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【3話(2/3)】小さな晩餐会

神木の加護を受ける街・煌都(こうと)


サボりの学生・(みなと)陽輝(はるき)は、神木と会話できる女児・猪狩(いかり)美咲(みさき)と出会う。


一日中研究室に預けられている美咲は、幼稚園に通いたいと望んでいた。

そんな美咲に、湊は必ず自分が幼稚園に連れて行くと約束する。


そんな折に、謎の上級生・小昏(こぐれ)が美咲に接触を試みる。

小昏を返り討ちにした直後、湊は何者かによって気絶させられたのであった。


※小説家になろう・note・Nolaノベルにて同時投稿中

※残酷な描写として、殴る蹴る・鼻血が出る程度です。

近衛と吉川は帰って行き、成海と紫苑と湊が残された。成海は腕の通信機で時刻を確認した。

「もうこんな時間か。2人とも、うちで食べていくかい?」


紫苑が嬉しそうに食いつく。

「えっ、いいのぉ?弥生(やよい)ママン困らない?」

「ああ。もともと2人を招待したかったから、弥生には多く作っておくよう頼んでおいたんだ」


成海と美咲の両親は事故死したと聞いている。

弥生という人は、きっと同居する保護者なのだろう。


「どうする、湊くん?」

答える前に、紫苑が腕を掴んできた。

「いやいや、来てくんないと困るって!最初に言ったっしょ?美咲ちゃんの中で、オレがアンタを殺したことになってんの!顔見せて、オレの冤罪晴らしてよ〜」


(美咲、俺が死んだと思って泣いてるのかもな。ちゃんと生きてるって早く分からせないとかわいそうかもしれない)


「分かりました、ご馳走になります」

「うんうん、そう来なくっちゃね!」

成海は嬉しそうに頷くのだった。


***


学校の玄関には、高級そうな黒い車が停まっていた。

運転席には白髪混じりの男性が座っている。


「おかえりなさいませ、坊ちゃん、紫苑さま」


(坊ちゃん?名家ってやっぱりそんな感じなんだ)


狩野(かのう)さん、お願いしまーす!」

紫苑が慣れた様子で車のドアを開ける。

成海とは普段から付き合いがあるのだろう。


成海に促され、湊も車に乗り込んだ。


「私は猪狩家の侍従、狩野(かのう)でございます。貴方が湊陽輝さまですね。坊ちゃんから伺っております」


別に敬語じゃなくていいのだが。

侍従という仕事は、子どもの知り合いにまで丁寧に接しなければならないのだろうか。

「……どうも」


隣に乗った成海が、狩野を紹介する。

「湊くん、狩野はここの元教官なんだよ。父に剣術の腕を見込まれて、侍従を務めながら父や僕に宝刀の指南をするようになったんだ」


狩野は車を発進しながら目を細める。

「滅相もございません。私はあくまで運転手。たまに剣のお相手をしていたまで」

「相変わらず謙遜しすぎだよ。で、狩野の奥さんの弥生は、もともと母の侍従だった。美咲が生まれてからは美咲の世話係だったけどね」

「じゃあ、成海さんは狩野さん夫婦と4人暮らしなんですか」

「そういうこと。2人は猪狩本家に出向いて業務をしつつ、僕らの面倒を見てくれているんだ」


猪狩家、鹿鳴(ろくめい)家、獅戸(ししど)家。

三大名家・三閥(さんばつ)の本家はどれも立派で、煌都に知らない人はいない。


「侍従とか本家とか、なんかすごい世界ですね」

「まあ、話だけなら貴族のようだね。でも、言うなれば僕らは没落貴族さ。住んでいるアパートを見たらきっと驚くよ」


***


到着したのは、外装が剥がれた古いアパートだった。


(車はこんなに立派なのに……あえて質素な暮らしをしてるのか?にしてもボロすぎる)


湊の考えを見透かしたように、狩野が笑う。

「この車は猪狩本家の所有ですゆえ、言うなれば私の社用車です。ホホッ、運転手の特権ですな!」


錆びついた手すりにシャツを擦らないよう気をつけながら、階段を上がる。

狩野が扉を開け、成海を真っ先に誘導する。


「ただいまー……美咲、まだ泣いてるの?」


玄関からはすぐに居間が見える。

中で美咲がべそをかいているのが遠目からでも分かった。

ふくよかな女性が、美咲を膝枕して撫でている。あの人が弥生という奥さんなのだろう。


成海に続いて紫苑が玄関をくぐると、美咲は泣きながら走ってきた。

「やっ!しおんさんやだぁーっ!」


紫苑に飛びついて足の甲に乗り、ポカポカとふくらはぎをグーで叩く。

「もう、そんな傷つくこと言わないで〜!いつものやつ、やったげるから!」


紫苑は軽々と美咲を天高く持ち上げる。

「ほーら、高い高〜い!兄ちゃんがやるより高〜い!」


いつもはそれで喜んでいるのかもしれないが、美咲は顔を真っ赤にしてぎゃんぎゃん泣き叫ぶ。

「紫苑、一言余計だよ。ほら美咲、見て!湊くんを連れて来たんだよ」


紫苑が美咲を湊に向ける。

「美咲ちゃん、見て!オレやっつけてないよー!」


美咲は湊を見つめて、目をぱちくりさせた。

「みなとさん……?」

「美咲、俺生きてるよ。勝手に殺さないで」

「うあぁん、みなとさぁん!」

美咲は紫苑の腕から抜け出し、湊に抱きついた。


後ろで見守る狩野が目を細めた。

「これでひと安心ですなぁ。さあ、玄関先でお話するのはご近所さんに悪うございます。皆さんどうぞ中へ」


***


「さあさ、あたたかいものからどんどん召し上がって下さいな〜」

弥生はおっとりとした口調だが、テキパキと夕飯を用意してくれる。


「……ねえ美咲、どいてくんない」

「やっ!みなとさん、いっちゃやだっ」


美咲は首にかじりつくように抱きついたまま、ずっと離れない。

「前が見えない。これじゃご飯食べれないってば」

「ほんと?あーんする!」


そう言って美咲は煮物を手掴みする。

「こら、汚いことしないの」

美咲の手が煮汁でベタベタになってしまった。

すかさず弥生が布巾を持ってくる。

「あらあらお嬢さま、おててふきふきしましょうね〜」


弥生は美咲の指を1本1本丁寧に拭いており、美咲はそれをじっと見ているだけだ。


(いいご身分だな。俺は一緒にいてもお嬢さま扱いしてやんないからな)


「お嬢さま、陽輝さまに会えて良かったですねえ。家でずっと泣いていたものですから、お元気になられて本当に良かった!」

「ん、みなとさん、いきてる!」

美咲は嬉しそうに顔を押し付けてくる。


(生きてるって……本当に俺が死んだって思ってたのか)


美咲の中では感動の再会なのだろう。


いち早く箸を手に取った紫苑が、声を弾ませる。

「うーん、美味しい〜!弥生さん、いつもありがとうございます〜!」

「うふふ、紫苑さまはいつも褒めて下さいますねえ。光栄にございます」

「湊も早く食いな!これ食ったら寮のメシじゃ満足できなくなっちゃうよ〜」

「さっきから食べたいんですけど、美咲が」


向かいに座る成海が、美咲に手招きをする。

「美咲、湊くんが困ってるよ。兄ちゃんのお膝においで」

「おにいちゃんやだっ!みなとさんがいいっ」


成海は恨めしげにこちらを見る。

「兄ちゃんより湊が大事なの?いいもん別に……」


(俺、急に呼び捨てされたな。まあいいけど)


美咲を無理矢理引き剥がすことはできる。

しかし、暴力的な場面を見せてしまったし、勘違いとはいえ寂しい思いをさせてしまった。

今日はこれ以上美咲にショックを与えたくない。


今度は弥生が美咲を引き離しにかかる。

「さ、お嬢さま、お風呂に致しましょう」

「んーん!ここにいるっ!」

「皆さまはお夕飯なのですよ。お邪魔になっちゃいけません」


美咲は首を振って抵抗していたが、ようやく弥生に抱かれて去って行った。


***


弥生の夕飯は品数が多く、美味しくて、とても家庭的だった。

名家を思わせる高級感はなく、安心する味だ。


「弥生の手料理が我が家唯一の自慢だよ。どうにかして湊くんに美咲のお礼がしたかったんだ」

「別にそんなこと……でも、施設を出てからこういうちゃんとした食事はとってなかったので、ありがたいです」


成海は箸を置き、部屋を見渡す。

「ここは狭いしオンボロだし、ビックリしただろう?両親が事故死した後、後ろ盾は誰もいなくて、屋敷も侍従たちも叔父に取り上げられてしまったんだ。ただ、狩野夫妻だけは僕らのために残ってくれた。おかげで他へ養子に入らず何とかやれている」


片付けをしている狩野が、言葉を添える。

「全ては坊ちゃんが貧苦を受け入れる覚悟をなさったからこそ。主人として私共を雇うと決断して下さらなかったら、私共は離れ離れでしたゆえ」


三閥なだけあって、元々はとんでもないお金持ちだったようだ。

美咲はずっとこの暮らしかもしれないが、成海は裕福な日々を知っている。

そこから今の生活に慣れるのはさぞ大変だっただろう。


成海は拳を握り締めて天井を見上げた。

「今はこの小さな住まいだけど、いつか元の屋敷を取り返すんだ。そして美咲と狩野たちに不自由ない暮らしをさせてやる。僕がこの家の長だからね」


***


食事を終えたところで、寝巻きに着替えた美咲がやってきた。

「みなとさん、ようちえんごっこする!」

「いいよ、ご飯終わったから遊んであげる」


和室に胡座をかいて、美咲の動向を見守る。

美咲はポシェットを持ってきて、収集しているチョコの包み紙を取り出し始めた。

また包み紙でシミュレーションをするつもりだろうか。


「自分がやんないの?」

「ん?」

「自分が園児さんやってみなよ。美咲、何組さんだったの?」

「んー、ももぐみさん」

「じゃあ、桃組さーん!」


そう言って手を挙げてみせると、美咲はパッと顔を輝かせた。

「はーい!」

「猪狩美咲さん!」

「はーい!」


紫苑も面白がって美咲に呼びかける。

「美咲ちゃーん!」

「はーい!しおんさーん!」

「えっ、オレも?はーい!」


紫苑への誤解は完全に解けたようだった。

2人は楽しそうに名前を呼び合って遊んでいる。


成海が隣に来て座った。

「美咲、幼稚園がどうのって泣いていたんだよね。湊くん、何か知っているかい?」

「ああ、そうでした!言うのが遅れてすいません」


美咲が幼稚園に行きたいと泣いたこと、課長に掛け合ったことを話すと、成海は目を丸くした。

「へぇ、凄いな、湊くん。あの課長さんを説得できたんだ?僕も幼稚園に復帰させてやりたいと思っていたんだが、どうもあの人には上手く話ができなくってね。結局3か月以上も研究室に預かられっぱなしだ。湊くんが交渉してくれて良かったよ」


(俺も説得できたわけじゃないけどな……やれるもんならやってみろって言い方だったし)


成海が良いように受け取ってくれたので、課長に腕を捻じ切られそうになったことは言わないでおいた。


「お守りも任務として認められたので、俺が美咲を幼稚園から研究室に連れて行って、帰りの迎えまで一緒にいてあげようと思います」

「そうしてくれると助かるよ。狩野、送迎はできるだろう?」


狩野が頷いた。

「ええ、もちろん。本家の業務が終わり次第、陽輝さまにご連絡して、研究室へ参りましょう」


弥生が幼稚園の連絡帳を手に取る。

「でしたら復帰の相談を致しませんと。明朝、私から連絡してみましょうね」

「ありがとうございます、お願いします」


***


話がスムーズにまとまって良かった。

安堵して美咲を見ると、いつの間にかランドセルを背負ってはしゃいでいる。


「ん?ランドセル?」


紫苑がランドセルを支えながら応じる。

「早いよねー、最近はもう1年前から買うんだってさ」

「あれっ、美咲、何歳?」

美咲は手のひらを広げてみせた。

「ごさい」

「てことは年長?」

「うん。ねんちょうさん」


養護施設にいた5歳の子どもたちはペラペラとうるさく話していたし、もっと大きかった。

美咲はうるさく泣くことはあってもそれほど喋らないし、3歳と言われても信じるくらいに小さい。


「ちっちゃいから分かんないよね〜。成海もこんなだし、ちびっこ兄妹なのよん」


成海が口を尖らせる。

「いちいち余計だよ、紫苑。君が無駄に大きいからそう見えるだけで、気にするほどじゃない」

「ホントぉ?健康診断の身長が自己申告だからって、10cm以上サバ読んでたクセに〜」

「えっ!見てたのか!?」

「へへっ、結果がバグったらどうすんのさ〜」

「ならない!そもそも身長なんて健康診断に必要ないだろう!」


2人はとても仲がいいようだ。

(お坊ちゃんと不良、相容れなさそうなもんだけど、この2人は気が合うんだな)


美咲がランドセルを下ろしてこちらへやって来た。

「みなとさん、おはなしおわり?だっこだっこ〜!」


胡座の上に載せてやると、美咲はまた首元にかじりついてきた。


「みなとさん、だーいすき!」


成海がじっとりと睨んでくる。

兄としての嫉妬だろうか。


「あの、そんな目で見るなら引き離して下さいよ」

「別に〜?美咲がそうしたいなら、僕は構わないさ」


(嘘つけ。すごい顔してんじゃん)


成海の視線を浴びながら、湊は美咲が満足するまで遊んでやるのだった。

読んで頂きありがとうございます!

初投稿ゆえ、至らぬ点があればすみません。

完結まで頑張ります!

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