イメージするだけで宝具が光るのだろうか。
「ま、この辺の話が参考になるのはずっと先!小昏にやられた時、痛いけど動けたっしょ?ちゃんと頑張ってるヤツでも、相手に痛みをちょびっと与えるのがやっとなの。祈念って修練とセンスが必要なのよん」
「でも、紫苑さんは気絶までいけてるんですよね?」
「そりゃあオレは上澄みだから〜!まずは授業で宝具に慣れて、安定して祈りを通せるようになりな!」
給金のためにも今後の授業には出ないといけないのだが、いきなり全て参加する気にはなれない。
でも宝具は面白そうなので、まずは宝具を扱う授業に出てみるのがいいかもしれない。
***
寮は学年ごとに階が分けられている。
湊は紫苑と別れ、自室へ戻った。
4人部屋のルームメイトたちを起こさないよう、そっと扉を開ける。
物音を立てたくないので、シャワーや着替えは明日やることにした。
もっとも、物音で起こしたところで何も言われないだろう。
最初は朝に起きるよう声かけをしてくれていたが、無視して堂々とサボり続けた結果、今ではすっかり放置されている。
まあ、干渉されない方が楽でいい。
そっと2段ベッドの上段に潜り、目を閉じる。
(神木の苗木、宝具の祈念……施設暮らしとはいえずっと煌都に住んでたのに、知らないことばっかりだな)
煌都で暮らしていようと、神木は一般には公開されていないし、宝具は貴重品だし、加護も顕著に現れることはまずない。
ほとんどの都民に深い信仰心はなく、形式的な祈りを捧げているのみだ。
今日、人生で初めて煌都の煌都らしい面に触れた気がする。
(色々ありすぎて疲れた……迷子を見に行っただけだったのに)
まぶたの裏に、美咲の顔が思い浮かぶ。
(まずは美咲を幼稚園に通えるようにしないと。俺が普通の子にしてあげるって、約束したから……)
湊はそのまま眠りに落ち、長い一日が終わったのであった。
読んで頂きありがとうございます!
初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。
完結まで頑張ります!